雑文の旅

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猫爺の連続小説「佐貫鷹之助」 第二十七回 源太が居ない

2014-05-16 | 長編小説
 その日、鷹塾の年少組みの勉強が始まっても、源太が来なかった。年長の時間になり、源太の兄、三吉が来たので尋ねると、母親の手内職で、鳴海屋から頼まれた着物を届けに行き、昼になっても帰らなかったと言う。てっきり鷹塾に来ているものと思い、三吉は大きな握り飯を一個、竹の皮に包んで源太に持って来ていた。
   「どこかで鳴海屋の末ぼんと遊び呆けているのやと思います」
 鷹之助は心配になってきた。
   「まさか、拐かされたのではないでしょうね」
   「源太は、継ぎ接ぎだらけの粗末な着物を着ているよって、拐かされないと思います」
   「身代金目当ての拐かしとは限りませんよ」
   「売り飛ばされるのですか?」
   「もう、六歳にもなっているので、それも考え難いです、逃げて番所に飛び込むでしょうから」

 鷹塾年長組の勉強は中止して、三吉は家に知らせに走り、鷹之助と他の者は鳴海屋の近所を探すことにした。鳴海屋の末ぼん堅太郎に尋ねると、昼近くまで裏の空き地で一緒に遊んでいたが、塾があるからと、走って帰っていったということだった。
 鷹之助は、もしや堅太郎と間違われて拐かされたのかも知れないと考えたが、堅太郎は金持ちの家の子供らしくて、身形はきちんとしている。誰が見ても堅太郎と間違われる虞(おそれ)はないと思われる。
 凡そ、源太が堅太郎と別れた時刻に、この道を荷車が通り過ぎたと証言した者が居た。荷は柳行李で、筵が掛けられていたそうである。
 鷹之助は、これだと思った。源太は柳行李の中に入れられていたのであろう。源太は何処にでも居そうな子供である。何故、源太が連れ去られたのであろう。源太でなければならない理由があったに違いない。そうとすれば、「身代わり」だ。源太は何処か大名の若君に似ていたのに違いない。

 鷹之助は、与力袴田三十郎に相談をするために東町奉行所を訪れた。教え子の源太が何者かに連れ去られたことを話し、子供が殺害された事件は無かったか調べて貰ったが、そのような届出は無かった。だが、同心の一人が妙なことを言った。大和路を外れた山中で、密偵と思しき男の惨殺死体が猟師によって発見された。密偵と判断されたのは、着ている着物の襟に、毒物が仕込んであったことだ。これは、敵に拉致された時に、襟を噛むことで自害できるように仕組んだものである。
 それと、男の懐に、子供の似顔絵が入っていた。恐らく、何事かを探っている最中に正体がばれて、自害する間もなく惨殺されたのであろう。男の手には、吾亦紅(われもこう)の草葉がきつく握られていた。
   「吾亦紅の根は傷薬になりますが、葉も何かの薬になるのでしょう」
 同心は、「薬」と捉えたようであるが、鷹之助には、そこに何か暗示があるように思えた。
   「男が倒れた場所に、吾亦紅か生えていたのでしょうか?」
   「いいえ、検死をした役人は、無かったと言っているようです」

 吾亦紅が示すものと言えば何だろう。鷹之助は、思い出したことがある。塾友が藩主から賜ったと言う黒漆の印籠を見せびらかされたことがある。印籠には吾亦紅雀(われもこうすずめ)の家紋が入っていた。塾友は、大和の国は柳生藩士の子息である。

 殺された密偵と思しき男は、二番手、三番手として放たれる仲間に、仲間の密偵が殺されたことを知らせる「取決ごと」であったのかも知れない。

 鷹之助は、大和の国柳生藩まで足を延ばす決意をした。儒学塾に届けを出し、鷹塾は源太の兄に任せ、源太を探す旅に出た。

 柳生城には、知り合いが皆無である。新三郎は門番から開始して、徐々に奥向きに勤める家来にと移り、情報を集めて来た。

 藩主の正室には子がなく、二人の側室にそれぞれ一人ずつ男児が居た。一人は由緒正しい伊勢藩の家老の娘で、源太と同じく六歳の次男雪千代、もう一人の側室は町家の大富豪の娘で、十一歳の長男俊臣が居る。柳生藩は嫡男を巡って、由緒派と、長男派とに真っ二つに分かれて論争していた。論争が、血生臭いお家騒動に発展してしまったのであろう。
   「源太は居ましたか?」
   「どうやら、由緒派の家来の屋敷に監禁されているようです」
   「やはり、拐かしたのは柳生藩士だったのですね」
   「へい、源太は六歳の雪千代君の影にされるようです」
   「可哀想に、今頃不安で震えているでしょう」
   「ところが、そうでもないようですぜ」
   「源太は平気なのですか?」
   「美味しいものどっさり食べさせてもらって、上機嫌らしいです」
   「そうか、影に仕立てたときに、騒がないように手懐けているのでしょう」
   「その時が、明日のようです」
 雪千代は、明朝柳生城を出て、伊勢神宮に参り、伊勢藩の家老である祖父と祖母に逢うのが年行事であった。「今年は中止しては」との声もあったが、本人の意向もあり強いて決行することにしていた。
 朝、大名駕籠とお付きの侍たちが城を出た。この時点で新三郎は雪千代に憑いた。必ず何処かで源太と入れ替わる筈だと踏んだからである。城下町外れの細い道で、町駕籠と鉢合わせをした。駕籠を下ろして土下座をして、大名駕籠を遣り過ごそうとしている駕籠舁を、家来の一人が「邪魔だ」と、叱りつけ、駕籠舁の胸倉を掴まえて殴りかかった。その時、駕籠の中から雪千代の声がした。
   「何をしておる、町駕籠など捨て置き、早く駕籠を出さぬか」
 家来は、雪千代に謝り、何事も無かったように出発した。大名駕籠が通り過ぎると、町駕籠は、「これで良かったのかな…」と、呟きながら城下町の方向に走り去った。

