雑文の旅

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猫爺の連続小説「佐貫鷹之助」 第十六回 怒りの霊力

2014-04-04 | 長編小説

 天満塾からの帰り道、同心と目明しに跡を付けられているのに新三郎が気付いた。
   「鷹之助さん、何か悪いことをしたのですか」
   「しませんよ、すれば新さんが気付かない訳がないでしょう」
   「そう言えば、そうですね」
   「気付かぬ振りをして、帰りましょう」
 火を熾し、湯を沸かして、天満塾の塾生食堂で作って貰った柳行李の弁当箱を開けると、おにぎりが二つと、沢庵漬、山菜の煮付けが入っていた。
 おにぎりに齧り付いたところで、付けて来た同心が踏み込んできた。
   「そなたが佐貫鷹之助か」
   「左様で御座います」
   「御上御用の向きである、屋敷の中を改める」
   「何事に御座います」
 鷹之助の言葉には答えず、鷹之助の懐から捜し始めた。
   「この金は」
   「はい、二百文ですが、直ぐ其処の成田屋さんのお内儀に占い料として戴いたものです」
 幸か不幸か、呉服商糸重のお内儀から貰った五十両は、馴染みの両替屋(銀行のようなもの)に預けて置いたので、問い詰められずに済んだ。
 同心はそのまま無言で押入れを開き、押入れの天井裏への出入り口から天井裏に上がり、何かを探している。天井裏に無いと分かると、畳を捲って床下まで捜し始めた。
   「おかしい無いぞ、何処かへ売り払ったかな」
 呟いた同心に、鷹之助が問うた。
   「何を捜しですか」
   「天満塾の文庫から、三十冊もの書物が盗まれたのだ」
   「その盗んだのが私だとお疑いなのですか」
   「そうじゃ、塾が休みの時に、そなたが足繁く通ってきて、文庫に立ち入っていたとの証言があった」
   「はい、確かに予習、復習の為に書物を読みに通っています」
   「そのような書物を売れば、直ぐに足がつく、盗んだのは塾生に違いないのだ」
   「それで、塾生みんなにお調べが及んでいるのですか」
   「いいや、怪しい者だけだ」
   「その一番怪しいのが私なのですね」
   「そうだ、露見せぬ内に、白状せぬか」
   「私は、やっておりません」
   「そんな強がりが言えるのも、今の内だぞ」
   「やってないものは、やっていない、お帰りください」
 その日は、大人しく引き上げたが、次の日から執拗に尾行している。鷹之助は普段通りの生活を続け、休みの日には、天満塾の文庫にかよった。
 鷹之助の尾行だけでは埒があかないらしく、じわりじわりと塾生のお調べを拡げていった。ある日、塾生の江藤俊介が鷹之助に打ち明けた。塾での勉強に付いて行けずに、自分の屋敷に書物を持ち帰り、勉強しているのだそうである。
   「そろそろ、お調べが私に回ってきそうなので、なんとか見付からないように文庫に戻す手立てはありませんか」
   「そんな手立てはありません、塾長に謝って、お返ししましょう」
 江藤俊介は、「これが父上に知れたら、場合によっては手討ちにされる」と、鷹之助に泣きついてきた。
   「仕方が無い、私がその書物を預かって、塾長のところへ持っていきましょう」
 江藤俊介は、涙を流して喜び、書物を渡すので、今から私の屋敷に来て欲しいと頼まれた。
   「わかりました、行きましょう」
   「お願いです、どうぞ私の名を出さないと約束してください」
   「心得ています」
 鷹之助は、よくも誰にも見られずに三十冊もの書物を持ち出せたものだと提げてみて驚いた。
   「鷹之助さんのお人よしにも程があります」
   「手討ちにされるときけば、放っておけないではありませんか」
   「鷹之助さんがやったのだと思われますぜ」
   「そうですね。場合によれば、退塾させられるかも知れませんね」
   「どうします」
   「正直であるのみ、当たって砕けろです」
 天満領に戻ると、まっすぐ塾長のところへ行った。
   「これは、盗まれた書物です」
   「わしは信じられなかったのだが、やはり同心の言う通り、犯人は佐貫であったか」
   「いえ、私ではありません」
   「では、誰だというのだ」
   「約束しましたので、名前は申し上げることは出来ません」
   「その名を言わねば、お前を犯人だと思わねばなるまい」
   「言えません」
   「そうか、やはりお前なのか、塾を追放せねばならぬのう」
   「これは、ある者が遅れた勉強を取り戻したいが為に行いました」
   「お前は、遅れてはいないであろう」
   「はい、しっかり付いて行っております」
 その時、鷹之助が庇う江藤俊介が塾長の部屋にきて、書物の山を見るなり叫んだ。
   「塾長、やっぱり盗人は佐貫でしたか、私はそうでないかと疑っておりました」
   「お前は、何故犯人は佐貫だと思うのだ」 
   「はい、佐貫は金に困っていましたから、きっと売りさばこうとしたのでしょう」
 鷹之助は「むっ」とした。こんなヤツと約束をした自分が馬鹿だったと思った。
   「お前、よくも…」
   「ふん、自分の罪を私に擦り付けようとでも思っているのか」
 約束は約束だ、ここは我慢して、約束を果そうと鷹之助は思った。
   「塾長、こんな泥棒は即刻追放してください」  
   「そうだのう、きついようだが、泥棒は置いておけぬ」
 泣いて詫びる筈の佐貫鷹之助が、にんまりと笑った。
   「お役人さん、廊下で立ち聞きしていないで、入らせて戴きなさいよ」
 鷹之助は、同心の意見を訊いた。
   「これでも、私が犯人だと思いますか」
   「いいや、思わぬ、わしらは、佐貫鷹之助の跡を、ずっと追っていた」
   「そうでしたね」
   「手ぶらで、そっちの男と二人で江藤様のお屋敷に入っていったが、出てきたのは佐貫鷹之助一人で、書物らしい包みを抱えておった」
   「その荷物がこれです」
 鷹之助は、書物の山を指差した。
   「私は、書物を盗んだ人の名は、一言もいっておりませんが、お役人さまは、もう感づいておいででしょう」
 後はどうなるのか、鷹之助は興味なさそうにその場を外した。
 真夜中、新三郎が表の物音に気付いた。
   「鷹之助さん、賊らしいのが表で何やらやっていますぜ」
   「盗人でしょうか、巾着の二百文が盗まれるかも知れませんね」
