知財判決 徒然日誌

論理構成がわかりやすく踏み込んだ判決が続く知財高裁の判決を中心に、感想などをつづった備忘録。

特許を受けようとする発明が明確であるか否かを判断する観点

2010-09-05 22:41:57 | 特許法36条6項
事件番号 平成21(行ケ)10434
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成22年08月31日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 飯村敏明

(2) 法36条6項2号の趣旨について
 法36条6項2号は,特許請求の範囲の記載に関し,特許を受けようとする発明が明確でなければならない旨規定する。同号がこのように規定した趣旨は,仮に,特許請求の範囲に記載された発明が明確でない場合には,特許の付与された発明の技術的範囲が不明確となり,第三者に不測の不利益を及ぼすことがあり得るので,そのような不都合な結果を防止することにある

 そして,特許を受けようとする発明が明確であるか否かは,特許請求の範囲の記載だけではなく,願書に添付した明細書の記載及び図面を考慮し,また,当業者の出願当時における技術的常識を基礎として,特許請求の範囲の記載が,第三者に不測の不利益を及ぼすほどに不明確であるか否かという観点から判断されるべきことはいうまでもない。

 上記のとおり,法36条6項2号は,特許請求の範囲の記載に関して,「特許を受けようとする発明が明確であること。」を要件としているが,同号の趣旨は,それに尽きるのであって,その他,発明に係る機能,特性,解決課題又は作用効果等の記載等を要件としているわけではない
 この点,発明の詳細な説明の記載については,法36条4項において,「経済産業省令で定めるところにより,その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に,記載しなければならない。」と規定されていたものであり,同4項の趣旨を受けて定められた経済産業省令(平成14年8月1日経済産業省令第94号による改正前の特許法施行規則24条の2)においては,「特許法第三十六条第四項の経済産業省令で定めるところによる記載は,発明が解決しようとする課題及びその解決手段その他のその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が発明の技術上の意義を理解するために必要な事項を記載することによりしなければならない。」と規定されていたことに照らせば,発明の解決課題やその解決手段,その他当業者において発明の技術上の意義を理解するために必要な事項は,法36条4項への適合性判断において考慮されるものとするのが特許法の趣旨であるものと解される
 また,発明の作用効果についても,発明の詳細な説明の記載要件に係る特許法36条4項について,平成6年法律第116号による改正により,発明の詳細な説明の記載の自由度を担保し,国際的調和を図る観点から,「その実施をすることができる程度に明確かつ十分に,記載しなければならない。」とのみ定められ,発明の作用効果の記載が必ずしも必要な記載とはされなくなったが,同改正前の特許法36条4項においては,「発明の目的,構成及び効果」を記載することが必要とされていた。

 このような特許法の趣旨等を総合すると,法36条6項2号を解釈するに当たって,特許請求の範囲の記載に,発明に係る機能,特性,解決課題ないし作用効果との関係での技術的意味が示されていることを求めることは許されないというべきである。

 仮に,法36条6項2号を解釈するに当たり,特許請求の範囲の記載に,発明に係る機能,特性,解決課題ないし作用効果との関係で技術的意味が示されていることを要件とするように解釈するとするならば,法36条4項への適合性の要件を法36条6項2号への適合性の要件として,重複的に要求することになり,同一の事項が複数の特許要件の不適合理由とされることになり,公平を欠いた不当な結果を招来することになる。
 上記観点から,本願各補正発明の法36条6項2号適合性について検討する。

(3) 本願各補正発明の明確性について
ア 本願補正明細書(甲2)の記載
 ・・・
イ 本願補正明細書記載の意義
 ・・・
ウ 判断
 そうすると,「伸張時短縮物品長Ls」又は「収縮時短縮物品長Lc」と関連させつつ,吸収性物品の弾性特性を「第1負荷力」及び「第2負荷軽減力」により特定する本願各補正発明に係る特許請求の範囲の記載は,当業者において,本願補正明細書(図面を含む。)を参照して理解することにより,その技術的範囲は明確であり,第三者に対して不測の不利益を及ぼすほどに不明確な内容は含んでいない。
 ・・・

請求項の用語の明確性-一般的な意味と技術的な意義

2010-09-05 12:53:20 | 特許法29条2項
事件番号 平成21(行ケ)10403
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成22年08月31日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 飯村敏明

