雑文の旅

猫爺の長編小説、短編小説、掌編小説、随筆、日記の投稿用ブログ

猫爺の連続小説「佐貫鷹之助」 第二十五回 チビ三太、明石城へ

2014-05-07 | 長編小説
 明日は旅に出ると思うと、三太は不安と期待が入り混じり、眠りに就けなかった。漸く微睡んだ頃に、頭の中で呼びかけられて起こされた。
   「三太、私は鷹之助の守護霊です」
 三太は怖くなって、思わず布団の中に潜り込んだ。
   「怖くない、私は三太の友達だよ」
 布団から、ソーッと顔を出してみたが、窓からの星明りでは、何も見えなかった。
   「眠たかろうに、許してくれ」
 三太は勇気を振り絞って、大きな声で「うん」と答えた。
   「三太、あっしと話をするときは、声を出さずに思うだけで私に伝わるのだよ」
 今度は、声を出さずに頷いた。
   「そうそう、それでいいのだ」
 守護霊は、三太の目が冴えてきたので、「少し話をしよう」と、話を繋いだ。
   「三太のお兄ちゃん、定吉さんの霊と逢ったよ」
   「兄ちゃんは、どこに居る?」
   「今はもう極楽浄土へ着くころだろう」
   「兄ちゃんは、無実なのに処刑されて、悔しがっているだろ」
   「いいや、兄ちゃんは仏様になったのだ、もう恨みも悲しみも無くなったのだよ」
   「家族のことを心配していないのですか?」
   「もう、心配はしていない、ただ見守っているだけだ」
 鷹之助の守護霊とは、新三郎である。明日は、このチビ三太と供に旅立つ。少し打ち解けさせておいた方がよかろうと、新三郎は鷹之助に頼んでやってきたのだ。
   「明日から宜しくな」
 チビ三太は「うん」と頷き、睡魔に襲われて深い眠りに就いた。
 
 チビ三太に憑いて明石城まで行き、明石藩主の松平越前守斉久に事の次第を知らしめて、日揮家、讃岐家の再興を許可させるのが旅の目的である。
  「鷹之助さん、あっしはこのまま三太に憑いていきます、どうぞお気をつけなすって」
  「三太ちゃんを護ってやってください、三太は不安で小さな胸が張り裂けそうなのでしょう」
  「鷹之助さん、三太を甘く見てはいけませんぜ、嬉しくて目を輝かせていますぜ」

 
 一文銭を沢山持たせると重いので百文だけにして、一分を八朱に変えて持たせた。新三郎が憑いているので、盗人に盗られる心配はないが、落とす恐れがあるので巾着を体に巻きつけてやった。
 衣装は古着屋で芝居の子役が着るような手甲脚絆、縞の道中合羽に三度笠が有ったので買って着けてやると、三太は大喜びだった。

 姉弟は文無しであったので、鷹之助は金貨二両を持たせてやった。「必ずお返しに参ります」と言う峻に、鷹之助は顔の前で手を横に振り、「困ったときはお互い様」と、アホの一つ覚えのように呟いた。

 日揮の姉弟には、三太が着いて行く理由を話して、了解をしたようであったが、どこかで疑っているようである。姉弟それぞれに新三郎が憑き、話しかけて貰った。
   「霊って、本当に存在するのですね」
 ようやく、姉弟は鷹之助の言葉の一つ一つを理解したようであった。

   「三太ちゃん、頼んだよ」
 チビ三太は振り返り振り返り手を振って、章太郎に手を繋いでもらい旅立った。

 大坂を出て、半刻(一時間)も歩いただろうか、峻が辛そうに木の陰に座り込んだ。
   「病み上がりなのだから無理はないなあ」
 暫く休んでいたが、落ち着きそうにもないので、章太郎は辻駕籠を探しに立った。
   「章太郎、止めなさい、ここらは雲助が多いので、持ち金を全部とられてしまいますよ」
 ここぞとばかり、チビ三太がしゃしゃり出た。
   「大丈夫や、わいがそんなことさせへん」

