雑文の旅

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猫爺の連続小説「佐貫鷹之助」 第三回 深夜の盗賊

2014-03-07 | 長編小説
   「先生、大変、大変、鷹之助先生が大変です」
   「お鶴ちゃん、私が大変なのですか」
   「はい」
   「どうして」
 話はこうである。駄菓子屋のお喋り好き婆さんが、失くした鼈甲の櫛を心霊占いで即座に見つけたこと。その前には、幼い女の子が拐かされ、役人が探せなかったのを心霊占いで見つけ、お陰で子供の命が助かったことなど、若いがとても偉い先生だと噂を広めたらしい。

 おまけに、その占い賃が飴玉五つだと聞いた町の人々が、「わたいも」「うちも」「わいも」と、婆さんの店に押しかけてきて、飴玉が飛ぶように売れているのだという。人々はその占い師が鷹塾の先生だと分かると、今度はこちらに押しかけてきて、勉強どころではなくなると、お鶴のご忠信となった訳だ。
   「先生、早く逃げてください」
   「もう、手遅れみたいですよ、皆さんの声が聞こえてきます」
   「では、押入れに隠れてください」
   「そんなことをしても、居座られたら出て来ざるを得なくなります」
   「どうしましょ」
   「ちゃんと向き合って、話し合いましょう」
 老若男女、ざっと二十人ばかり鷹塾にやってきた。
   「先生、うちで飼っていた猫が、ぷいっと出て行って帰ってきません」
   「先生、うちのお腹の子、男か女か占っておくなはれ」
   「先生、飴玉五個買ってきました、去年亡くなったおかんに逢わせておくなはれ」
   「先生、わいが天井裏に隠しといた一両が無くなりました」
 各自、自分が先に占って貰いたくて、てんでばらばらに喋ってくる。鷹之助が静めようとしても、みんながみんな、鷹之助が自分のいうことしか聞いていないと思っているらしい。
   「みなさん、私の言うことも聞いてください」
 何度か両手を挙げて静まるように合図をして、ようやく静かになった。
   「私は、占い師でも何でもありません」
   「何や、インチキか」人々の間で、コソッと囁くのが聞こえた。
 鷹之助は、声変わりしたての掠れ声で叫んだ。
   「私が占い師だの、霊能者だのと名乗ったのではありません」
   「あのおばんが、飴玉を売るために嘘ついたのと違うか」囁きあっている。
   「お婆さんの櫛と、拐かされた子供を見つけたのは、私の勘がたまたま当たっただけなのです」
   「何や、そうなのかい」
   「あほらし、帰ろか」
   「ちょっと待ってください、人命に関わることでみえた方は、私の勘で良ければ、解決のお手伝いをしますので、どうぞ残ってください」
 男が一人だけ残って、後はザワザワ雑談をしながら帰っていった。
   「先生、わいの女房が、銭湯へ行くと言い残して出て行ったきり帰ってきませ んのや」
   「お名前は」
   「太郎吉でおます」
   「太郎吉さん、奥さんと喧嘩をしましたか」
   「へえ、ちょっとだけ」
   「奥さんを殴りましたね」
   「へえ、ちょっとだけ」
   「私の目を見てください」
   「へい」
 太郎吉は、正座の姿勢のまま「くてん」と、横に倒れた。
   「鷹之助さん、コイツ酒癖が悪くて、酔ったら女房を殴るの、蹴るのと暴力を加えていたようです、それに奥さんの行方が駆け込み寺だと知っていますぜ」
   「新さん、この人の奥さんは、逃げたのですね」
   「はい」
   「ありがとう」
 男の意識が戻り、キョロキョロと、壁や天井を見まわしている。
   「太郎吉さん、あなたは酒に酔って奥さんに暴力をふるいましたね」
   「よく覚えていないのです」
   「奥さんは、痣や傷だらけですよ」
   「へえ、面目ない」
   「それに太郎吉さん、あなたは奥さんの行った先を知っているではありませんか」
   「はい、まあ」
   「奥さんは、もう太郎吉さんの元へは戻りません」
   「どうしてですか」
   「奥さんは、既に髪をおろして沙弥尼(しゃみに)におなりです」
   「わいは、あの女が居ないと、何も出来しませんのや」
   「もう奥さんは還俗(げんぞく)される意思はないようです」
   「酒は止めます、どうか女房をわいのところに戻るように、女房の魂に呼びかけておくなはれ」
   「先程も言ったように、私は霊能者ではありません、諦めて帰ってください」
   「そこを何とか」
   「太郎吉さん、あなたの意思は軟弱です、酒も、暴力も、止めることは出来ないでしょう」
   「そんなことはありまへん、多分…」
 太郎吉は、項垂れて帰っていった。鷹之助は「可哀想だ」と思ったが、奥さんが尼になる決心をする程苦しめたのだろう。そんな太郎吉が許せなかった。さいわいこの夫婦には、まだ子供が居なかったが、それも鷹之助が太郎吉を突っ撥ねる決心をさせた。

