知財判決 徒然日誌

論理構成がわかりやすく踏み込んだ判決が続く知財高裁の判決を中心に、感想などをつづった備忘録。

抽象的,機能的な表現された特許請求の範囲の解釈事例

2010-08-15 21:24:45 | Weblog
事件番号 平成21(ワ)6994
事件名 補償金請求事件
裁判年月日 平成22年07月22日
裁判所名 大阪地方裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 民事訴訟
裁判長裁判官 森崎英二

(3) 構成要件Cについて
ア 特許請求の範囲の記載
(ア) 構成要件Cに係る特許請求の範囲の記載は,「地震時に前後または左右のゆれでその後部において回動の動きが妨げられ扉等の開く動きを許容しない状態になり,」というものである。
 ・・・
 そうすると,特許請求の範囲の記載によれば,構成要件Cの「地震時に前後または左右のゆれでその後部において回動の動きが妨げられ扉等の開く動きを許容しない状態になり,」とは地震時に,前後又は左右の方向で規定される地震のゆれで,係止体がその後部において回動が妨げられ,扉等が開き停止位置を超えてそれ以上に開く動きを許容しない状態になることを意味するものと解することができる。

(イ) しかしながら,構成要件Cに係る特許請求の範囲の「地震時に前後または左右のゆれでその後部において回動の動きが妨げられ扉等の開く動きを許容しない状態になり,」との記載を上記のように解釈できるとしても,この構成要件は,抽象的な文言によって係止体の機能を表現するにとどまっているのであって,地震時の前後または左右のゆれによって,いかなる仕組みで係止体の回動の動きが妨げられることになるのか,また係止体の回動の動きが妨げられることによって,いかなる仕組みで扉等の開く動きが許容されないことになるのかという,本件特許発明にいう地震時ロック装置に欠かせない具体的構造そのものは明らかにされているとはいえない

 ところで,特許権に基づく独占権は,新規で進歩性のある特許発明を公衆に対して開示することの代償として与えられるものであるから,このように特許請求の範囲の記載が機能的,抽象的な表現にとどまっている場合に,当該機能ないし作用効果を果たし得る構成すべてを,その技術的範囲に含まれると解することは,明細書に開示されていない技術思想に属する構成までを特許発明の技術的範囲に含ましめて特許権に基づく独占権を与えることになりかねないが,そのような解釈は,発明の開示の代償として独占権を付与したという特許制度の趣旨に反することになり許されないというべきである。

 したがって,特許請求の範囲が上記のように抽象的,機能的な表現で記載されている場合においては,その記載のみによって発明の技術的範囲を明らかにすることはできず,上記記載に加えて明細書及び図面の記載を参酌し,そこに開示された具体的な構成に示されている技術思想に基づいて当該発明の技術的範囲を確定すべきであり,具体的には,明細書及び図面の記載から当業者が実施できる構成に限り当該発明の技術的範囲に含まれると解するのが相当である。

イ本件明細書の記載
 そこで以上のような観点から本件明細書を見ると,本件明細書の発明の【詳細な説明】の個所には次の記載がある。

ウ 検討
・・・
(イ) 以上のとおり,本件明細書には,地震時ロック装置において,前後又は左右の方向で規定される地震のゆれによって係止体がその後部において回動が妨げられ,扉等が開き停止位置を超えてそれ以上開く動きを許容しない状態を生じさせるための具体的構成としては,装置本体の震動エリアに収納された球により地震時に係止体の回動を妨げる構成が開示されていることが認められるが,それ以外の構成は記載されておらず,またそれを示唆する記載もない。また,本件明細書の【背景技術】にも,従来技術として地震時ロック方法が紹介されているが,それはゆれによって球が動くことにより地震を検出するものであって,他に,振動エリア内に収容した球を用いる以外の構成を示唆するような記載は一切認められない。
 したがって,本件明細書には,装置本体の振動エリアに収納した球を用いて係止体の回動を妨げるという技術思想だけが開示されているというべきである

 以上によれば,本件明細書の記載から当業者が実施できる構成は,振動エリアに収納した球を用いて係止体の回動を妨げる構成だけというべきであるから,かかる構成に限り本件特許発明の技術的範囲に含まれる(構成要件Cを充足する)と解するのが相当である

引用商標の商標権者が審決前に破産した場合

2010-08-15 20:59:22 | 商標法
事件番号 平成21(行ケ)10396
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成22年07月21日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 商標権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 中野哲弘

