知財判決 徒然日誌

論理構成がわかりやすく踏み込んだ判決が続く知財高裁の判決を中心に、感想などをつづった備忘録。

防御権行使の機会の有無の判断事例

2008-09-14 11:18:38 | 特許法50条
事件番号 平成20(行ケ)10045
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成20年09月10日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 石原直樹


2 取消事由2(手続的瑕疵)について
(1) 原告は,本件特許出願の審査をした審査官は,本願発明の原料ガスであるフロンガスと,刊行物1の原料ガスであるCF4とが相違すると認めていたとした上で,審決が,原告の主張に対し,
「出願人(判決注・原告)は塩素を含まない単なるフッ化炭素と,塩・フッ化炭素とで化学プロセスが異なる旨主張するが,フロンには,これら両者が含まれるので,この主張は,特許請求の範囲の記載に基づかない主張であって,採用できない。」
と説示したことを捉え,審判官は,拒絶査定の理由とは異なる特許法36条6項1号の拒絶の理由を発見したということになるから,審判において拒絶理由を通知すべきであったにもかかわらず,審判段階で拒絶理由通知はなされていないから,審決は同法159条2項,50条に違背すると主張する


 しかしながら,同法50条の「審査官は,拒絶をすべき旨の査定をしようとするときは,特許出願人に対し,拒絶の理由を通知し,相当の期間を指定して,意見書を提出する機会を与えなければならない。」との規定,及び同法159条2項の「第五十条・・・の規定は,拒絶査定不服審判において査定の理由と異なる拒絶の理由を発見した場合に準用する。」との規定によれば,拒絶査定不服審判において,拒絶査定による拒絶の理由とは異なる拒絶の理由により,拒絶査定を維持し,審判請求を不成立とする審決をする場合には,審判請求人に対し改めて拒絶理由通知をする必要があるものの,仮に,審判合議体が,拒絶査定による拒絶の理由のほかに,これと異なる拒絶の理由を発見したとしても,その異なる拒絶の理由を,審決における拒絶の理由とするのでなければ,審判請求人に対し,その異なる拒絶の理由を改めて通知する必要がないことは明らかである

 ・・・したがって,審決における拒絶の理由は,拒絶査定による拒絶の理由に含まれるものであって,これと異なる拒絶の理由ということはできない。

(2) もっとも,上記拒絶査定には,「備考」として以下の記載がある。「・・・。」
 この記載は,刊行物1発明のCF4(フルオロカーボン)を,「フロンCFC-113」に転用(置換)することの容易性について言及するものと認められ,この記載のみからすれば,原告主張のとおり,拒絶査定においては,フルオロカーボンが本願発明の「フロン」とは異なるものであると認識していたと考えられないでもない

 しかるところ,拒絶理由通知の制度趣旨は,審査官又は審判官が出願を拒絶すべき理由を発見したときに,出願人に対してその旨を通知することにより,出願人に意見を述べる機会及び手続補正をする機会を与えて,特許出願制度の適正妥当な運用を図ることにあるから,拒絶査定において,フルオロカーボンが本願発明の「フロン」とは異なるものであるとされていたと仮定して,そのことにより,フルオロカーボンもクロロフルオロカーボンと同様「フロン」に含まれるものであることを前提とする審決の判断が,原告にとって全く予期し得ぬ不意打ちに当たり,その旨を通知するのでなければ,原告の防御権行使の機会を奪い,その利益保護に欠けることになるものとすれば,上記(1)のとおり,審決の拒絶の理由が,拒絶査定における拒絶の理由に含まれるものであるとはいえ,改めて拒絶理由の通知をすることが必要であったと解する余地もある

 しかしながら,上記拒絶理由通知書(甲第7号証)には,「・・・。」との記載があり,この記載によれば,審査官(・・・)は,フルオロカーボンガスを,CFC-113,CFC-12(クロロフルオロカーボンガス)と「同じフロン類であるフロンガス」と認識していたことが認められるから,そもそもフルオロカーボンが本願発明の「フロン」とは異なるものであると認識していたということ自体が疑わしくなる

