知財判決 徒然日誌

論理構成がわかりやすく踏み込んだ判決が続く知財高裁の判決を中心に、感想などをつづった備忘録。

審判官退職後に確定した審決によって被った損害に対する元審判官への損害賠償請求

2010-08-29 21:35:07 | Weblog
事件番号 平成22(ワ)15487
事件名 損害賠償請求事件
裁判年月日 平成22年08月26日
裁判所名 東京地方裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 民事訴訟
裁判長裁判官 大鷹一郎

2 請求原因について
(1)ア 原告は,前記1のとおり,特許庁審判官であった被告が,その合議体の審判長として本件特許に係る特許異議申立事件の審理を担当した際に,特許異議申立人である住石の利益を図って,「前に確定した判決」と抵触する違法な本件決定をしたことが,被告及び住石の共同不法行為に該当し,被告は,共同不法行為に基づく損害賠償としての慰謝料の支払義務を負う旨主張する。

 ところで,公権力の行使に当たる国の公務員が,その職務を行うについて,故意又は過失によって違法に他人に損害を与えた場合には,国が,国家賠償法1条1項により,その被害者に対して賠償の責に任ずるものであり,公務員個人はその責を負わないものと解するのが相当である(最高裁昭和30年4月19日第三小法廷判決・民集9巻5号534頁,最高裁昭和53年10月20日第二小法廷判決・民集32巻7号1367頁等参照)。

 これを本件についてみるに,被告は,国家公務員である特許庁審判官としての職務として本件特許に係る特許異議申立事件の審理をし,本件決定をしたものであるから,仮に被告が本件決定をしたことが違法な行為に当たり,これによって原告が損害を被ったとしても,国がその賠償の責に任ずるものであって,被告個人がその賠償責任を負うものではないというべきである。

イ これに対し原告は,被告は,本件決定が確定した平成15年10月9日に先立つ同年4月1日に特許庁を退職しているから,被告が本件決定をしたことは,国の公務員がその職務の執行として行った行為に当たらない旨主張する。

 しかし,公務員の行為がその職務の執行として行われたものであるか否かは,その行為時点において判断すべきものと解されるから,本件決定をした時点で特許庁審判官であった被告が本件決定が確定する前に特許庁を退職したという事情は,本件決定が被告の職務の執行として行われたことに影響を及ぼすものではなく,原告の上記主張は採用することができない。

(2) 以上によれば,原告は,被告が本件決定をしたことが違法な行為であることを理由に,被告に対し,不法行為に基づく損害賠償を請求することはできないから,その余の点について判断するまでもなく,原告の請求はいずれも理由がない。

引用例が特許法29条1項3号の「刊行物」に該当する要件

2010-08-29 21:09:55 | Weblog
事件番号 平成21(行ケ)10180
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成22年08月19日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 塚原朋一

(1) 本件発明6及び7における本件3水和物が新規の化学物質であること,甲7文献には,本件3水和物と同等の有機化合物の化学式が記載されているものの,その製造方法について記載も示唆もされていないこと,以上の点については当事者間に争いがなく,かつ審決も認めるところである。
 そこで,このような場合,甲7文献が,特許法29条2項適用の前提となる29条1項3号記載の「刊行物」に該当するかどうかがまず問題となる。

 ところで,特許法29条1項は,同項3号の「特許出願前に‥‥頒布された刊行物に記載された発明」については特許を受けることができないと規定するものであるところ,上記「刊行物」に「物の発明」が記載されているというためには,同刊行物に当該物の発明の構成が開示されていることを要することはいうまでもないが,発明が技術的思想の創作であること(同法2条1項参照)にかんがみれば,当該刊行物に接した当業者が,思考や試行錯誤等の創作能力を発揮するまでもなく,特許出願時の技術常識に基づいてその技術的思想を実施し得る程度に,当該発明の技術的思想が開示されていることを要するものというべきである。

 特に,当該物が,新規の化学物質である場合には,新規の化学物質は製造方法その他の入手方法を見出すことが困難であることが少なくないから,刊行物にその技術的思想が開示されているというためには,一般に,当該物質の構成が開示されていることに止まらず,その製造方法を理解し得る程度の記載があることを要するというべきである。そして,刊行物に製造方法を理解し得る程度の記載がない場合には,当該刊行物に接した当業者が,思考や試行錯誤等の創作能力を発揮するまでもなく,特許出願時の技術常識に基づいてその製造方法その他の入手方法を見いだすことができることが必要であるというべきである。

(2) 本件については,・・・,甲7文献が特許法29条1項3号の「刊行物」に該当するというためには,甲7文献に接した当業者が,思考や試行錯誤等の創作能力を発揮するまでもなく,特許出願時の技術常識に基づいて本件3水和物の製造方法その他の入手方法を見いだすことができることが必要であるということになる。

