雑文の旅

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猫爺の連続小説「佐貫鷹之助」 第二十二回 天神の森殺人事件

2014-05-03 | 長編小説
 鷹塾は、かつての如くお鶴の叫びで開かれた。
   「先生、大変、大変」
   「おや、お鶴さん、どうました?」
   「なんだ、田路助さんか」
   「なんだはないでしょう、俺は鷹之助さんの家来ですから、まず俺がお聞きして先生に取り次ぎます」
   「そんな面倒臭いことをせんでも、先生に聞こえていますやろ」
   「鷹之助さんはただ今ご本をお読みになっています」
 長らく天満塾を休んだので、勉強の遅れを取り戻すべく田路助が昼餉の支度をしている間に鷹之助は勉強をしているのだ。
   「広い屋敷ではないので聞こえていますよ」
 鷹之助は本から目を離してお鶴を見た。
   「天神の森で、人殺しがあったのです」
   「お役人が、犯人を捜して捕らえてくれるでしょう」
   「そうなんやけど、殺されたおじさんは、うちの小さい頃から知っている材木商丹後屋の主人義左衛門おじさんです」
   「それは大変だ、で、どんなおじさんだったのですか?」
   「優しい人で、おじさんのところへお金を借りに来た人に、貸す位いなら差し上げますと渡してあげたこともあったそうです」
   「へえ、貸し借りが嫌いなのですね」
   「お金の貸し借りは人間関係を悪くすると常々…」
   「人付き合いを大切にしていたのですね」

 事件はこのまますんなりと解決することはなく、意外な方向に発展した。お鶴の父、小倉屋千兵衛に殺しの疑いがかかったのだ。その根拠は、義左衛門を呼び出した男が何事かを囁くと義左衛門は「何、小倉屋が」と叫んで血相を変えて店を飛び出していったと丹後屋の使用人が証言している。途中、義左衛門は履いていた雪駄を脱ぎ、懐へ捻じ込むと、足袋のまま駆け出したそうである。
 小倉屋千兵衛は「わたしは義左衛門を呼び出した覚えも、勿論殺した覚えも無い」と訴えたが聞き入れられず、拷問こそされないが、お牢に繋がれたままで幾日か過ぎた。

   「おじさんが殺されたとされる日の時刻には、お父っちゃんは店に居ました」
 お鶴の家族が東町奉行所に訴えに行ったが、家族の証言は取り上げられないと門前払いを食った。

   「大丈夫だよ、私が下手人を突き止めます、だが、焦った奉行所が千兵衛さんを拷問にかけてはいけないので、今から奉行所へ行きましょう」
 鷹之助はお鶴を残し、東町奉行所へ向った。店を開くどころではないので、兄の昆吉も鷹之助の供をすることになった。

   「それがしは心霊占い師の佐貫鷹之助と申す、どなたか与力殿にお会いしたい」
   「存じております、あの有名な方ですね、ご用件は何でしょう」
   「材木商丹後屋の主人殺しの件でお願いしたいことがあり申す」
   「お取次ぎいたします、暫くお待ちを…」
 門番が一人奥に消えた。やがて茶格子の着流しに紋付の黒羽織をはおった武士が出迎えた。
   「それがしは占い師の佐貫鷹之助と申す、お願いしたきことが御座って罷り参りました」
   「町与力、袴田三十郎で御座る、佐貫殿には事件に際して何かと助言を賜ったと同心たちから聞いております」
   「いえいえ、助言などとは恐れ多い、占いの結果をお伝えしたまでで御座る」
   「丹後屋殺しを鷹之助どのに伝えたのは、同心の一人でござるか?」
   「そうではありません、いま捕らえられている小倉屋千兵衛は、やがてそれがしの父となるべくお方、拷問を心配して家族の一人として訴えに参り申した」
   「そうで御座ったか、千兵衛には決して拷問は致さんのでご安心を」
   「今から会わせては戴けませんか?」
   「一応容疑者ですので、それは叶いません」
   「では、この場所から千兵衛の魂に呼びかけますが、それは如何なものでしょうか」
   「そんなことが出来るのですか?」
 袴田は驚いたようであった。
   「出来ます、色々聞き質したきことがありますゆえ、黙認願います」
   「分かり申した、何事か有力な証言が得られた時には、我々にも話してくだされ」