 暫く経って、章太郎が駕籠を連れて戻って来た。交渉は三太が行った。
   「なあ、駕籠舁(かごかき)のおっさん、神戸の生田神社までやけど、一朱(二百五十文)出すから行ってくれるか?」
   「アホか、一朱でそんな遠くまで行けるかいな」
   「ほな、どこまでや?」
   「武庫川ぐらいまでやな」
   「そうか、武庫川の渡しまでで一朱か」
   「そうや、それ以上は行けないで」
   「ほんなら、武庫川の渡しまで二百文にまけてくれるか」
   「なんや、このぼうず、距離と銭できよった」
   「そやかて、おっさんも、なんやかやと追加料取るのやろ」
   「取らへん、一朱で武庫川の渡しまでや」
   「しゃあないなあ、ほな、手打つわ」

 途中で、駕籠舁の一人が「ちょっと遠回りさせてや」と、脇道に逸れようとした。
   「何の為の遠回りや」
 三太が怪訝に思い、駕籠舁に問うた。
   「ちょっと、小便(しょんべん)するんや」
   「そんなもん、そこらでせんかいな」
   「ちょっと森の中に入るだけや」
   「ほな、駕籠ここへ置いて行かんかいな、わいら待っとくわ」
   「あかん、あかん、駕籠を盗まれたら元締めに弁償せんとあかん」
 どうも怪しい、付いている男二人が子供だと思って、森の中に連れ込んで金を巻き上げるか、峻に悪さをするに違いないと三太は思った。
   「新さん、そやろ」
   「そうらしいです」
   「駕籠舁の言うままになりましょうか」
   「そうしなさい」
 三太は、何も知らない振りをして、駕籠舁に従うことにした。
   「ほな、しゃあない、遠回りして、しょんべんして行こ、わいもするわ」
 駕籠舁は、森の奥に入って行くと、駕籠を下ろした。
   「おっさん達、ここでお姉ちゃんとええことしてから行くわ、お前らはちょっと眠っていてか」
 駕籠舁の一人が、いきなり三太に当て身を喰らわそうとした。
   「おっさん、わいらを子供や思うて舐めたらあかんで」
 三太が駕籠舁の一人に、小さい拳固で下腹を突いた。突かれた男は「わっ」と叫んで尻餅をついた。
   「何や、こんなチビに倒されよって、わいの相棒はこんな柔い男やったのか」
 ぼやきながら、相棒は三太の首根っこを掴まえようとしたが、今度は突き飛ばされてすっ飛び、倒れて目を回した。暫くすると目を回した男が正気に戻ったので、三太が横腹を蹴飛ばして言った。
   「こら、おっさん、こんなところで寝とらんと、早いことしょんべんをして武庫川まで行けや」
 駕籠舁は起き上がると、元来た道を引返しながら、ぶつぶつと話し合っていた。
   「このガキ、化け物やで」
   「わいら、えらいヤツに引っ掛かってしもたなあ」

 駕籠は、武庫川の手前に着いた。駕籠を地面に下ろすと、「すんまへん」と、小さく屈みながら、駕籠賃を要求した。
   「こら、おっさん、誰が武庫川の手前までやと言うた、向こう岸まで行かんかい」
   「そやかて、この橋の幅は狭くて、揺れるさかいに駕籠ごと川に落ちるかも知れん」
   「ほな、しゃあない、歩いて渡るわ、その代わり、駕籠賃百文やで」
   「このガキ怖いわ」
   「相棒、逆らったら、呪い殺されまっせ」
   「そやなあ、坊やちゃん百文でええから、祟らんといてや」
   「祟る? わいを何やと思うているのや」
   「怨霊やろ」 
   「アホ、怨霊が真っ昼間に出てきて、駕籠賃値切るのか」
   「何や知らんけど、わいら逃げるわ、着いて来んといてや」
 戻り駕籠は、何としても客を拾わないと、元締めにどやされるなあとぼやき乍ら、駕籠舁は駆け戻って行った。