(3) そうすると,本件においては,本件出願当時,甲7文献の記載を前提として,これに接した当業者が,思考や試行錯誤等の創作能力を発揮するまでもなく,本件3水和物の製造方法その他の入手方法を見いだすことができるような技術常識が存在したか否かが問題となるが,次のとおり,本件においては,本件出願当時,そのような技術常識が存在したと認めることはできないというべきである。

商標法4条1項7号該当性(公序良俗に反する)を認めた事例

2010-08-29 13:24:19 | 商標法
事件番号 平成21(行ケ)10297
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成22年08月19日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 商標権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 塚原朋一

(3) 以上の事実を前提に,本件商標の商標法4条1項7号該当性を検討する。

ア 本件商標の出願における被告の悪意について
 前記認定のとおり,・・・,以上の点を総合考慮すれば,・・・,被告は,・・・,ASUSTeK社あるいはASRock社に先んじて「ASRock」という商標を自ら取得するために,本件商標の原基礎登録商標を出願したと推認するのが相当であり,少なくとも,本件商標の出願日(平成15年9月18日)においては,ASRock社が同社の製造販売する製品に引用商標を使用していることを知りつつ,本件商標の国際出願をしたと認めるのが相当である。

イ 本件商標の出願の目的について
 そして,
 被告の韓国における事業の実体は明らかではなく,・・・こと,証拠上,製品の販売形態はインターネットオークションへの出品という特異な形態に限られていること,
 被告は,・・・,我が国で事業を行っている証拠は存在しないことから(なお,「Yahoo!オークション」というインターネットオークションへの商品の出品をもって我が国における事業の実施と認めるのは相当ではない。),
 今後近い将来,我が国において本件商標の指定商品に関する事業を行う意思があるとは思われず,少なくとも,その可能性は限りなく低いと思われること,事業の実体がほとんどないにもかかわらず,電子機器関連の多数の商標を出願し,その中には,前述のとおり,他社が海外で使用する商標と同一類似の商標を故意に出願したとしか考えられない商標も複数含まれていること,
 被告は我が国で事業を行っていないにもかかわらず,本件商標登録後,原告を含め,引用商標を付したASRock社の製品を取り扱う複数の業者に対して,輸入販売中止を要求し,要求に応じなければ刑事告発・損害賠償請求を行う旨の多数の警告書を送付していること,
 韓国においては,ASRock社の製品の販売代理店に対して,過度な譲渡代金を要求していたこと,
以上の事実を総合考慮すると,本件商標は,商標権の譲渡による不正な利益を得る目的あるいはASRock社及びその取扱業者に損害を与える目的で出願されたものといわざるを得ない。

・・・

ウ 以上のとおり,被告の本件商標の出願は,ASUSTeK社若しくはASRock社が商標として使用することを選択し,やがて我が国においても出願されるであろうと認められる商標を,先回りして,不正な目的をもって剽窃的に出願したものと認められるから,商標登録出願について先願主義を採用し,また,現に使用していることを要件としていない我が国の法制度を前提としても,そのような出願は,健全な法感情に照らし条理上許されないというべきであり,また,商標法の目的(商標法1条)にも反し,公正な商標秩序を乱すものというべきであるから,出願当時,引用商標及び標章「ASRock」が周知・著名であったか否かにかかわらず,本件商標は「公の秩序又は善良な風俗を害するおそれがある商標」に該当するというべきである。

称呼が同一の商標の類否の判断事例-類似を肯定した事例

2010-08-29 11:59:45 | Weblog
事件番号 平成22(行ケ)10150
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成22年08月19日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 商標権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 塚原朋一

 これらのコマーシャル等の音声情報自体は,証拠として提出されていないものの,これらのテレビ,ラジオ等によるコマーシャルにおいて店名等が告知されているものがあることが推認できる上,本願商標と引用商標の共通の指定役務である「飲食物の提供」の分野において,称呼が極めて重要であることは自明であるから,本願商標と引用商標の類否を判断する上で,外観及び観念の果たす役割を軽視するものではないが,称呼の果たす役割が非常に大きいことは否定できない

オ 以上のとおり,本願商標と引用商標の外観は大きく異なり,両商標からは特段の観念が生じないか,又は互いに異なった観念が生じ得るものであるが,他方で,両商標からはいずれも「きょうや」との称呼のみが生じるものであって,両商標から生じる称呼は完全に一致している。
 また,引用商標の指定役務は,本願の指定役務と同一又は類似する役務を含むものである。

 以上の事情を総合的に考慮すると,たとえ外観が大きく異なるとしても,称呼が完全に一致することからすれば,本願商標と引用商標は類似するというべきであり,これを「飲食物の提供」に用いた場合に誤認混同が生じるおそれは否定できず,本願商標につき商標法4条1項11号を適用した審決に誤りはないから,原告の請求は棄却を免れない。

称呼が同一の商標の類否の判断事例-類似を否定した事例

2010-08-29 11:53:55 | 商標法
事件番号 平成22(行ケ)10101
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成22年08月19日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 商標権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 塚原朋一