2 進歩性に関する判断の誤り(取消事由2)について
 原告は,請求項1における「隙間」という文言は,「物と物との間のすいた所。」(広辞苑第四版)と一義的に明確に理解することができ,これは一見して誤記であるとも認められないから,その解釈に当たって,明細書の発明の詳細な説明の記載を参酌する余地はなく,審決が,進歩性に関する判断の前提として,明細書の発明の詳細な説明の記載を参酌し,請求項1の「隙間」という文言を「隙間における接合部が,バランスリング又はフィルタ部材の陰となって見えなくなるとともに,洗濯物が挟まれることのない大きさに形成されているもの」と認定したことは誤りであると主張する。

 しかし,原告の上記主張は,以下の理由により,採用することができない。

 すなわち,確かに,「隙間」ということば自体の一般的な意味は,辞書に記載されているとおり明確であるといえる。しかし,本件発明1を記載した請求項1においては,「フィルタ部材が上下の全長で前記胴部の接合部を内側より覆い,その上下の全長より充分に小さな寸法の隙間を前記バランスリング又は底板との間に余す」として,「隙間」について,フィルタ部材との関係で相対的に大きさを示し,バランスリング,底板及びフィルタ部材との関係で位置を示しているから,本件発明1における「隙間」の技術的意義は,特許請求の範囲の記載のみでは一義的に理解することはできず,明細書の発明の詳細な説明の記載を参酌しなければ,その技術的意義を明確に理解することはできない

 そして,明細書の発明の詳細な説明の記載に基づき,本件発明1の課題・課題の解決手段・作用効果との関係で「隙間」の技術的意義を考慮するならば,「隙間」は,「隙間における接合部が,バランスリング又はフィルタ部材の陰となって見えなくなるとともに,洗濯物が挟まれることのない大きさに形成されているもの」と認められる

 したがって,審決が,明細書の発明の詳細な説明の記載を参酌して,請求項1の「隙間」という文言を「隙間における接合部が,バランスリング又はフィルタ部材の陰となって見えなくなるとともに,洗濯物が挟まれることのない大きさに形成されているもの」と認定したことに誤りはない。特許請求の範囲の文言が,特許請求の範囲から一義的に明確でないとしても,明細書の発明の詳細な説明を参酌することにより,その技術的意義を明確に理解することができる場合には,第三者に不測の不利益を被らせることはない

二つの周知の方法が同等であることを示す周囲例

2010-09-05 12:01:18 | 特許法29条2項
事件番号 平成21(行ケ)10437
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成22年08月31日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 飯村敏明

(1) 原告は,審決で周知例として挙げられた3件のうち,「蛍光体を透明樹脂に含有させる方法」と「蛍光体を透明樹脂に塗布する方法」の双方を記載した文献は1件(周知例1)しかなく,両者が適宜互換される方法であるということはできない旨主張する。

 しかし,原告の主張は,以下のとおり採用の限りでない。

 すなわち,蛍光を発する有機色素等の蛍光体を樹脂に分散させる方法は,塗布する方法とともに,樹脂に蛍光体を適用して樹脂を発光させる方法として周知慣用である点は,原告も認めるところである。
 また,甲14(周知例1)には,・・・と記載されている。同記載によれば,透光性樹脂板に蛍光物質を分散させたものと,少なくとも前面に蛍光塗料の塗膜を形成させたもの,すなわち表面に塗布したものが,同等なものとして示されているから,甲14に接した当業者は,透光性樹脂板に蛍光物質を分散させる方法と,塗布する方法は互換可能なものと認識し得ると認められる。
 さらに,周知例1の発明は,透光性樹脂から蛍光を発生させる技術である点において,引用発明と技術分野が共通する。そうすると,引用発明との相違点に係る構成は,当業者において,周知例1の発明から着想を得ることに格別の困難性はない。

 2つの方法の双方を同等なものとして記載した文献として,審決が1件のみ挙げていたからといって,それらの方法が互換可能な方法でないということはできない

 なお,周知例2には,・・・が記載されているから,少なくとも,「蛍光体を樹脂に塗布する方法」と「蛍光体を透明樹脂に分散させる方法」が示され,前者に代えて後者を採用することが記載されているといえる。

 以上によれば,引用発明,周知例1及び周知例2の発明に接した当業者が,透光性樹脂に蛍光物質を「分散させる方法」が,「塗布する方法」と互換可能であると認識し,蛍光体を樹脂に適用するに当たり,蛍光体を「塗布」したものに代えて「少なくとも一部に分散させた」「透明又は半透明」なものとすることに,格別の創意を要したものということはできない。