知財判決 徒然日誌

論理構成がわかりやすく踏み込んだ判決が続く知財高裁の判決を中心に、感想などをつづった備忘録。

本件発明の実施品でないことを看過して結んだ契約と契約金等の返還

2008-09-03 07:26:00 | Weblog
事件番号 平成19(ワ)17344
事件名 損害賠償請求事件
裁判年月日 平成20年08月28日
裁判所名 東京地方裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 民事訴訟
裁判長裁判官 阿部正幸

4 争点(2)(債務不履行の成否)について
(1) 被告Yについて
 原告は,被告Yが,Z装置が本件発明の実施品でないことを看過し,ZからZ装置が本件発明の実施品でないとの主張をされるという事態を招き,これを契機として本件特許の無効という結果を招いたものであり,被告Yには本件特許を維持すべき契約上又は信義則上の義務に違反した債務不履行がある,と主張する

 被告Yは,本件実施契約上,本件特許について特許料の支払をしてこれを消滅させないようにしなければならず,あるいは本件特許権を放棄してはならない義務を負うというべきであり,この意味において本件特許を維持すべき契約上の義務を負っているということができる

 しかしながら,被告YがZ装置が本件発明の実施品でないことを看過したことは,通常,本件特許の無効をもたらすようなものであると認めることができないことは,前記3(1)ウで説示したとおりであるから,そのことによって被告Yが本件特許を維持すべき義務に違反したということはできないというべきである
 また,前記1で認定した事実によれば,被告Yは,嵐の湯のした本件特許の無効審判請求について,これを争い,本件無効審決に対して知的財産高等裁判所に審決取消訴訟を提起し,同訴訟での請求棄却判決を不服として上告及び上告受理の申立てをしており,特許無効を回避するために採り得る法的手段を尽くしたということができるから,結果的に本件無効審決が確定し本件特許が無効となったとしても,被告Yに本件特許を維持すべき契約上の義務違反があったということはできない
・・・

5 争点(3)(錯誤無効,公序良俗違反の成否)について
(1) 被告Yについて
 上記1,2で認定説示したところによれば,原告は,その設立をした関係者が被告Y及びZからZ装置が本件発明の実施品である旨の説明を受け,Z装置と同一の装置を独占的に実施するのに必要であるとの認識の下に本件実施契約を締結したものである。
 ところが,実際には,Z装置は本件発明の技術的範囲に属さず,原告は,本件実施契約を締結してもZ装置と同一の装置を独占的に実施することのできる地位を獲得することができなかったものである。原告がこのことを知っていれば本件実施契約を締結することはなかったということができるから,原告には本件実施契約の締結につき要素の錯誤があったというべきである

 本件実施契約書(甲1)の6条1項は,「本契約に基づいてなされたあらゆる支払いは,事由の如何に拘わらず乙(判決注・原告)に返還されないものとする。」と規定している。しかしながら,前記1で認定した事実によれば,同条項の定めは,特許無効審判制度が存在することを前提として,本件特許権につき,契約締結後,無効審判が請求され無効審決が確定した場合であっても,本件契約金等の返還をしない趣旨を合意したものであることが認められる。
 同条項につき,上記の趣旨を超えて,本件実施契約につき錯誤や詐欺等が存在する場合において,契約の無効や取消しを理由として本件契約金等の返還請求をすることが一切できないとの趣旨まで含むことについての合意があったことをうかがわせる証拠はない

 以上によれば,本件実施契約は錯誤により無効であり,被告Yは,原告に対し,不当利得として,本件契約金3000万円の返還義務を負う。

 原告は,上記不当利得返還請求につき,平成18年10月27日からの遅延損害金の支払を請求する。しかしながら,不当利得返還債務が遅滞に陥るのは,催告の到達した翌日である。証拠(甲5,6)によれば,原告は,被告Y及びZに対し本件契約金3000万円の返還を催告する内容の平成18年11月28日付け内容証明郵便を差し出したこと,同書面は,Zに同月30日に配達され,そのころ被告Yにも配達されたものの,被告Yは同書面が本件実施契約に関する原告からの通知であることを知りながら,その受取りを拒否したことが認められる。そうすると,上記内容証明郵便は,同郵便がZに配達された平成18年11月30日には被告Yにも配達されたものと推認するのが相当であるから,同日に同被告に到達したものということができる。被告Yが上記3000万円の不当利得返還債務について遅滞に陥るのは,上記配達日の翌日である平成18年12月1日であり,それより前の期間の遅延損害金の請求は理由がない。