   「あっしが偵察してきやす」
 新三郎は、素早く出て、直ぐに戻ってきた。
   「鷹塾の周りに、油を撒いていますぜ」
   「油が勿体無いですね」
   「それどころではないでしょう」
   「白蟻退治でしょうか」
   「鷹之助さん、何をとんちんかんな受け答えをしているのですか、寝ぼけていますね」
   「少し」
   「着け火ですよ、鷹之助さんを焼き殺そうとしているのです」
   「それは大変だ」
   「今頃気付いていなさる」
 そっと戸口に近づいてみると、何をしているのか、チッチッチッと音が聞こえる。どうやら、火打石で油に火を着けようとしているが、なかなか火が熾らないらしい。
   「新さん、何かをしたのかい」
   「へい、男の魂を追い出して、その間に火打金(ひうちがね)だけを遠くに投げ捨てておきやした」
   「火打金が無くなっているのに気付いて、落ちていた石で間に合わせているようです」
   「石と石を打ち合わせても、火は熾りません、奴さん、焦っていますぜ」
 硬い石と石を擦り合わせると、微かに火花は散るが、それでは火口(ほぐち=油を染み込ませたモグサ)に火を着けることは出来ない。石と鋼鉄でなければならないのだ。
   「男は、あの江藤俊介とかいうヤツでした」
   「私が江藤に何故恨まれているのでしょう、特に親しくもなかったし、からかった訳でもないのに」
   「鷹之助さんの成績が良すぎるのを妬んでいるのでしょう」
   「それだけで、罪を着せようとし、更に命まで取ろうとするものでしょうか」
   「この度のことで、罰を受けたのでしょう」
 江藤は執拗に火を着けようと、石を打ちつけている。鷹之助はいきなり戸を開いて江藤俊介に笑顔で語りかけた。
   「江藤さん、火打金を貸しましょうか」
   「き、貴様っ」
   「訳を言ってください、私に落度があるなら改めます」
   「うるさい」
   「話し合っても、けりは付きませんか」
   「糞っ、殺してやる」
 懐から短刀を出した。
   「問答無用という訳ですか、江藤さんに私は殺せませんよ」
   「このへなちょこが何を強がりぬかすか」
 星明りに、短刀の抜き身がキラッと光った。
   「私には、天下一の強い味方が付いています」
 江藤俊介は、短刀を両手で持って、鷹之助目掛けて突進しきたかのように思えたが、寸前で気を失い、後ろに倒れ込んだ。
   「新さん、この男をどうしましょうか」
   「ようがす、あっしがこの男の魂に代わって、番屋に自訴しましょう」
   「重い罪になりませんか」
   「付け火も、人殺しも、遂げてはいません、お咎め程度でしょう」
 翌朝、鷹塾に役人が調べに来た。この前に来た同心と目明しだ。
   「なるほど、油を撒いて火を着けようとしたようだ」
   「火打石も、落ちています」
   「佐貫鷹之助さん、あなたは江藤俊介に余ほど恨まれていますね」
   「何も覚えがないのですが、そのようです」
   「今後も執拗に狙われる恐れがあります、被害を訴えてお裁きを受けさせますか」
   「いいえ、同じ塾の仲間ですから、仲間を陥れることは出来ません」
   「もう、仲間ではありませんよ、退塾になったようですから」
 鷹之助は、江藤俊介の屋敷を訪ねてみた。鷹之助も一緒に塾長に謝りに行き、退塾だけは取り消してもらおうと考えたのだ。
   「帰れ! ここはお前のような者がくる処ではない、帰らぬとぶっ殺すぞ」
 鷹之助がやって来た理由を告げたが、聞き入れてはくれなかった。
   「では、何故それほどまで私を憎むようになったか教えてください」
   「自分の胸に聞いてみろ」
   「自分の胸に聞いて分からないから、こうして訊いているのです」
 江藤俊介は、一度奥に引っ込むと、脇差を持って飛び出してきた。
   「手討ちに致す、そこへなおれ」
   「私も武士の倅、手討ちにされる謂われは無い」
 新三郎が俊介の偵察にいった。
   「これ、俊介、父上の脇差で何をする積りですか」
 俊介の母上らしい女が出てきた。その時、俊介が背中から倒れた。
   「貴方は何者ですか 息子に何をしました」
   「何もしません、見ていたでしょう、手も触れていません、私は天満塾の塾生で、佐貫鷹之助と申します」
   「そなたは何の用があって俊介に逢いに来たのですか」
   「俊介さんが退塾にされたそうなので、一緒に塾長に謝りに行こうと誘いに来たのです」
   「そんな話は聞いておりません」
 母親の後ろから、男の声がした。
   「わしは聞いておる、俊介が文庫の書籍を盗んで退塾になったのじゃ」
 新三郎が偵察から戻ってきた。俊介は、勉強が嫌いで塾を辞めたかったが、楽しそうに勉強している鷹之助を嫌って、鷹之助も退塾にさせようとしたらしいのだ。それに失敗すると憎さも更に膨れ上がり、焼き殺そうとしたのだ。
   「そんなことで、私を殺そうとするなんて、もし新さんが居なかったら、私は焼け死んでいたのですね」
 流石の鷹之助も、怒り心頭である。その時、俊介が意識を取り戻した。
   「江藤俊介さん、あなたはご自分が塾をやめるのに、私を道連れにしようとしましたね、それに失敗すると、私の住まいの周りに油を撒いて、私を焼き殺そうとしました」
   「そんな証拠はどこにある」
   「私はあなたが油を撒くところも、火打石をすり合わせるところも見ました」
   「それを訴えて、誰が信じてくれるか」
   「すでに、役人が確認しています」
   「俺は、知らんとつっぱねる」
   「たった今、その脇差で手討ちと称して私を斬ろうとしたのは、何の為ですか」
   「この無礼者、手討ちに致す、そこへ直れというに」
   「私は霊能者です、霊力により何度でもあなたを気絶させることが出来ます」
 気絶させてみろと、両親の前であることを忘れて、脇差を持ち直して鷹之助に突進してきたが、またしても後ろ向きに倒れ、意識を失った。
   「ご両親、ご安心ください、これは霊力によるもので、病ではありません、私が帰ればご子息は意識を取り戻します」
 鷹之助は、自分は決して訴えたりはしない、だが、自分を殺そうとしたことは目の当たりに見た筈だ。
   「私は俊介さんを友達だと思うのを止めて、この人への警戒心は生涯持ち続けます、後はご家族で話し合って対処してください」