 今日も鷹塾から子供の元気な声が聞こえる。
   「子、のたまわく、学びて時にこれを習う、またた説(よろこ)ばしからずや」
 鷹之助の朗読に続いて、可愛い子供の唱和が聞こえる。
   「以前に勉強したことでも、もう一度勉強すると、新しい発見もあって良い事ですと、孔子は仰っています」
   「はいっ、先生、し、のたまわくって何ですか」
   「子とは、師匠、すなわち先生のことで、孔先生のことです、孔子のことを孔子先生とお呼びすると、先生が重なることになりますので注意しましょう」
   「では、孔子様とお呼びすると、孔先生様ですね」
   「そうです、こう言うのを、馬鹿丁寧といいます」
 塾生は、どっと笑った。
   「孔子のお名前は、孔丘(こうきゅう)と申されます」
   「様を付けたいなら、孔丘さまとお呼びすると良いですね、先生」
   「はいそうです、次に「のたまわく」ですが、これは、先生が仰(おっしゃ)いましたと言う意味で、『いわく』とも読みますが、こちらは『先生が言った』となって、尊敬語ではありません、私は孔子を尊敬していますので、鷹塾では『のたまわく』と、お読みします」
   「朋(とも)あり、遠方より来たる、また楽しからずや」
 子供達の元気な声は、辺り近所にも飛んでゆく。
   「遠くに行っていた友達が居て、ひょっこり逢いに来てくれたりすると、とても楽しいことですと、孔子が仰っています」
   「先生、わいの友達の房吉が年季奉公で近江の国のお店へ行きました、わいに逢いに来てくれたら嬉しいです」
   「本当ですね、年季が明けたら、立派な商人になって逢いにきてくれますよ」
 鷹之助は続ける。
   「子曰く、過ちを改めざるは、これを過ちという」
   「し、のたまわく…」
 大きな声が出せなかった子供も、皆につられて声を張り上げている。
   「間違いは誰にも有ることです、その間違いを改めようとしないことこそ過ちなのです」
 塾が終わったあと、お鶴が独りで後片付けをしている。
   「お鶴ちゃん、わるいね」
   「みんな『し、のたまわく』と言いながら、掃除もしないで帰ってしまったのですよ」
   「お鶴ちゃんも、早く帰らないと、お母さんが心配しますよ」
   「ええのです、先生、うちお湯を沸かして、お茶いれてあげます」
   「では、お茶をいただいたらお家まで送ってあげましょう」
   「へえ、おおきに、そやけど近いから、独りで帰ります」
   「いいえ、拐かされたらどうします」
   「先生に、助けに来てもらいます」

 お鶴は長兄が煮た塩昆布を、貰ってきてくれた。お粥に乗せて食べると、他に御菜(おかず)は何も要らない。その一部をお茶うけにして、お鶴と二人して憩いの時を楽しんだ。お年寄りの「お茶飲み友達」のように。