・・・

6 争点(4)(本件無効審決の確定による本件契約金の返還義務の有無)につい

(1) 被告Yについて
原告は,本件特許につき本件無効審決が確定し本件特許が遡及的に無効になったから,被告Yは,本件契約金を不当利得として返還する義務がある,と主張する
 しかしながら,本件実施契約書(甲1)の6条1項は,「本契約に基づいてなされたあらゆる支払いは,事由の如何に拘わらず乙(判決注・原告)に返還されないものとする。」と規定しており,同条項の定めが,特許無効審判制度が存在することを前提として,本件特許権につき,契約締結後,無効審判が請求され無効審決が確定した場合であっても,本件契約金等の返還をしない趣旨を合意したものであることは,前記5(1)で説示したとおりである。
同条項によれば,本件特許が本件無効審決により無効となっても,被告Yは,本件実施契約に基づき支払われた本件契約金の返還義務を負わない
と解するのが相当である。

発明の実施品でないことを看過して結ばせた契約は不法行為を構成するか

2008-09-03 07:07:10 | Weblog
事件番号 平成19(ワ)17344
事件名 損害賠償請求事件
裁判年月日 平成20年08月28日
裁判所名 東京地方裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 民事訴訟
裁判長裁判官 阿部正幸

3 争点(1)(共同不法行為の成否)について
(1) 被告Yについて
ア ・・・

原告は,被告Yが,Z装置が本件発明の実施品でないことを看過し,原告に対し,Z装置が本件発明の実施品である旨の誤った説明をして原告に本件実施契約を締結させたことが不法行為に当たる,と主張する。
 前記1,2で認定説示したところによれば,被告Yは,Z装置が本件発明の技術的範囲に属しないにもかかわらず,技術的範囲に属すると誤信して,原告の設立をした関係者に対し,Z装置が本件発明の実施品である旨の誤った説明をして本件実施契約を締結させたものであるということができる。しかしながら,故意により虚偽の説明をしたというならともかく,誤った説明をしたというだけでは,そのことについて仮に過失が認められるとしても,不法行為となるような違法な行為があるということはできないというべきである
上記不法行為の主張は採用することができない。

ウ 原告は,被告Yが,Z装置が本件発明の実施品でないことを看過し,ZからZ装置が本件発明の実施品でないとの主張をされるという事態を招き,これを契機として本件特許の無効という事態を招いたことが不法行為に当たる,と主張する

 しかしながら,被告YにおいてZ装置が本件発明の実施品でないことを看過したというだけで,不法行為となるような違法な行為があったということができないことは上述したところから明らかである。また,被告YがZ装置が本件発明の実施品でないことを看過したことは,通常,本件特許の無効をもたらすようなものであるということはできないから,両者の間に相当因果関係があると認めることもできないというべきである

無効原因のある特許に基づく実施許諾契約を結ばせることは不法行為を形成するか

2008-09-03 06:52:32 | Weblog
事件番号 平成19(ワ)17344
事件名 損害賠償請求事件
裁判年月日 平成20年08月28日
裁判所名 東京地方裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 民事訴訟
裁判長裁判官 阿部正幸

3 争点(1)(共同不法行為の成否)について
(1) 被告Yについて
ア 原告は,被告Yが,本件特許について無効原因があることを知りながら,これを原告に告げずに本件実施契約を締結させたことが不法行為に当たる,と主張する。しかしながら,被告Yが,本件実施契約締結当時に本件特許に無効原因があることを知っていたことを認めるに足る証拠はない。

 前記1で認定した事実によれば,本件特許については,公知文献1ないし3に記載された発明及び周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるので特許法29条2項に違反する(進歩性を欠く)としてこれを無効とした本件無効審決が確定している。