  第十六回 怒りの霊力(終) -次回に続く- (原稿用紙18枚)

「佐貫鷹之助リンク」
「第一回 思春期」へ
「第二回 鷹之助の許婚」へ
「第三回 深夜の盗賊」へ
「第四回 矢文」へ
「第五回 鷹之助男難」へ
「第六回 鷹之助女難」へ
「第七回 三吉先生のお給金」へ
「第八回 源太の神様」へ
「第九回 お稲,死出の旅」へ
「第十回 断絶、母と六人の子供」へ
「第十一回 涙の握り飯」へ
「第十二回 弟に逢いたい」へ
「第十三回 お鶴の嫉妬」へ
「第十四回 福の神」へ
「第十五回 沓掛の甚太郎」へ
「第十六回 怒りの霊力」へ
「第十七回 ねずみ小僧さぶ吉」へ
「第十八回 千日墓地の幽霊」へ
「第十九回 嘯く真犯人 ...」へ
「第二十回 公家、桂小路萩麻呂」へ
「第二十一回 人を買う」へ
「第二十二回 天神の森殺人事件」へ
「第二十三回 佐貫、尋常に勝負」へ
「第二十四回 チビ三太一人旅」へ
「第二十五回 チビ三太、明石城へ」へ
「第二十六回 チビ三太、戻り旅」へ
「第二十七回 源太が居ない」へ
「第二十八回 阿片窟の若君」へ
「第二十九回 父、佐貫慶次郎の死」へ
「最終回 チビ三太、江戸へ」へ

次シリーズ「チビ三太、ふざけ旅」へ