知財判決 徒然日誌

論理構成がわかりやすく踏み込んだ判決が続く知財高裁の判決を中心に、感想などをつづった備忘録。

反論の機会-推論過程において参照される技術かどうか

2007-05-05 21:42:01 | 特許法29条2項
事件番号 平成18(行ケ)10281
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成19年04月26日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 塚原朋一


『(2) 審決の認定判断の仕方
これに対し,審決は,つぎのように判断した。
ア 審決は,拒絶理由として通知し,かつ,拒絶査定においても挙示した理由A(特許法29条1項柱書違反)及び理由B(同法36条6項2号違反)に言及することなく,本件補正発明1に係る発明の独立特許要件としての進歩性(容易想到性の不存在)の検討に入った。

 まず,引用例としては,拒絶理由通知で引用文献2として挙示した国際公開第97/22073号パンフレット(実際にはこれと同旨である甲1の特表2002-515991号公報に依拠した。)を引用例1とし,拒絶理由通知で引用文献1として挙示した特開2001-125958号公報を引用例2とした(もっとも,審決は,引用例2については,その推論において特にこれを用いているわけではない。)。そのうえで,本件補正発明1と引用例1に記載された発明とを対比して,相違点2として次のとおり認定した。
「・・・点。」

イ 審決は,上記相違点2について,容易想到性を認める判断をした。審決は,その際,拒絶理由通知に挙示した引用文献を用いることなく,次のとおり,「普通に用いられている手法」(周知技術と同義であると理解される。)及び「処理を短くするという要請は,一般常識に照らしてみれば,当然に内在していると考えられる」こと(業務の処理における周知の課題をいうものと理解される。)を適用することよって結論を導いた

① 「・・・ことは,業務処理の態様として,普通に取られている手法である(例えば,特開平10-254949号公報(本訴甲3)等参照)。」

② 「また,本件補正発明1のオンライン信用貸し可否通知方法においても,・・・引用例1に接した当業者が容易に発想しうる事項である。」

 審決の上記推論は,本件補正発明1が引用例1に記載された発明と対比した場合に有する相違点2の構成について,審決において初めて挙示した特定の周知技術を引用例として用いて行ったものというべきであり,周知技術を単に当業者の技術水準を知るためなどに補助的に用いたものということはできない

(3) 引用例1に記載された発明に基づく容易想到性
ア引用例1(甲1)には,次の記載がある。
・・・
イ 上記アの記載から明らかなように,引用例1に記載された発明は,・・・・するようにしたものである。そうであるから,・・・引用例1に記載された発明は,金融ネットワーク端末における入力データの集中管理を指向しているものである。

 そうすると,引用例1には,取引可否の審査に必要なデータを2つ以上のデータに分割してACAPS処理システム26に送信して順次審査,承認決定の処理を開始することについて,記載も示唆もないといわざるを得ない。

ウ したがって,当業者は,審決が認定したような特定の業務処理の手法を具体的に示されないで,引用例1の記載に接しただけの場合又は引用例1の記載のほか不特定の周知技術を参酌することが許されるとされるだけの場合には,引用例1に記載された発明について,「・・・」ことを想到することは考え難いものといわなければならない。

エ また,「業務の中で,一方の部署から,他方の部署へ書類を送付し,他方の部署で審査処理を行う場合に,その処理に要する時間を短くするために,一方の部署でできあがった書類を順に他方の部署に送付し,他方の部署では,それらの書類を順次受け取って処理を順次開始し進行させていき,最後に順次進行させた処理の総合的な結果に基づいて承認するか否かの結果を示す」との技術は,審決で認定したように周知技術であるとしても,審決は,特許法29条1,2項にいう刊行物等に記載された事項から容易想到性を肯認する判断過程において参酌するような周知技術として用いているのではなく,むしろ,審決の説示に照らすならば,実質的には,上記周知技術を容易想到性を肯認する判断の核心的な引用例として用いているといわざるを得ない

(4) 本件補正発明1における相違点2に係る構成の重要性
 甲4ないし6によれば,本件補正発明1が引用例1に記載された発明と相違する「・・・」という構成は,本願の当初明細書においても,また,その後に提出された補正書等においても,出願人である原告が一貫して強調してきた最も重要な構成の一つであり,かつ,上記の本件審査及び審判手続においても明らかなように原告が強い関心を示して審査及び審判で慎重な審理判断を求めた構成であることが優に認められるところである

 他方,本件審査及び審判手続では,審査官及び審判官が,この構成が進歩性を有するか否かに対し必要な関心と思慮をもって審理し,判断したかについては,既に検討したように,遺憾ながらその痕跡を窺い知ることは困難である

 以上のような推移の下に,審決は,その後,拒絶理由通知では挙示しなかった甲3が上記構成を相当程度に開示していると考えるに至り,改めて拒絶理由通知をすることなく,唐突に甲3に開示された周知技術を引用例として用いたものと推認される。

(5) 審決の違法性
 以上検討したように,審決が認定した「・・・」は,たとえ周知技術であると認められるとしても,特許法29条1,2項にいう刊行物等に記載された事項から容易想到性を肯認する推論過程において参酌される技術ではなく,容易想到性を肯認する判断の引用例として用いているのであるから,刊行物等に記載された事項として拒絶理由において挙示されるべきであったものである

 しかも,本件補正発明1が引用例1に記載された発明と対比した場合に有する相違点2の構成は,本願発明の出願時から一貫して最も重要な構成の一つとされてきたのであり,出願人である原告が,審査及び審判で慎重な審理判断を求めたものであるのに,審決は,この構成についての容易想到性を肯認するについて,審査及び審判手続で挙示されたことのない特定の技術事項を周知技術として摘示し,かつ,これを引用例として用いたものであるから,審判手続には,審決の結論に明らかに影響のある違法があるものと断じざるを得ない。』