知財判決 徒然日誌

論理構成がわかりやすく踏み込んだ判決が続く知財高裁の判決を中心に、感想などをつづった備忘録。

特許請求の範囲の明確性の判断手法

2007-05-12 22:46:43 | 特許法36条6項
事件番号 平成18(行ケ)10420
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成19年05月10日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 塚原朋一
重要度(3段階):☆☆☆

『1 「システムパラメータ」について
(1) 本願明細書(甲1,2)では,「システムパラメータ」について特に定義されていない。そうすると,一般に,パラメータとは,システムの性質(属性)を与える物理的な量を意味し(茂木晃「電気電子用語大辞典」(平成4年8月25日発行,オーム社)1061 頁),システムを制御しようとする場合には,その対象となるシステムのパラメータを同定する作業が必ず必要となるものであるから,本願の特許請求の範囲においても,「システムパラメータ」は,このような一般的な意味で用いられていると理解すべきものである

(2) また,本願明細書(甲2)には次の記載があり,その内容は,上記の理解するところと整合する

(3) そして,「システムパラメータ」に温度を含めるか,あるいは湿度を含めるかといったことは,制御対象の性質やユーザーのニーズに応じて決めることであり,「システムパラメータ」に含まれる個々の量があらかじめ特定されていなければ,本願発明が把握できないというものでもない。』

『2 「フレキシブルな濃度設定値を計算する処理手段」について
(1) 原告は,「フレキシブルな濃度設定値を計算する」とは,システムパラメータに基づいて濃度設定値の補正値を計算することと理解でき,その内容は明らかであると主張する

(2) そこで,検討すると,「フレキシブルな濃度設定値」について,請求項1には,
「前記タイマー手段(20)および前記確認手段(10)に結合され,前記クロック信号,前記ユーザー設定入力,および前記システムパラメータに基づいてフレキシブルな濃度設定値を計算する前記処理手段(10)」
と記載されている。この記載から認識できることは,「フレキシブルな濃度設定値」が,クロック信号,ユーザー設定入力,及びシステムパラメータに基づいて計算されるということだけである
他の請求項をみても,洗浄装置の操作履歴に基づいて計算されること(請求項2)や,連続的に更新されること(請求項3~6)が認識できる程度である。
(3) 本願明細書(甲2)の発明の詳細な説明をみると,「フレキシブル」に関し,次の記載がある。 
ア「・・・。」(4頁19行~5頁2行)
イ「・・・。」(5頁下から6行~6頁6行)

(4) 「フレキシブル」あるいは「フレキシビリティ」の一般的な意味は,柔軟なさま,融通のきくさま,柔軟性,融通性(広辞苑第5版)というものであり,クロック信号,ユーザ設定入力,システムパラメータとの用語は,いずれも柔軟性(融通性)とは直接結びつかない
さらに,上記(3)の記載は,本願に係る発明がユーザーのニーズに応じた設定値を選択できるという利便を与えること,並びに「フレキシブルな濃度設定値」が,クロック信号,ユーザー設定入力,及びシステムパラメータに基づいて計算されることを意味する

「フレキシブル」あるいは「フレキシビリティ」の一般的な意味を踏まえ,これらの記載と請求項1をあわせ読めば,「フレキシブルな濃度設定値」とは,クロック信号,ユーザー設定入力及びシステムパラメータに基づいて計算される,柔軟性のある(融通性のある)濃度設定値という程度の意味となり,「ユーザーが必要とする任意の濃度設定値」との違いを読み取ることはできない。

(5) ところで,請求項に記載された技術的事項から一の発明が明確に把握できるためには,当該発明の技術的課題を解決するために必要な事項が請求項に記載されることが必要である
上記(4)のとおり,「フレキシブルな濃度設定値を計算する処理手段」との記載では,技術的課題を解決するために必要な事項が特定できないから,本願の請求項1の記載は,特許を受けようとする発明を明確に規定したものということができず,特許法36条6項2号に違反する
(6) したがって,本願明細書の特許請求の範囲の請求項1の記載について,「システムパラメータを用いたフレキシブルな濃度設定値を計算する処理手段」の構成が不明であり,請求項1に係る発明の構成が明確であるとはいえないとした審決の判断は,是認することができる。』

(所感)
 36条6項2号については判例の蓄積が少なく、また、平成5・6年法制定後に多様な法解釈及びそれに基づいた教育がなされ、弁理士実務・審査審判実務において、例えば出願人の特定したいことを特定すれば明確だという理解や、実施例を関連する構成まで含めて読み込んで明確であればよいとする理解などが、未だ有力である。

 そのような説は、仮に、権利行使の際に発明した範囲よりも広く権利行使がなさるとすれば、出願人の責任で、代理人・審査官の責任ではなく、裁判所がとがめるはずだとする。

 しかし、審査主義は、それを導入することで無用や争い(訴訟等)を避け、社会コストを下げることをねらっているはずであるし、そもそも、発明した範囲より広く権利行使をし得る特許請求の範囲を特許するのは、常識からいってすでにおかしい。

 筆者は、この判決は、支持できると思うし、前記有力説に対しては、審査主義等を採用していることや法36条6項の解釈を、原点に戻って再認識した方が良いと思う。