 あの騒ぎの折に、町駕籠に居た源太と、大名駕籠の雪千代が入れ替わったのであった。新三郎もまた、雪千代から源太に移っていた。
   「源太、声を出してはいけないよ、私は鷹之助だ」
 源太は、こっくりと頷いた。
   「もう安心していいよ、先生が助け出すからね」
 源太は、「助け出す」の意味が分からなかった。この仕事が済んだら、お金を十両貰って家に帰れると諭されていたからだ。
   「源太、仕事が済んだら殺されるのだ」
 源太は「あっ」と、声を出しかかったが、鷹之助の言葉を思い出して言葉を飲み込んだ。
   「源太、声を出さずとも、言いたいことを思うだけで、先生に伝わるよ」
   「うん」
   「この先の洞穴の前で、駕籠を担いでいる前の男が止まって座り込み、続いて後ろの男も座り込む、その間に洞穴の中に逃げ込むのだ、洞穴の中には私が待っている」
   「うん、わかった」

 源太は、鷹之助の指図通り、素早く駕籠から抜けると、洞穴の中へ走りこみ、鷹之助の元に来た。
   「先生、わい殺されるところやっのか?」
   「このまま、駕籠の中に居ても殺されるし、例え無事に仕事が済んでも殺されるでしょう」
   「十両くれると言うのも嘘か?」
   「どうせ生かして帰す気は無いのだから嘘だよ」
   「ちぇっ、親孝行出来ると思ったのに…」
   「そうか、では掛け合って、貰ってやろうな」
   「うん」

 突然、洞穴の外が騒がしくなった。洞穴の前を通り過ぎた直後、駕籠が襲われたようだ。
   「若君、お命頂戴仕る!」
 駕籠を襲撃した賊の斑声(むらごえ)と、鎬(しのぎ)を削る音が響く。
   「若君が居ない、駕籠は蛻(もぬけ)の空だ!」
 通り過ぎた洞穴を見て、襲撃者の一人が駆けて来る。その前に、護衛の家来が立ちはだかる。
   「退け!」
   「いや、退かぬ!」
 家来に斬りかかる賊。身をかわす家来。家来の身のこなしが武士のそれではない。鷹之助は、あれは新三郎だと直感した。賊が、一人、二人と洞穴に向ってきたので、新三郎は賊が剣を握る上腕を狙って浅く斬りつけた。斬られた賊は、剣を握り続けることが出来ずに、その場に落とす者も、逆の手に持ち換える者も、痛みに耐えかねて戦意を喪失してその場にへたり込んだ。
   「おのれ、若君の命を狙う大罪人ども、とどめを刺してやる」
 別の家来が、腕を斬られて蹲(うずくま)る男達の喉を掻き切ろうと刃を当てたが、新三郎が止めた。
   「待たれい、こやつ等も同じ柳生藩士ではないか、せめて殿の裁きを受けさせてやろうではないか」
   「何を悠長な、こやつ等は、雪千代君の命を狙ったのでござるぞ」
   「其処許(そこもと)らも、俊臣さまのお命を狙う企みは練っているではないか」
   「貴様は、雪千代君の擁立派ではないのか?」
   「拙者は、何派でも御座らぬ、柳生の殿に仕える藩士で御座る」
   「貴様、我等を誑(たぶら)かしおったな」
   「誑かしてはおらぬ、柳生藩士として、若君をお護りしたまでのこと」
   「敵の間諜であったか」
   「間諜ではない、同じ藩の禄を食む同士で御座る」 
 格好よく、中立の弁を振るっているのは、新三郎である。そろそろ魂を戻してやらねばならないので、騎馬の与力を城まで走らせ、空(から)の駕籠は伊勢神宮に向わせた。恐らく、乗馬の名手が、雪千代を乗せて、既に伊勢神宮に向っている筈である。

 
 その夜、柳生藩主、柳生備前守長矩公は夢を見た。
   「私は、信濃の国上田藩、佐貫鷹之助の守護霊で御座います、今、柳生長矩さまのご家来衆が、若君俊臣様擁立派と雪千代様擁立派に分かれて、跡目相続争いのお家騒動が起きているのをご存知で御座いすか」
 現に、ご家来一人の命が絶たれ。町人の子供に、十両を与えると騙し、雪千代の身代わりに立て、殺されそうになった。それもこれも、藩主たる長矩公の無関心が引き起こした騒動ではないのか。
   「もし、長矩様に訴えても埒が明かぬ折は、私は江戸へ飛び、将軍様の夢枕に立ち、訴えて参ります」

 はっきり言って、脅迫である。柳生家は、将軍家の剣術指南役として代々引き継がれた大名家である。お家騒動は、お家取り潰しにはならないまでも、著しい恥辱である。

 藩主長矩は、夢見のことは口にせず、自らの意思を家来に示し、長男俊臣を嫡男と決め、お家騒動は収まった。

 やがて三年の国許滞在期間を終え、江戸へ戻って行く長矩であったが、剣道指南の為に俊臣も同行させることになった。自らが嫡男の剣道指南をする為である。

   「先生、お殿様は十両くれましたねえ」
   「でも、渋ちんです、命がけだったのに、約束通りの十両ぽっきりでした」
   「先生、半分こしょうか」
   「いいよ、おっ母さんに持って帰りなさい」
   「うん、わかった」
 快晴の大和路は、二人の足取りを軽くさせた。
 
  第二十七回 源太が居ない(終) -次回に続く-  (原稿用紙14枚)

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