ア 外観上,本件商標は,バラ色系の色彩が施され,右肩上がりに傾いたサクラ様の5弁の花びらの図形中に「きっと,」と「サクラサクよ。」の句読点を含む文字を二段に配置した構成からなる,図柄を含む華やかな商標であるのに対し,引用商標は,単に片仮名の「サクラサク」だけからなる商標であり,両商標は,その外観が大きく異なる

イ 他方で,本件商標からは「キットサクラサクヨ」又は「サクラサク」の称呼が生じ,引用商標からは「サクラサク」の称呼が生じるものであって,その称呼は同一になる場合もあり,少なくともかなり類似するものといえる

ウ また,本件商標からは,「きっと桜の花が咲くよ。」又は「きっと試験に合格するよ。」といった観念が生じ,引用商標からは「桜の花が咲く」又は「試験に合格した」との観念が生じるものといえる。
 このように,両商標から生じる観念は,一定程度類似するが,引用商標からは,淡々と「桜の花が咲く」又は「試験に合格した」という事実についての観念が生じるのに対し,本件商標からは,受験生等に対するメッセージ的な観念が生じるものといえ,生じる観念はある程度異なるものといえる。

エ このほか,証拠(・・・)及び弁論の全趣旨から,本件商標は,受験シーズンに専らキットカット商品に用いられ,このことはよく知られており,本件商標の付されたキットカット商品はかなりの売上げを示しており,他方で,引用商標は,受験シーズンに関係なく,袋菓子や焼菓子などに用いられていることが認められる。
 このように,本件商標が用いられたキットカット商品が,受験生応援製品として持つ意味合いは大きいものと認められ,このような本件商標の用いられたキットカット商品と,そのような意味合いの薄い引用商標が用いられた袋菓子等との間で誤認混同が生じるおそれは非常に低いものと認められる。

オ 以上を前提とした場合,確かに,本件商標及び引用商標から生じる称呼はかなり類似しており,観念においても,一定程度類似することは否定し得ないが,他方で,もともと「サクラサク」は1つのまとまった表現として常用されており造語性が低く識別力が限られている上,両商標の外観は大きく異なり,取引の実態をも考慮すると,両商標につき混同のおそれはないといえる。
 以上のように,本件での諸事情を総合的に考慮した結果,本件商標と引用商標とは,類似しないというべきである。

特許法184条の2の解釈

2010-08-29 11:31:25 | Weblog
事件番号 平成22(行ウ)92
事件名 異議申立棄却決定取消請求事件
裁判年月日 平成22年08月06日
裁判所名 東京地方裁判所
権利種別 意匠権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 大須賀滋

1 本件棄却決定の違法事由に係る原告の主張について
(1) 行政事件訴訟法10条2項は,「処分の取消しの訴えとその処分についての審査請求を棄却した裁決の取消しの訴えとを提起することができる場合には,裁決の取消しの訴えにおいては,処分の違法を理由として取消しを求めることができない。」と規定する(なお,同法3条3項参照)。同規定は,行政処分(原処分)とこれを維持した裁決とがある場合に,原処分と裁決のいずれに対しても取消訴訟を提起することは可能であるが,原処分の違法事由は処分取消しの訴えにおいてのみ主張することが許され,裁決取消しの訴えにおいてこれを主張することはできないとする,いわゆる原処分主義を裁決取消しの訴えにおける違法事由の主張制限の面から規定したものである

 そして,意匠法60条の2が準用する特許法184条の2は,いわゆる審査請求前置主義を規定したものであり,原処分の取消しの訴えの提起を許さず裁決取消しの訴えのみの提起を認めた,いわゆる裁決主義を採用するものではない

(2) この点,原告は,意匠法60条の2が準用する特許法184条の2は,裁決主義を表明したものであると主張する
 しかしながら,特許法184条の2は,「…処分…の取消しの訴えは,当該処分についての異議申立て…に対する決定…を経た後でなければ,提起することができない。」と規定し,原処分の取消しの訴えの提起自体を許さないとはしていない。また,特許法184条の2の規定振りは,いわゆる裁決主義を採用した意匠法59条2項が準用する特許法178条6項が「審判を請求することができる事項に関する訴えは,審決に対するものでなければ,提起することができない。」と規定し,裁決である審決に対する訴えのみの提起を認めているのと明らかに異なるものとなっている。

 このように,意匠法60条の2が準用する特許法184条の2が裁決主義件棄却決定の取消しの訴えのいずれも提起することができる場合に当たるから,行政事件訴訟法10条2項の規定により,本件棄却決定の取消しを求める本件訴えにおいては,原処分である本件却下処分の違法を理由として,本件棄却決定の取消しを求めることはできず,本件棄却決定の違法事由として原告が主張し得るのは,本件棄却決定の固有の違法事由(瑕疵)に限られることになる。

 ところが,本件についてみるに,前記第2の2の(原告の主張)のとおり,原告は,本件却下処分の違法を理由として,本件棄却決定の取消しを求めており,本件棄却決定の固有の違法事由(瑕疵)を主張するものではないから,前記第2の2の(原告の主張)は,主張自体失当である。