湿気と寒気が流れ込んだお江戸は深い霧に包まれたようです。PM2.5の北京の霧と違い、水分だけの健全な霧だったようです。
こちらは霧どころか青空が広がる天気でした。山の中では猟師が鉄砲を撃つ音が聞こえ「鳥も鳴かずば撃たれまい」と撃たれた鳥がこちらに落ちてこないかな?と期待していましたが、晩飯の素材は降ってこなかった。
米ロが陰でうごめくシリア情勢にトルコが首を突っ込んできて中東情勢はきな臭くなっているので、モーツアルトのピアノソナタ11番(K331)のCD引っ張り出して聴きました。トルコ行進曲と言えばこのところモーツアルトの物しか耳にしないけれど、ベートーベンも作っており私が小学生の頃は「オリーブ石鹸」のコマーシャルで流れていて、こちらの方がポピュラーだったような気がします。
軍隊が音楽隊を伴って行進曲にのって入り込んでくる。この図式を作ったのがオスマントルコ軍で、圧倒的な強さを誇っていたためトルコ軍の行進曲が聞こえてくるとヨーロッパの人々は怯えて逃げ出したそうです。
良く知られている本場トルコの行進曲が「ウスクダラ」と言う名前で外国にも知られるようになり、昭和30年代の日本でも江利チエミがこの歌を唄っており、奇妙な歌として流れていたような記憶があります。
おおらかと言うべきか?今の時代なら物議をかもすような歌の内容ですが、あの頃はイケイケで何でもよかった。
1970年代にボニーMと言う西ドイツのディスコグループが出てきて、このウスクダラのメロディーを用いて「怪僧ラスプーチン」と言うこれまた不謹慎な歌を世界的に流行らせました。
なぜかボニーMのディスコミュージックはソビエトで受け入れられ、ABBAとボニーMはいまだに人気があります。裏拍子をとるユーロビート文化圏なんですね。
まだソビエトだった時代に、ボニーMがモスクワでコンサートを開き大盛況だったようですが、問題はこの「怪僧ラスプーチン」で、怪僧ラスプーチンと言えば皇帝一家に近づき帝政ロシアをガタガタにした人物。しかもメロディはクリミア戦争などで帝政ロシアを散々苦しめたトルコ軍の曲。
時代を考えれば西側がソビエトを侮辱するために黒人を使って作られたような音楽でしたが、ボニーMの代表曲の一つの「ジンギスカン」だってロシアではいまだにタタールのくびきとして恐れられているモンゴル軍の大親分さんですし、ドイツのソビエト憎しの背景が背後でうごめくような危ないラインですが、陽気な音楽の背景など気にも留めないでボニーMはコンサート大成功させて生きて帰ってきたようです。
思惑も今や霧の中へ。
最近、私の鼻は場所を選ばず常にムズムズしています。PM2.5のせいなんでしょうね。これから冬になるにつれ、奴らはストーブをふんだんに使います。そのくせ質の悪い炭を燃やしているので、本当にどうにかチナいとな~。くしゃみに困る私からすると死活問題です。
私がピアノを弾く際、心がけようと思っていることがあります。譜面通りに作曲者の意図をよみといて弾くことはもちろんですが、その当時の作曲家が生きていた世界情勢も勉強して奏でると、より気持ちをのせて演奏ができると考えています。しかし、なかなか世界史が不得意な為現在、考えただけで行動はしていません。
本当のところはですね。世界史を勉強すること以外にも、着手したいと考えていることがあります。
でも長くなってしまうので、またの投稿で書かせて頂きます。
あっそれと、爺やさんの投稿を読んでベートーヴェン先生もトルコ行進曲を作曲していたことを思い出しました。今じゃ、トルコ行進曲といったらモーツァルト先生が有名。なんでだろう。
天津の爆発の化学物質が流れてきているんじゃなかろうか?それにしても中国人はそんなことを気にせず天真爛漫に生きていますね。
私が小学生の頃は「トルコ行進曲」と言えばベートーベンでしたが、ピアノが普及するとモーツァルトが有名になりました。小学校の音楽で聞かされたのはベートーベンで、中学の授業ではK331でした。K331は始まりの方がいいメロディーなんですけどね。