(3) 取消事由3(類否判断の誤り)について
ア引用商標2につき
 引用商標2に係る商標権は,平成13年8月30日に商標登録出願され,平成14年8月23日に商標登録されたものであり,その存続期間満了日が平成24年8月23日である(商標法19条)ところ,その商標権者である株式会社星籌は,平成6年2月14日に設立され,平成17年10月26日午後5時に,東京地方裁判所から破産手続開始決定を受け(同年10月28日登記),平成18年5月11日に東京地方裁判所の破産手続終結決定が確定し(同年5月15日登記),同年5月15日に同社の登記簿が閉鎖されたものと認められる(甲126)。
 また,同社の破産手続終結決定が確定した平成18年5月11日から引用商標2に係る商標権の存続期間満了日である平成24年8月23日までの間,同社(破産管財人を含む。)及び同社からの使用許諾を受けた第三者が,当該商標を使用した又は使用すると認めるに足りる証拠はない

 そうすると,本願商標の出願時である平成20年5月27日,拒絶査定時である平成21年2月24日及び審決時である平成21年10月28日において,引用商標2がその正当な権利者(商標権者又はこれから使用許諾を受けた者)によって使用される可能性は極めて低いものと認められ,引用商標2と本願商標との間で商品の出所についての混同を生ずるおそれはないものというべきである。

 被告は,商標法4条1項11号にいう先願の「他人の登録商標」は,後願の同一又は類似商標の査定時又は審決時において,現に有効に存続しているものであれば足り,現実に使用されていることを必要とするものではなく,また,商標権者が破産前に引用商標2の使用を許諾した第三者によって同商標が使用されている可能性や,将来,第三者が引用商標2に係る商標権を承継して使用する可能性も否定できないから,引用商標2が本願商標の査定時又は審決時において,現に有効に存続していた以上,本願商標と引用商標2との類否判断に影響を及ぼすものではないと主張する。

 しかし,引用商標2に係る商標権者については,本願商標の出願登録前に破産手続終結決定が確定しており,当該商標権の存続期間満了日までの間,引用商標2がその正当な権利者(商標権者又はこれから使用許諾を受けた者)によって現実に使用される可能性は極めて低いものと認められるのであるから,引用商標2と本願商標との間で商品の出所についての混同を生ずるおそれはないものといえる。したがって,被告の主張は採用することができない

 以上のとおり,本願商標は,引用商標2との関係においては,商品の出所についての誤認混同のおそれのない非類似の商標であるから,商標法4条1項11号に該当するものではなく,この点に関する原告主張の取消事由3には理由がある。

専用実施権設定契約に基づく独占的通常実施権の設定

2010-08-15 20:41:37 | Weblog
事件番号 平成22(ネ)10022
事件名 損害賠償請求控訴事件
裁判年月日 平成22年07月20日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 民事訴訟
裁判長裁判官 塚原朋一

ア原判決が独占的通常実施権を認定した誤りについて
 この点について,控訴人は,本件専用実施権設定契約の内容と本件通常実施権許諾契約の内容とが必ずしも一致するものとは思われないのに,原判決が,これを一致しているとして独占的通常実施権の効力を認めたのは,特許法の制度を没却するものである等縷々主張する
 しかしながら,前記認定のとおり,専用実施権設定契約の当事者間では,独占的な実施権を付与するという合意は成立しているのであるから,このような契約当事者の合理的な意思を解釈すれば,専用実施権設定契約において,何らかの事情で同契約に基づく専用実施権の設定登録ができなかった場合,独占的通常実施権の設定契約を排除することが認められる特段の事情がない限り,専用実施権の設定契約に代えて独占的通常実施権の設定契約を締結する意思があると解するのが相当であって,この点は,本件専用実施権設定契約の内容と本件通常実施権許諾契約の内容が一致しているか否かとは関係がないというべきである。そして,本件においては,全証拠を精査しても,独占的通常実施権の設定契約を排除することが認められる特段の事情は認められない。

 したがって,本件において,独占的通常実施権の効力を認めたとしても,何ら特許法の制度を没却するものではない。
 以上により,この点に関する控訴人の主張は失当である。

イ 独占的通常実施権について再実施契約を認定した誤りについて
 この点について,控訴人は,通常実施権の登録が一切認められない実施権は,特許法上の通常実施権とはいえないものであるから,通常実施権の再実施権は認められず,本件のように,専用実施権の設定登録をせずにされた実施許諾は無効である旨縷々主張する

 確かに,専用実施権については,特許権者の承諾があれば,通常実施権を設定することができる旨の明文の規定(特許法77条4項)があるが,通常実施権については,同様の明文は存しない。
 しかしながら,通常実施権者は,特許権者の承諾があれば,その通常実施権を第三者に譲渡したり,質権を設定したりすることができるのであるから(同法94条1項,2項),同様に,特許権者の承諾があれば,再実施契約を設定することも可能と解すべきである。そして,前記認定のとおり,本件においては,本件専用実施権設定契約(乙1)において,再実施が許諾されているのであるから,専用実施権設定契約に代えて独占的通常実施権設定契約が締結されていると認められる以上,同契約においても,同様に,再実施契約について特許権者の許諾があると認めるのが相当である。