 お鶴を送って店までくると、長兄の昆吉が店番をしていた。
   「どうでした、わいが煮た塩昆布、食べてくれはりましたか 美味しかったですやろ」
   「はい、とても柔らかで、昆布の旨みを損なわず、甘からくで美味しかったです」
   「わいも、一人前の職人になりました」
 父親の千兵衛が顔を出した。
   「あほ、何が一人前や、わしの塩梅(あんばい)やないか」
   「あ、聞こえていたか」昆吉、ペロリと舌をだす。
   「鷹之助はん、夕食食べていきなはれ」千兵衛が気を利かせた。
   「いえ、お鶴ちゃんがお湯を沸かしてくれたので、あとはお粥を煮るだけになっています」
   「さよか、お鶴、もう女房気取りや」
   「ふふふ」お鶴の含み笑い。

 その夜、鷹之助が寝入って間もなく、新三郎が起こした。
   「声を立てないで」
   「何事です」
   「何者かが忍び入ろうとしています」
   「こんなあばら屋に押し入って、何を盗る積りでしょうか」
   「昼間、大勢の子供が通っているのを見て、小金を貯めていると思ったのでしょう」
   「生憎、金も、めぼしい家具もないのにねぇ」
   「寝たふりをしなさい」
   「はい」
 スーッと破れ襖が開けられて、黒い布で目だし覆面をした大柄な男が鷹之助の寝所に入ってきた。鷹之助を足で揺り起こすと、低い声で「金はあるか」と、匕首の腹で柱を叩いた。
   「一文銭が少々、それでも百文はあります」
   「ちぇっ、まあ、このボロ家に住んどるのやさかい、無理ないか」
 男は、吐き捨てるように言ったが、「その小銭を全部出せ」と、凄んでみせた。鷹之助が押入れの文箱から有り金百二文を浚えて男に渡すと、「他に金になる物はないのか」と、押入れの中を手で探った
   「おっ、算盤が五挺(ちょう)もあるやないか」
   「そんなもの、幾らにもなりませんよ」
   「ええから、それを風呂敷に包め」
   「風呂敷なんか有りません」
   「傍に、畳んだ布があるやないか」
   「これは、私の褌(ふんどし)です」
   「しゃあない、それで包め!」
   「いやだなぁ、褌の着替えが無くなってしまう」
   「また、稼いで買わんかえ」
   「またって、洒落ですか」
   「アホ、こんな時に何言いやがるのや」
 算盤五挺を褌に包んで渡すと、この盗賊、懐に算盤を押し入れると、押し出されて自分の財布がポロリと落ちた。目が慣れているとは言え薄暗い部屋の中、気付かずに去っていった。
   「新さん、あの算盤は必要なものです」
   「分かっています、今取り返してきます」
 と、言うなり新三郎は鷹之助から離れる。しばらくすると先ほどの盗賊が戻ってきて、鷹之助に黙って算盤を差し出すと、踵を返して去っていった。
   「新さん、ありがとう」
   「ところで、あいつが何やら落として行きましたが、鷹之助さん気付いていましたか」
   「いいえ」
   「油杯(あぶらづき)に、火をいれなせぇ」
 当時の火の点け方は、火打ち石と火打鉄、それに火口(ほぐち)という油を染み込ませた綿と付け木が必要で、燐寸やライターのように瞬時点火とはいかない。油杯も、鷹之助は欠けた小皿に安い鯨油を入れ、晒しを細くきったものを捻じり芯とし、魚油に漬けで皿の渕にちょこんと先を出して火をつける。皿に油がある限りは、芯は燃え尽きないので、油を足していけば何日も使える。ただ、魚油は生臭くて嫌われていた。
 と、言っている間に、鷹之助は火を灯した。盗賊が立っていた辺りに、ぷっくり膨らんだ財布が落ちていた。
   「なんだろうねえ、こんなに金持ちなのに、百文ばかりと古い算盤を盗んで行くなんて」
   「目をつけて押し入ったものの、己の勘が外れて自尊心を保つ為に盗んだのでしょう」
   「置いといてやりましょう、取りにくるかも知れません」
   「くるかな」
   「では明日、番屋に届けましょう」
   「盗られた百二文は、戻ってきませんよ」
   「財布から返して貰うようにも、財布に一文銭は入っていませんから、番屋の役人に言って、立て替えて戴きましょう」 

  第三回 深夜の盗賊(終) -次回に続く- (稿用紙16枚)

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