 また,その点は措くとしても,本件特許出願当時,単に「フロン」といった場合,通常,フルオロカーボンを含む意味で用いられていると解するのが当業者の技術常識であったものと認められることは,上記1(2)イのとおりであり,・・・。
 上記意見書(甲第8号証)の記載によれば,原告が,本願発明の「フロン」を「分子中にフッ素の他,塩素を含」むもの,すなわち,クロロフルオロカーボンとしていることが認められるが,そうであるならば,上記のとおり,本件特許出願当時,単に「フロン」といった場合,通常,フルオロカーボンを含む意味で用いられており,上記拒絶理由通知書にもその旨の記載がある以上,原告としては,意見書の提出と併せて,本願明細書の「フロン」との記載を,原告自身の意図するところに合わせて改めるべく,手続補正をすべきであったのであり,そのようにすることに格別の障害があったと認めることはできない

 そうすると,フルオロカーボンもクロロフルオロカーボンと同様「フロン」に含まれるものであることを前提とする審決の判断が,原告にとって全く予期し得ぬ不意打ちに当たり,その旨を通知するのでなければ,原告の防御権行使の機会を奪い,その利益保護に欠けることになるものとは到底いうことができず,この点からも,審判合議体が,改めて拒絶理由の通知をすることが必要であったということはできない

(3) 以上によれば,審決に,拒絶理由通知の懈怠の手続的瑕疵があった旨の原告の主張を採用することはできないから,取消事由2は理由がない。

サポート要件の立証責任

2008-09-14 10:40:36 | 特許法36条6項
事件番号 平成19(行ケ)10401
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成20年09月10日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 石原直樹

(2) 特許請求の範囲の記載が,明細書のサポート要件に適合するか否かは,特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し,特許請求の範囲に記載された発明が,発明の詳細な説明に記載された発明で,発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か,また,その記載や示唆がなくとも当業者が出願時(本件では優先権主張日)の技術常識に照らし,当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきであり,明細書のサポート要件の存在は,特許出願人(特許拒絶査定不服審判請求を不成立とした審決の取消訴訟の原告)又は特許権者(平成15年法律第47号附則2条9項に基づく特許取消決定取消訴訟又は特許無効審判請求を認容した審決の取消訴訟の原告,特許無効審判請求を不成立とした審決の取消訴訟の被告)が証明責任を負うと解するのが相当である(知財高裁特別部平成17年11月11日判決(平成17年(行ケ)第10042号)24~25頁参照)。

 そこで,本件発明1が,発明の詳細な説明に記載された発明で,発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるということができるかどうかが問題となる。
・・・
 このようなフロン代替品に求められる性質を踏まえ,上記(4)で認定した本件明細書の発明の詳細な説明の記載内容を見ると,本件発明1の物品清浄化方法における溶剤であるフッ素化エーテルは,フロン代替品として共通に求められる性質(オゾン層に長期の悪影響を及ぼさないという点を含めて環境への影響上良好であり,安定性があり,低毒性であり,不燃性であるという性質)を満たすことを前提として,清浄化機能に優れ,特にアルミニウムに対して安定的である点に特徴があるものであるということができる。・・・
 そうすると,本件発明1がサポート要件を満たすというためには,本件発明1の物品の溶剤清浄化方法による清浄化機能が従来の溶剤であるフロンを使用したものとおおむね同等か,それ以上のものであること,及び,アルミニウム存在下において安定していることが,発明の詳細な説明に記載されている必要があるというべきである(なお,原告は「フロン代替物としてのオゾン層破壊防止効果」が本件発明の効果であるかのように主張するが,上記に説示したところに照らし,採用することはできない。)。

 しかしながら,本件明細書の発明の詳細な説明に実施例として記載されている例1~11のうち,例1~9は,上記(4)のエのとおり,使用されているフッ素化エーテルが本件発明1のフッ素化エーテルの構成を備えていないものであり,また,例10,11は,これに使用されているフッ素化エーテルが本件発明1のフッ素化エーテルの構成を備えているものであるとしても,上記(4)のカのとおり,清浄化試験及びアルミニウム存在下における安定性試験の結果がいずれも記載されていないのであるから,本件明細書の発明の詳細な説明の記載は,本件発明1の実施例に相当する例の記載を欠いたものといわざるを得ない。そして,本件明細書の他の記載において,本件発明1が上記の作用効果を奏することについて具体的に触れた部分はない。



事件番号 平成17(行ケ)10042
裁判年月日 平成17年11月11日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟

特許請求の範囲の記載が,明細書のサポート要件に適合するか否かは,特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し,特許請求の範囲に記載された発明が,発明の詳細な説明に記載された発明で,発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か,また,その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきものであり,明細書のサポート要件の存在は,特許出願人(特許拒絶査定不服審判請求を不成立とした審決の取消訴訟の原告)又は特許権者(平成15年法律第47号附則2条9項に基づく特許取消決定取消訴訟又は特許無効審判請求を認容した審決の取消訴訟の原告,特許無効審判請求を不成立とした審決の取消訴訟の被告)が証明責任を負うと解するのが相当である。

商標法4条11項の取引者,需要者の扱いと判断基準時

2008-09-14 10:20:36 | 最高裁判決
事件番号 平成19(行ヒ)223
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成20年09月08日
裁判所名 最高裁判所第二小法廷
権利種別 商標権
訴訟類型 行政訴訟
(裁判長裁判官 古田佑紀,裁判官 津野修,今井功,中川了滋)

4 しかしながら,原審の上記判断は是認することができない。その理由は,次のとおりである。
(1) 法4条1項11号に係る商標の類否は,同一又は類似の商品又は役務に使用された商標が,その外観,観念,称呼等によって取引者,需要者に与える印象,記憶,連想等を総合して,その商品又は役務に係る取引の実情を踏まえつつ全体的に考察すべきものであり(最高裁昭和39年(行ツ)第110号同43年2月27日第三小法廷判決・民集22巻2号399頁参照),複数の構成部分を組み合わせた結合商標と解されるものについて,商標の構成部分の一部を抽出し,この部分だけを他人の商標と比較して商標そのものの類否を判断することは,その部分が取引者,需要者に対し商品又は役務の出所識別標識として強く支配的な印象を与えるものと認められる場合や,それ以外の部分から出所識別標識としての称呼,観念が生じないと認められる場合などを除き,許されないというべきである(最高裁昭和37年(オ)第953号同38年12月5日第一小法廷判決・民集17巻12号1621頁,最高裁平成3年(行ツ)第103号同5年9月10日第二小法廷判決・民集47巻7号5009頁参照)。

(2) これを本件についてみるに,本件商標の構成中には,称呼については引用各商標と同じである「つつみ」という文字部分が含まれているが,本件商標は,「つつみのおひなっこや」の文字を標準文字で横書きして成るものであり,各文字の大きさ及び書体は同一であって,その全体が等間隔に1行でまとまりよく表されているものであるから,「つつみ」の文字部分だけが独立して見る者の注意をひくように構成されているということはできない

 また,前記事実関係によれば,引用各商標は平成3年に商標登録されたものであるが,上告人の祖父は遅くとも昭和56年には堤人形を製造するようになったというのであるから,本件指定商品の販売業者等の取引者には本件審決当時,堤人形は仙台市堤町で製造される堤焼の人形としてよく知られており,本件商標の構成中の「つつみ」の文字部分から地名,人名としての「堤」ないし堤人形の「堤」の観念が生じるとしても,本件審決当時,それを超えて,上記「つつみ」の文字部分が,本件指定商品の取引者や需要者に対し引用各商標の商標権者である被上告人が本件指定商品の出所である旨を示す識別標識として強く支配的な印象を与えるものであったということはできず,他にこのようにいえるだけの原審認定事実は存しない。
 さらに,本件商標の構成中の「おひなっこや」の文字部分については,これに接した全国の本件指定商品の取引者,需要者は,ひな人形ないしそれに関係する物品の製造,販売等を営む者を表す言葉と受け取るとしても,「ひな人形屋」を表すものとして一般に用いられている言葉ではないから,新たに造られた言葉として理解するのが通常であると考えられる。そうすると,上記部分は,土人形等に密接に関連する一般的,普遍的な文字であるとはいえず,自他商品を識別する機能がないということはできない。

 このほか,本件商標について,その構成中の「つつみ」の文字部分を取り出して観察することを正当化するような事情を見いだすことはできないから,本件商標と引用各商標の類否を判断するに当たっては,その構成部分全体を対比するのが相当であり,本件商標の構成中の「つつみ」の文字部分だけを引用各商標と比較して本件商標と引用各商標の類否を判断することは許されないというべきである。

(3) そして,前記事実関係によれば,本件商標と引用各商標は,本件商標を構成する10文字中3文字において共通性を見いだし得るにすぎず,その外観,称呼において異なるものであることは明らかであるから,いずれの商標からも堤人形に関係するものという観念が生じ得るとしても,全体として類似する商標であるということはできない。