   「あのおっさんたち、雲助かと思ったけど、案外ええ人やったなあ、百五十文も負けてくれた」

 峻は「なにかありましたか?」と、きょとんとしていた。章太郎が「あの駕籠、雲助でした」と説明しても、「三太さんがやっつけた」と話しても、ピンと来ない様子であった。
 武庫川の細い架け橋を歩いて渡ると西宮である。少し早いが峻の身を気遣って旅籠(はたご)をとった。
   「わい男やから、別の部屋をとってか」
 三太が旅籠の女中に話していると、峻が遮った。
   「そんな、勿体無いでしょうが、部屋は一つで床は二つとってくださいな」
   「なんや、わいは男扱いされへんのかいな」   
   「私が抱いて寝かしつけてあげます」
   「わあ、すけべ」
   「どっちがですか」

 翌日は、峻もすっかり良くなったので、早朝からいっきに歩いて夕方に明石に着いた。姉弟の屋敷は明石城から数町先の海が見える小高い丘の上にあった。姉弟の母上と使用人が迎えてくれた。
   「まあ、可愛いお客様!」
   「あのなー」
 三太は不機嫌になった。母は娘たちを掴まえて、仇討ちの首尾を尋ねていたが、事情を聞いてがっかりしたようであった。
   「お家再興は、無理かも知れませんね」と、母親はしょげたが、
   「その為に、三太さんが来てくれたのですよ」峻が言った。
   「えっ、嘘」
 母は、狐に摘まれたように、目を見開いて呆然とした」
   「わい、小さいから呆れるのは無理ないけど、わいが殿さんと掛合うのと違いまっせ」
 三太に憑いて来た守護霊が、殿を動かすのだと三太が説明したら、更に唖然として傍(かたわら)にへたり込んでしまった。

 その夕、三太は章太郎に明石城を案内して貰った。城の中へは入れなかったが、今夜、新三郎が忍び込む準備は出来たようである。

 深夜、明石城主、松平斉久の耳元に、亡き日揮総章の声が聞こえた。
   「殿、拙者で御座います、日揮総章で御座います。殿に願いたき事があり申して、今生へ戻って参りました」
 斉久は、目を覚ましたが、金縛りに遭い、身動きが出来なかった。
   「拙者は死んでも、殿に忠誠を尽くす忠臣で御座います、決して危害など加えませんのでご安心を…」
 斉久は、魔物ではないことを認識して、日揮の言葉に耳を貸すことにした。
   「それで願いたいこととは?」
   「はい、讃岐高之助の儀で御座います」
   「さぞかし、恨んでおろう」
   「いいえ、恨みなど微塵も御座いません、讃岐とは互いに斬る意思もなく剣を抜きましたが、拙者が讃岐の剣を交し損ねて、自ら讃岐の剣を身で受けてしまったのでございます」
   「しかし、讃岐はとどめを刺したであろうが」
   「あれは、拙者が苦しさ故に讃岐にとどめを刺してくれと頼んだもので御座います」
   「そうであったか」
   「どうか、倅たちに与えてくださいました仇討免状を撤回して、讃岐を呼び戻してくださいますように、切に、切に、お願い申しあげます」
   「そうか、よく戻って来てくれた、訳はよく分かった、そちが申すように讃岐は呼び戻して、日揮の家も章太郎に跡目を継がせよう、日揮、安心して成仏するが良いぞ」
   「有り難き仕合せにございます」
   「うむ」

 夢であれば、時には思い出せないこともあるのだが、斉久は、深夜の出来事をはっきりと覚えていた。やはり日揮の霊が現れたのだと思った。その日、日揮章太郎と、姉、峻が「藩侯の目通り」を許されて、殿の御前に罷り越した。
   「章太郎と峻か、仇討ちの旅、苦労であった」
   「お殿様に申し上げます」
   「章太郎、言わずとも良い、昨夜、日揮総章が余の枕元に現れて、事の次第を話てくれた」
 章太郎は「これだったのだ」気付いた。鷹之助の守護霊が、日揮の霊を呼び出したのであろう。
   「私も、父上の霊に、もう一度逢いとう御座いました」
   「日揮は、事は自分の過ちで成したことと、仇討ち免状を撤回して、讃岐を呼び戻して欲しいと言って消えたのじゃ」
   「讃岐のおじさんは、私達に仇討させようと身を呈しましたが、父の霊が止めました」
   「そうか、日揮は余程親友の讃岐の身が心配で、成仏できなかったのであろう」
   「讃岐のおじさんを、お戻し願えるのでしょうか?」
   「勿論じゃ、日揮の家も、章太郎が跡目を相続するがよい」
   「有難うございます」