 牢内の小倉屋千兵衛に、何処からとも無く言葉が伝わった。実は、新三郎の仕業である。
   「千兵衛さん、わたしは佐貫鷹之助です、黙って聞いてください」
 千兵衛は驚いた。辺りを見回しても牢番さえ居ない。だが、はっきりと鷹之助の言葉が伝わってくるのだ。
   「そうか、これが鷹之助さんの霊力なのか」
 話では聞いていたが、鷹之助の霊力はこんなに凄いものなのかと、今更ながら感心させられた。
   「あなたが無罪であることは、役人さえも感じています、いま暫く解き放されませんが、私が無罪を証明して見せ、真犯人も突き止めます、役人はあなたに拷問を科すことはありませんから、今しばらく我慢してください」
   「わかりました」
   「声を出さずとも心に念じれば、わたしに伝わります」 
   「はい、そうします」
   「それで結構です、あなたに二・三質問があります」
   「知っていることは全部お話します」
   「最近、義左衛門さんに変わったことはありませんでしたか?」
   「そう言えば、評定所の立替普請で、材木商の入札があったのですが、木曽駒屋さんに非常な安値で落ちたことを訝っておりました」
   「非常な安値ですか?」
   「はい、あの価格では、とても商いは成り立たない、何かカラクリがあるに違いないといっておりました」
   「義左衛門さんは、そのカラクリを掴んだのかも知れませんね」
   「きっとそうです、それで口封じをされたのでしょう」 
   「最近普請奉行に逢いに行ったとは言っていませんでしたか?」
   「行っておりました、門前払い同然に帰されたので、他の材木商に相談してみると言っておりました」
   「なるほど、ではもう一つだけ、義左衛門さんは誰かに呼び出されて、「小倉屋が」と一言残して、血相を変えて店から飛び出していったそうなのですが、千兵衛さんは何者かに脅されていた事実はありませんか?」
   「もしかしたら、あの事かも知れない」
   「あの事とは?」
   「半月程前ですが、妙な男が店の前をうろついていたり、店の中を覗いたりしているとお鶴が気味悪がって言うので、それを義左衛門さんに話したことがあります」
   「千兵衛さん、有難う御座いました、安心して放免をお待ちください」

 続いて、鷹之助と昆吉は材木商丹後屋に足を延ばした。丹後屋の店は閉ざされ、戸には忌中と書いた紙が張られていた。店の者に名を告げてお悔やみを述べ、犯人を突き止める為に話を聞かせて欲しいと頼むと、快く店の中に入れてくれ、ご主人が誘き寄せられた時に居合わせた番頭と話ができた。
   「ご主人を訪ねて来た男ですが、見覚えはありませんでしたか?」
   「おまへん、でも旦那様はご存知の人のようだした」
   「お侍でしたか?」
   「いいえ、町人だした」
   「ご主人は、その男を疑うこともなく、着の身着のままで飛び出したのですね」
   「はい、そうです」
   「その男を、他の人も見ましたか?」
   「いいえ、わて、だけです」
   
 鷹之助は、新三郎に語りかけた。まず、木曽駒屋の使いの者なら、義左衛門は、時が時だけに警戒するだろう。普請奉行の中間(ちゅうげん)であっても、何の疑いも無く飛び出してはいないだろう。一応は、何者であるかを聞き質した後に、飛び出す筈だ。
 義左衛門が耳元で囁かれたのは「小倉屋千兵衛が刺されて、虫の息で義左衛門に逢いたがっている」とでも言われたのであろう。と、すると、義左衛門がよく知っていて、しかも千兵衛のことも知っている男だ。小倉屋は小さなお店で、使用人は女中が二人だけだ。
 では、丹後屋の使用人であればどうだろう。それなら、主人が飛び出すところを見た番頭が知らないわけが無い。
   「鷹之助さん、義左衛門さんを誘き寄せに来た男は、一体誰でしょうか」

 新三郎は、その可能性のある男の心を次々と探ってまわったが、見付けることは出来なかった。何の関係もない行きずりの男に金を渡して頼んだのであろうか。それならば、義左衛門は「どんな男から頼まれたのか」と、訊いたであろう。
   「そもそも、そんな男が存在したのでしょうか」
 鷹之助は、そんな男が存在しなかったと仮定して考えてみると、話はいとも簡単になる。
   「えっ、では目撃した番頭は嘘を言っているのですか?」
   「私の勘ですが、どうもあの番頭が怪しいように思えます」
 義左衛門が飛び出すときの様子を証言した丹後屋の番頭は、全くの盲点であった。
   「よしきた、あっしが探りを入れてみます」
   「新さん、頼みます」

 やはり、番頭の証言は嘘であった。義左衛門の耳元で囁いたのは、番頭自身であった。その番頭が気掛かりに思っているのは、代償の銀で二百分であった。
   「番頭は、今夜にも受け取りに行くだろう」
 東町奉行所の与力袴田三十郎に、今夜は犯人が動く筈だから、待機して居てくれるように頼んでおいた。鷹之助と昆吉は、丹後屋の店を張った。

