雑文の旅

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猫爺の連続小説「佐貫鷹之助」 最終回 チビ三太、江戸へ

2014-05-27 | 長編小説
 ある日、鷹塾に意外な二人の客があった。一人は縞の道中合羽に三度笠、もう一人は商人らしい形(なり)をして、手には天秤棒を携えている。鷹之助は、まだ逢ったことのない男二人であったが、直ぐにそれが誰だと分かった。
   「お初にお目にかかります、わては佐貫三太郎さんの友達で、江戸の雑貨商福島屋亥之吉で、こちらは、わての友人、卯之吉さんです」
   「三太郎の弟、佐貫鷹之助です」
   「わては、上方の診療院で、緒方梅庵先生と、当時は三太さんだしたが、佐貫三太郎先生に命を助けられましたんや」
   「棒術の達人だと、兄から伺っております」
   「達人やなんて、三太郎さんに勝負を挑んで、一度も勝ったことがないのですよ」
   「そうではないでしょう、亥之吉さんとは互角で、勝負がつかないのだと兄は申しておりました」
   「ほな、そうしておきましょう、こちらの卯之吉さんは、博打の達人です」
   「親分、人に紹介するのに、博打の達人はないでしょう」
卯之吉、不満顔。
   「さよか? そやかて、如何様をする訳ではなくて、その鋭い勘で堂々と勝つのですから、これが達人やなくて何です」
   「せめて、義侠心ただ一筋の白無垢任侠人とか」
   「呼び方を飾っても、やくざはやくざでっせ、ええかげんに足を洗って、商人にでもなりなはれ」
   「あっしが前垂れをして、毎度有難う御座いますと腰を屈めても似合いませんぜ」
   「そう言えば、そうでんな、いつもむっつりしておいでやして」
 亥之吉は、余計なことばかり話しているのに気付き、鷹之助に向きを変えた。
   「この度は、お父上さまがお亡くなりになられて、鷹之助さんにはご愁傷なことで御座いました」
 亥之吉にあわせて、卯之吉も頭を下げた。
   「これは遠路態々お越しいただき、丁寧なご挨拶、恐れ入ります」
   「それが、実は態々でもないのです」
   「そうなのですか?」
   「ご存知かと思いますけど、福島屋の本店が道修町(どしょうまち)にありまして、商用も兼ねての旅でおますのや」
   「信州の三太郎さんの処から帰りしな、あっしの故郷、鵜沼にも立ち寄りました」
 卯之吉の兄に、「帰ってくるなら、足を洗って堅気になって帰って来い」と怒鳴られ、追い返されそうになったが、卯之吉は真っ直ぐな義侠心を貫いていると亥之吉から聞いて、兄は心を静めたらしい。
   
   「亥之吉さん、ひとつお願いがあるのですが…」鷹之助が切り出した。
   「どうぞ言ってみておくれやす、わてに出来ることやったら、何でもやらせて貰います」
   「まだ五歳の男の子ですが、亥之吉さんの話をしてやりますと、亥之吉さんのお店に奉公して、棒術の弟子にもなりたいと申しまして…」
   「えーっ、わてが弟子をとるのですか?」
 亥之吉は、こんな事を言われたのは初めてである。ちょっとてれ臭いが乗り気ではある。
   「わかりました、任せてください」
 今日この後、道修町の本店へ行き、女房お絹の親兄弟に会って、暖簾分けの時期にきている番頭で、江戸でお店を持ちたい人が居たら、万事世話をするので任せて欲しいと相談をするつもりだと言う。
   「何なら、明日迎えに来ましょうか?」