 また,控訴人は,特許庁の取扱いとして通常実施権に基づく再実施契約の登録ができないことを問題とするが,通常実施権の登録は対抗要件にすぎないから,登録の有無は再実施契約の有効性には影響しないというべきである。

 以上により,この点に関する控訴人の主張も失当である。

特許権侵害行為が継続し,そのために損害も継続して発生する場合

2010-08-15 18:54:43 | Weblog

事件番号 平成19(ネ)10032
事件名 特許権侵害差止等請求控訴事件
裁判年月日 平成22年07月20日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 民事訴訟
裁判長裁判官 塚原朋一

(2)ア 被告は,平成18年1月1日以降の期間の原告の損害賠償請求につき,平成21年2月19日付け訴え変更申立書が送達された日(平成21年2月23日)までに,消滅時効が完成した部分がある旨主張し,消滅時効の抗弁を出している
 本件のように,特許権侵害行為が継続して行われ,そのために損害も継続して発生する場合においては,損害の継続・発生する限り,日々新しい不法行為に基づく損害として,各損害を知った時から,別個に消滅時効が進行すると解されるところ,原告は,平成18年1月1日以降の損害につき,平成21年2月19日付け訴えの変更申立書を提出するまでの間,損害の発生を知りつつ,請求しなかったことになるから,平成18年1月1日から同年2月23日までの損害に対応する賠償請求権は,時効により消滅したことになる(当裁判所は,必ずしもこのような見解を是としているわけではなく,権利者が将来にわたって差止請求をしながら,既経過分の実施料相当額の請求のみにとどめるのは,将来分の請求権適格性に疑問があることによるものと思われるところ,このような場合には,未経過分についても,事情に変更がない限り,訴訟係属により時効管理がされているものと解する余地がある
 しかしながら,本件では,原告が,被告による消滅時効の援用があれば,当然に時効消滅するものと解して予備的請求を設定している経緯にかんがみ,上記のように判断したものである。)。

イ 原告は,これに備えて,予備的に,同期間の損害(損失)につき,不当利得に基づく返還請求をしている。
 特許権は民法703条にいう『財産』に該当するところ,無断実施者がこれによって『利益』を得て特許権者たる他人に損失を及ぼしている場合には,不当利得として同利益を返還すべき義務を負うといえる。もっとも,不当利得返還請求については,特許法102条の規定の適用はなく,専ら民法703条,704条の規定に基づくことになるが,その際の不当利得の額(実施料相当額)自体については,特許権侵害に基づく損害賠償の場合と特段の違いはない。

ウ これに対し,被告は,自らは善意の受益者であるから,少なくとも本判決確定までの間は,利息を支払う義務を負わない旨主張する。確かに,民法703条ないし704条に基づく不当利得返還請求において,利得者の悪意が推定されるものでもなく,その他,本件特許1,3,4,5に関して,特許庁でも,少なくとも一部につき無効と判断され,訂正が繰り返されたこと等の本件での諸事情を考慮すれば,被告が,本件での特許権侵害につき悪意であるとまでは認められない

 したがって,上記の損害賠償請求権が時効消滅した期間に対応する不当利得額については,利息は発生しない。

民訴法248条の趣旨にかんがみた損害額の認定事例

2010-08-15 17:50:13 | Weblog
事件番号 平成19(ネ)10032
事件名 特許権侵害差止等請求控訴事件
裁判年月日 平成22年07月20日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 民事訴訟
裁判長裁判官 塚原朋一

・・・
(6) 以上,2つの方法で計算した試算値を比較すると,原告の主張する溶融アルミニウムの売上額による算出方法は,特許法102条3項等が想定する実施料を算出する方法として普通に用いられるものではなく,このため実施料率自体は通常の場合の下限値を用いたものの,それでもなお,同方法によって算出された金額は真実の数値を相当程度上回っているものと考えられる。
 他方,被告の主張する取鍋の購入価格・修理価格による算出する方法も,同方法によって算出された金額は真実の数値とは大きく懸絶しているものと考えられる。
 両者の試算値には誤差の範囲を超えた大きな相違がある。その原因は,算出の考え方,前提事実が全く異なっていることを考えると,当然の結果であり,両者を単純平均した数値を採用することは相当であるとはいえない。 

  しかも,当事者は,それぞれ,自己の主張する算出方法が正当であると主張しており,当裁判所が独自に第三の算出方法を案出することも,これを相当とする状況にはない

 そこで,当裁判所としては,民訴法248条の趣旨にかんがみ,口頭弁論の全趣旨及び証拠調べの結果を参酌し,原告が主張した,溶融アルミニウムの売上高を基準とする算出方法に基づいて得られた試算値を出発点として,公平の見地から,これに0.5を乗じた金額をもって,実施料相当額であると認定するものである。