 三太と、姉弟の母上は、二人の帰りを待っていたが、殿の言葉を聞き安心した。

   「それでは、わいの任務はこれで終わりましたので、すぐに引き返します」
 三太が帰ろうとしたので、章太郎が引き止めた。
   「もう一日、わが屋敷でごゆっくりなさってくれませんか?」
 明日は、章太郎が浪花まで送って行くというのを断って、三太はすぐに帰路に就いた。新三郎と一緒なので不安はないし、金はあるし、おもいっきり遊びながら帰りたいのだ。

 三太は、回し合羽の練習をしている。どうも芝居で見たように格好良くいかない。腰に差した木刀がだらしなく垂直なのも気に要らない。着物の紐を締めなおして、ほんの少し斜めに差して悦に入る三太であった。
   「おひけえなすって」
 中腰になって、右手を差し出したが、なんだか蛙が物乞いをしているように思えた。
   「新さんは、元渡世人やろ、格好を教えてくださいよ」
   「そんなの覚えなくても、三太は可愛いよ」
   「可愛いじゃあかんのや、格好よくないと…」

 遊びながら歩いていると、後ろから男がつけてくるのを新三郎が気付いた。
   「三太、振り向いてはいけないよ、男が跡をつけてくる」
 人影のないところに差し掛かると、いきなり走って近付いてきた。   
   「坊や、一人かい」
   「うん、一人や」
   「何処まで行くのや?」
   「大坂(今の大阪)までや」
   「これは驚いた、お金は持っているのかい?」
   「路銀か? そら持っているわ」
   「幾らほどもっている?」
   「そんなこと、言えるかいな」
   「旅籠賃、足りるのか?」
   「足りて、余る位持っている」
   「おっちゃんが数えてあげる、出してみなさい」
   「いらん、おっさん盗人やな、子供や思って甘く見たら痛い目に遭うで」
   「この糞ガキ!」
 男は、いきなり豹変した。

  第二十五回 チビ三太、明石城へ(終) -次回に続く-  (原稿用紙19枚)

「佐貫鷹之助リンク」
「第一回 思春期」へ
「第二回 鷹之助の許婚」へ
「第三回 深夜の盗賊」へ
「第四回 矢文」へ
「第五回 鷹之助男難」へ
「第六回 鷹之助女難」へ
「第七回 三吉先生のお給金」へ
「第八回 源太の神様」へ
「第九回 お稲,死出の旅」へ
「第十回 断絶、母と六人の子供」へ
「第十一回 涙の握り飯」へ
「第十二回 弟に逢いたい」へ
「第十三回 お鶴の嫉妬」へ
「第十四回 福の神」へ
「第十五回 沓掛の甚太郎」へ
「第十六回 怒りの霊力」へ
「第十七回 ねずみ小僧さぶ吉」へ
「第十八回 千日墓地の幽霊」へ
「第十九回 嘯く真犯人 ...」へ
「第二十回 公家、桂小路萩麻呂」へ
「第二十一回 人を買う」へ
「第二十二回 天神の森殺人事件」へ
「第二十三回 佐貫、尋常に勝負」へ
「第二十四回 チビ三太一人旅」へ
「第二十五回 チビ三太、明石城へ」へ
「第二十六回 チビ三太、戻り旅」へ
「第二十七回 源太が居ない」へ
「第二十八回 阿片窟の若君」へ
「第二十九回 父、佐貫慶次郎の死」へ
「最終回 チビ三太、江戸へ」へ

次シリーズ「チビ三太、ふざけ旅」へ



最新の画像もっと見る