 その子の名は三太と言うのだが、三太の兄定吉が奉公先相模屋の番頭に嵌められて無実の罪で処刑になった。相模屋長兵衛は責任を感じて、定吉に代わって弟三太をお店奉公させて慈しんでいる。末は三太に暖簾を分け、兄に代わって立派な商人にさせたいと願っているのだが、当の三太はもっと大きな夢を抱いているらしく、強くなりたいと願っているのだ。
   「勝手なお願いですが、三太を強い男にして相模屋長兵衛さんの元へ返してやって欲しい」
 これから、相模屋長兵衛と三太の親兄弟を説き伏せるので来年になるだろうが、もし両者の承諾を得ることが出来たら、来春にも江戸へ向わせると鷹之助は頭を下げた。
   「わかりました、江戸で待ちましょう、その時は、鷹之助さんが江戸まで送って来なさるのですか?」
   「いいえ、独りで向わせます」
 亥之吉も、卯之吉も驚いた。
   「年が明けてもまだ六歳や、その子供を独りで江戸へ来させるのですか?」
   「はい、三太ちゃんは大丈夫です」
   「そんな無茶な」
   「決して無茶ではありません、現に三太ちゃんは独りで明石へ行って、帰って参りました」
   「播磨の国の明石へ独りで? それにしても江戸は遠過ぎます」
   「大丈夫です、三太ちゃんには、生前、東海道や中仙道を股にかけていた守護霊が憑いています」
   「守護霊ですか? わてはお化けは苦手ですが、守護霊は恐くないのですか? 」
   「はい、三太郎兄上も護っていた最強の守護霊ですよ」
   「へー、それでは三太さんは棒術など習わずとも強いではおまへんか」
   「守護霊は、何時までも護ってくれません」
   「分かりました、三太さんを強くして相模屋長兵衛さんにお返ししましょう」
 亥之吉は帰りかけて、思い出したように鷹之助に言った。
   「鷹之助さん、直接、鷹塾の佐貫鷹之助さんへ手紙が届くように、飛脚屋に頼んでおきますさかい、度々手紙を出させてもらいまっせ」
   「はい、私から亥之吉さんに手紙を出す場合は、どちらへ…」
   「江戸は京橋銀座の福島屋亥之吉で届きます」
   「わかりました、その節はどうぞ宜しくお願い致します」
   「三太郎さんの弟ぎみにお逢いできて嬉しゅう御座いました、どうぞお達者で…」

 亥之吉たちは、福島屋へ向うべく鷹塾を辞した。今夜、福島屋で一泊して、明日からは世話になった京極一家を皮切りに、以前の旅で関わった亀山城などに、ご機嫌伺いがてら訪ねて回るそうだ。

 次に鷹之助がすることは、相模屋長兵衛に逢って承諾をしてもらうことであった。

   「あきまへん、三太は亡き定吉からの大事な預かり者です、それを江戸なんかへ行かせる訳にはいきません」
   「江戸で武道と商いの修行をさせて、その後は相模屋さんにお返しします」
   「商いなら、わてがみっちり教え込みますさかい」
   「三太は、武道の修行もしたいと言っております」
   「商いに、剣は不要です」
   「三太ちゃんは、自分の正義感を貫くための武術を身に付けたいのです」
   「江戸に行けば、それが身に付くとでも言いはりますのか?」
   「はい、江戸に福島屋亥之吉と言う棒術に長けたお人が居ります」
   「福島屋って、あの道修町の福島屋さんと関わりがおますのか?」
   「はい、元はその福島屋の番頭さんで、今は福島屋善兵衛さんのお嬢さんの婿で、江戸の京橋銀座で雑貨商を営んでおられます」
   「何年か経ったら、三太はわてに返してくれますのやな」
   「はい、引き抜きが目的ではありません」
 相模屋長兵衛は、獅子千尋の谷落としの例え話を頭に描いていた。定吉に済まない事をしたと思うが故に、つい三太に甘なってしまうが、これではいけないと常々も思っていたのだ。
   「よく分かりました、三太をお預けしましょう」
   「今直ぐと言う訳には参りません、年が明けて三太ちゃんが六歳になった春に旅立たせましょう、それまで、私も一生懸命に読み書き算盤を教え込みます」
 