 今夜は通夜で明日は葬儀という夜に、番頭が一人店を抜け出て、鷹之助の尾行は開始された。番頭はやはり天神の森に向っている。昆吉は奉行所へと走った。鷹之助は「これは危ない」と感じ取った。主犯はまだ突き止めてはいないが、必ず番頭は口封じのために消されるだろう。これは何としても阻止しなければならない。
 やはり、番頭は天神の森に入った。丁度義左衛門が殺された辺りで、番頭は三人の男に囲まれた。
   「わてです、丹後屋の番頭です」
   「番頭か、よく抜け出て来たな、誰にも後を付けられていないか?」
   「へい、大丈夫です」
   「約束は銀二百分だったな」
 一人の男が言うや否や、懐から匕首を出して鞘から抜いた。月明かりに、抜き身がキラリと光った。
   「いい歳をした男が、こんな成り行きも予想出来ないなんて、馬鹿な番頭だ」
 鷹之助が吐き捨てるように言ったときには、新三郎は既に匕首を持った男に移っていた。男が番頭の胸を刺そうとしたとき、鷹之助は叫んだ。
   「待ちなさい、その男は私が殺させはしない!」
 番頭と三人の男は、一斉に声がする方を見た。そこには、図体こそ大きいが、若くて軟弱そうな男が佇っていた。
   「ちぇっ、驚かしやがって、まだ尻の青いガキじゃねぇか」
 鷹之助は、カチンと頭に来た。
   「何をぬかすか殺し屋ども、俺の尻を見たのか」
   「見んでもわかるわい、この蒙古斑野郎!」
   「そうか、よし、ケツを捲ってみせてやる」
 そんな下らない遣り取りをしている内に、匕首を持った男は気を失って地面に崩れた。別の男達が匕首を出して鷹之助に向ってきたが、やはり次々と気を失った。番頭は怖れて逃げていったが、途中袴田三十郎に見付かり、捕り押さえられた。

 三人の男は、奉行の取調べに応じて、すんなりと木曽駒屋に雇われた無宿者であることを白状した。木曽駒屋も捕らえられ、勘定奉行と組んで企てた入札のカラクリを吐露した。

 不正入札と言えば談合であるが、多くの仲間と組まなければならず、秘密が漏れる恐れは大である。そこで入札は合法的に、確実に落せる破格の安さで入札をする。
 その後、普請に取り掛かると、普請奉行が高額で追加注文を重ね、通常価格を上回るまで吊り上げる。純利益は、木曽駒屋と普請奉行の山分けである。

 丹後屋義左衛門は、そのカラクリを見破り、普請奉行に詰め寄ったために木曽駒屋が雇っている無宿者と、丹後屋の番頭を銀二百分(五十両)で買収して犯行をやらせた。小倉屋を巻き込んだのは、丹後屋と仲の良い小倉屋の名を出せば、必ず引っ掛かると踏んだかである。

 この事件は、大坂東町奉行所で裁かれ、人殺しを実行した男は打首、殺しを教唆した木曽駒屋は、財産没収の上、打首獄門、加担した丹後屋の番頭と木曽駒屋に雇われた余の者は永の遠島となり、小倉屋千兵衛は晴れて無罪放免となった。
 普請奉行は、評定所で審議され、奉行職を解かれ、着服したと想定される金は返済させられて無役の武士になったが切腹は免(まぬか)れた。だが、評定所で想定した額は、甘かったようだ。この数年後に、賄賂をばら撒いて、幕閣に入閣したのだ。

   「鷹之助さん有難う、お陰で命拾いをさせてもろうた」
   「いえ、千兵衛さんは、長い間お牢内で心細かったでしょう」
   「いやいや、鷹之助さんの言葉で、安心して待っていられました」
 私の言葉でなく、本当は新さんの言葉だったのですよと、鷹之助は言いたかったが、ぐっと言葉を飲み込んだ。
   「いやあ、鷹之助さんの術は凄かった」
 小倉屋千兵衛の感想である。

  第二十二回 天神の森殺人事件(終) -次回に続く- (原稿用紙17枚)

「佐貫鷹之助リンク」
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「第二回 鷹之助の許婚」へ
「第三回 深夜の盗賊」へ
「第四回 矢文」へ
「第五回 鷹之助男難」へ
「第六回 鷹之助女難」へ
「第七回 三吉先生のお給金」へ
「第八回 源太の神様」へ
「第九回 お稲,死出の旅」へ
「第十回 断絶、母と六人の子供」へ
「第十一回 涙の握り飯」へ
「第十二回 弟に逢いたい」へ
「第十三回 お鶴の嫉妬」へ
「第十四回 福の神」へ
「第十五回 沓掛の甚太郎」へ
「第十六回 怒りの霊力」へ
「第十七回 ねずみ小僧さぶ吉」へ
「第十八回 千日墓地の幽霊」へ
「第十九回 嘯く真犯人 ...」へ
「第二十回 公家、桂小路萩麻呂」へ
「第二十一回 人を買う」へ
「第二十二回 天神の森殺人事件」へ
「第二十三回 佐貫、尋常に勝負」へ
「第二十四回 チビ三太一人旅」へ
「第二十五回 チビ三太、明石城へ」へ
「第二十六回 チビ三太、戻り旅」へ
「第二十七回 源太が居ない」へ
「第二十八回 阿片窟の若君」へ
「第二十九回 父、佐貫慶次郎の死」へ
「最終回 チビ三太、江戸へ」へ

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