 進歩性の判断における「当業者」とは,その発明の属する分野の技術水準にあるもの(公知,公用,文献公知の発明等)のすべてを理解している者をいい,擬制された抽象的な人格であって,現実にそのような人が存在するわけではない
 無効審決において公知文献であるとされたからといって,そのことから直ちに,発明者や特許権者ら当該技術分野の関係者が実際にこれらの公知文献を知っていたということができないことは明らかである。

 証拠(丙6)によれば,被告Yは,本件特許の出願過程において受けた拒絶理由通知の中で公知文献1を示されていることから,本件実施契約締結当時,公知文献1の存在については知っていたと認められるものの,審決における無効理由を構成するその他の公知文献についてまで,知っていたことを示す証拠はない。上記無効理由は,本件実施契約締結から1年近くが経過した平成16年11月26日付けで嵐の湯が本件特許についてした無効審判請求において主張されたものであり(丙15の1,2),それ以前に同無効理由が主張されたことを示す証拠はないことから,被告Yが,本件実施契約締結当時において,これらの公知文献や周知技術の組合せからなる無効事由の存在を知っていたとは考え難い。原告の上記不法行為の主張は採用することができない

均等論の「本質的部分」の判断例-経緯と記載を考慮

2008-09-03 06:35:12 | Weblog
事件番号 平成20(ネ)10023
事件名 特許権侵害差止等請求控訴事件
裁判年月日 平成20年08月26日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 民事訴訟
裁判長裁判官 飯村敏明
http://www.courts.go.jp/search/jhsp0030?action_id=dspDetail&hanreiSrchKbn=07&hanreiNo=36730&hanreiKbn=06


2 当審における原告の新たな主張(予備的主張)に対する判断原告は,当審において,以下の主張を予備的主張として追加する。

 すなわち,・・・,被告製品の上記各構成部分は,本件特許発明の構成要件B2,B3と均等であるとの主張を追加する。

 しかし,原告の主張は,以下のとおり理由がない。

 すなわち,原審が認定したとおり,
①本件明細書には,本件特許発明は,従来の技術である,・・・生海苔の異物分離除去装置では,筒状混合液タンク内で遠心力により略水平方向に流動している略水平展開状態の生海苔が,・・・,生海苔を垂直方向に方向転換する必要があることから,生海苔を傷めるおそれがあるとともに,垂直構造のクリアランスへの誘導が十分でないとの課題があり(【0002】【0003】),本件特許発明は,かかる垂直構造のクリアランスの課題を解決するため,・・・,回転板の回転により略水平展開状態となっている生海苔をそのまま略水平状態で吸い込むことが可能となること等を目的とする(【0004】)ものである旨の記載があり,
②本件特許出願人は,本件特許の出願経過において,一貫して,乙3文献記載の発明では,環状枠板部の内周縁内に回転板を内嵌めするので,クリアランスは垂直方向であるのに対し,本件出願当初発明あるいは本件一次補正発明では,クリアランスは,選別ケーシングの上方に重ねるように設けた回転板の回転円周縁面と前記選別ケーシングの円周縁面とで形成され,クリアランスの方向は,重ね合わせなので略水平方向であるとし,その結果,乙3文献記載の発明では,生海苔を垂直に曲折して吸い込むのに対し,本件出願当初発明あるいは本件一次補正発明では,生海苔は略水平展開状態のまま吸い込まれるとの相違があると主張し,出願前の発明(乙3文献記載の発明)との相違を強調した出願の経緯がある。

 このような記載及び経緯に照らすならば,本件特許発明を特許発明として成立させている技術思想の本質的な特徴部分は,構成要件B2及びB3の記載に基づく「略水平方向に流動旋回する生海苔を,回転板の回転円周縁面と選別ケーシングの円周縁面とで構成され,略水平方向に開口されているクリアランスによって,そのまま略水平状態で吸い込むこと」にあることは明らかである。

 そして,この点の詳細は,前記原審引用部分(原判決21頁20行目から32頁1行目まで)に記載のとおりである。

 そうすると,被告製品のクリアランスの開口方向が略水平ではなく垂直であるという構成要件B2及びB3に係る相違は,本件特許発明の本質的部分に係る相違というべきであるから,被告製品は,本件特許発明の均等物には当たらない。原告の上記主張は失当である