 三太の両親は、相模屋長兵衛が良いと言うなら、「私どもに異存はありません」と、言ってくれた。
 

   「ふーん」
 三太のことを鷹之助から聞いても、源太は興無しであった。
   「先生は、わいを江戸へ行かせたいのか?」
   「いいや、もし三太と一緒に行ってやってくれたら、三太は心丈夫だろうなって思っただけだ」
   「わいは、商人は好かん、金儲けのことばかり考えて、貧乏人はゴミみたいに思うている」
   「そんな商人ばかりではないと思うけどねえ」
   「わいは二年後に、先生とお絹ちゃんに付いて信州に行くんや」
   「そうでしたねぇ、三太郎兄上は歓迎してくれるでしょう」
   「未だ、言ってくれてはいないのですか?」
   「はい、時期尚早ですからね」
   「ん?」
   「まだ早いってこと」

 
 月日が経つのは矢の如し。年が明けて、やがて春が来た。三太の旅立ちのときである。三太は六歳になっていた。大事に取って置いた縞の合羽と三度笠が役に立つときがきたのだ。三度笠は田路吉が修理してくれて、合羽の解れはお鶴が縫ってくれた。路銀は鷹之助が出すと言うのを、相模屋長兵衛が「せめても」と、二両分の銀貨を用意してくれた。それ以上持たせても、新三郎がいるから盗られることはないまでも、紛失する恐れはある。
 
   「三太ちゃん、独りで寂しくないのですか?」
 お鶴が心配そうである。
   「わいには、新さんと言う守護霊が憑いているのや、寂しゅうない」
 鷹之助もお鶴を宥めた
   「今まで、私を護ってくれた最強の守護霊です、心配は要りませんよ」
 鷹之助は、新三郎に「新さん、三太を頼みます」と、拝むような気持ちで呼びかけた。新三郎は「あいよ」と、軽く返事を返すと、スーッと三太に移って行った。
 お鶴は、鷹之助と三太の言うことが信じきれずに居た。
   「三太、頑張って来いよ」
   「うん]
 鷹塾の仲間達も、「独りで江戸へ行かせるなんて」と、鷹之助の霊術にかかっているような気分であった。
   「先生、みんなたち、行って来ます」
 三太は振り返り、振り返り、小さな手を大きく振り、肩をそびやかして旅立った。 

   「新さん、今まで有難う、またいつか逢える日がくることを信じています」
 鷹之助が呟いた。朝焼けの千切れ雲が、江戸の方角に流れて行った。

  第三十回 チビ三太、江戸へ(最終回) -次シリーズに続く- (原稿用紙13枚)

「佐貫鷹之助リンク」
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「第二回 鷹之助の許婚」へ
「第三回 深夜の盗賊」へ
「第四回 矢文」へ
「第五回 鷹之助男難」へ
「第六回 鷹之助女難」へ
「第七回 三吉先生のお給金」へ
「第八回 源太の神様」へ
「第九回 お稲,死出の旅」へ
「第十回 断絶、母と六人の子供」へ
「第十一回 涙の握り飯」へ
「第十二回 弟に逢いたい」へ
「第十三回 お鶴の嫉妬」へ
「第十四回 福の神」へ
「第十五回 沓掛の甚太郎」へ
「第十六回 怒りの霊力」へ
「第十七回 ねずみ小僧さぶ吉」へ
「第十八回 千日墓地の幽霊」へ
「第十九回 嘯く真犯人 ...」へ
「第二十回 公家、桂小路萩麻呂」へ
「第二十一回 人を買う」へ
「第二十二回 天神の森殺人事件」へ
「第二十三回 佐貫、尋常に勝負」へ
「第二十四回 チビ三太一人旅」へ
「第二十五回 チビ三太、明石城へ」へ
「第二十六回 チビ三太、戻り旅」へ
「第二十七回 源太が居ない」へ
「第二十八回 阿片窟の若君」へ
「第二十九回 父、佐貫慶次郎の死」へ
「最終回 チビ三太、江戸へ」へ

次シリーズ「チビ三太、ふざけ旅」へ


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