雑文の旅

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猫爺の連続小説「佐貫鷹之助」 第十四回 福の神

2014-04-01 | 長編小説
 まだ日が高いうちに、鷹之助と沙穂は心斎橋に着いた。
   「そこの長堀川を渡ったら、二町先の店です」
   「橋の中程で、人だかりがしていますね」
   「えっ、まさかこんなに日が高いのに身投げですやろか」
 沙穂の脳裏に、番頭の篠吉が過(よ)ぎった。だが、そのまさかは外れていた。人だかりの中心に、篠吉の姿があったのだ。
   「篠吉、篠吉やないの、何があったの」
   「へえ、わたい、えらいことしてしまいました」
 聞いてみると、お店から沙穂が居なくなって、旦那に言いつけられて探しに来たところ、男にぶつかり、難癖を付けられて男が殴りかかってきた。「やめなはれ」と叫び、身を交わして、男を突き飛ばしたところ、男はフラッと橋の欄干を越えて、濁った川の中に真っ逆さまに落ちた。篠吉は川面を覗き込み、「どうぞ浮かび上がってくれ」と、祈ったが、男は浮かび上がることはなかった。篠吉は、生きていても詮無いことと、自分も川に飛び込もうとしたが、通りがかりの人に止められたという。
   「わては番屋に自訴します、お嬢さん、許しておくなはれ、旦那様にも、篠吉が謝っていたと伝えてください」
 篠吉は、どこの誰だか知らない男に抱えられながら、番屋に向った。
   「篠吉、篠吉、行かないで」
 沙穂は、篠吉に駆け寄り、縋りついて泣き叫んだ。
   「お嬢さん、篠吉のことは忘れて、どうぞお仕合せに…」
 篠吉は、一度地に崩れ落ちたが、気を取り直して立ち上がり歩き始めた。鷹之助は、平然と川面を覗き込んでいた。
 鷹之助は「しっかりしなさい」と、励ましながら、沙穂を抱えて店まで送っていった。
   「お沙穂さん、気を落さないでください、篠吉さんのことは私に任せて、心静かに明日を待ちましょう」
 翌日、長堀川の下流で、男の水死体が上がった。縄で縛られた篠吉が、面通しのために連れてこられた。
   「お前が突き落としたのは、この男に相違ないか」
 顔は岩に擦れたのか、酷く傷んでいて見分けがつかない。
   「ですが、確かにこの着物でした」
 役人は、篠吉が殺ったものと確信したのか、後は尋問せずに引っ立てていった。
   「鷹之助さん、見ましたね」
   「はい、腹も膨れていませんし、僅かながらも腐臭がして昨日死んだとは思えません」
   「あれは、野垂れ死にをした旅人でしょう」
   「どうやら、これを仕組んだのは、重右衛門でしょうね」
   「あっしは、御奉行に閃かせます」
   「閃かせるって」
   「あの死体の疑わしさを、気付かせるのです」
   「では、私は重右衛門に逢って、揺すぶりをかけてやります」
 鷹之助は、呉服商糸重の暖簾を潜った。
   「いらっしゃいませー」
 仲間の番頭がお縄になったというのに、そんなことは微塵も感じさせない笑顔で応対した。
   「客ではありません、お嬢さんのお沙穂さんに逢いにきました」
 帳場で算盤を弾いていた重右衛門らしい男が、顔を上げて鷹之助をジロッと見た。   「沙穂の父ですが、どなたですか?」
   「霊感占い師の佐貫鷹之助と申します」強いて霊感を強調した。
   「霊感 けったいな占い師ですな、それでどの様なご用件ですか」
   「篠吉さんのことで、ちょっとお話がありまして」
   「あきまへん、沙穂は大事な娘です、どこの馬の骨かわからんお方に、逢わせることは出来しません」
   「昨日、お嬢さんからご相談を受けたものです」
   「どんな相談ですか」
   「それはご本人の承諾をとってからお話します」
 重右衛門は鷹之助を観察していたが、仕方が無いと思ったようである。
   「ほんなら、ちょっとだけでっせ」
 重右衛門が呼ぶ声を聞いて、沙穂が奥から出てきた。
   「外で話をしますので、お嬢さんをお借りします」
   「あきへん、ここで話なはれ」
   「店先で宜しいのですか」
   「へえ、宜しおます」
 鷹之助の思う壺である。
   「お嬢さん、篠吉さんは無実ですよ」
   「本当ですか、嬉しい」
 案の定、重右衛門が口出ししてきた。
   「あんたら、何を言うてますのや、水死体も上がったやおまへんか」
   「重右衛門さんは、篠吉さんが処刑になる方がよいのですか」
   「そんなことはあらしまへんけど」
   「それなら、黙って聞いていてください」
 重右衛門は、ふて腐れて黙り込んだ。
   「私は見てきましたが、死んだ男は、水死体ではありません」
   「では、どうして死んだのでしょうか」
   「さあ、それですが、野垂れ死にした旅人の屍を川に流したようです」
 またもや、重右衛門が口出しをした。
   「そんなアホなことがおますかいな、誰が何のためにそんなことをするのや」
   「使用人に、大事な娘を取られない為にです」
   「ほんなら、何か、わたいがさせたと言いますのか」
   「そう聞こえますか」
   「聞こえますがな」
   「私は、何処の誰がしたとも、させたとも言っていません」
 沙穂も、薄々気付いたようである。
   「では、川に落ちて浮かび上がってこなかった人はだれ」沙穂が尋ねた。
   「それは、お奉行様が捜してくれますよ」
   「浮かび上がらなかったのに、生きているのでしょうか」
   「生きていますよ、川に落ちたとき、みんなは橋の川下側を見ていたのでしょう」
 当然、川に流されて川下で頭を出すだろうと思って、その場に居た人は川下に注目したはずである。ところが、落ちた男がもと船頭か猟師で、泳ぎが達者であれば川上に頭を出すことが出来る。そのまま、そっと橋桁の影に隠れて、人々がいなくなるのを待って上がってきたら、目撃した人は溺れ死んだと思うに違いない。
 そう話して鷹之助は重右衛門の顔を見ると、こころなしか青褪めていように思えた。
   「私の心霊占いでは、お奉行は必ず真実を突き止めると、出ています」
   「これがもし、誰かが仕組んだことでしたら、その人は罪になるでしょうか」
 やはり実の娘である。父親のことが気掛かりなのだろう。
   「罪の無い人を、大罪人にしたてようとしたのです、重い罪になるでしょう」
 鷹之助は、立ち上がって重右衛門に挨拶をした。
   「私はこれから心霊術を使ってお奉行に進言しますので、失礼させて戴きます」
 またもや心霊術を強調してお辞儀をした。
 何か言いたげな重右衛門を意識的に睨み圧しながら、鷹之助は店の外に出た。追って飛び出して来た沙穂に、鷹之助が言った。
   「今、お父さんは意気消沈しているでしょう、篠吉さんへの思いを、はっきり伝えなさい」
 鷹之助は、沙穂の手をとり、にっこり笑って店の前で別れた。
 鷹之助は、牢内の篠吉と話をしたかったが、無名の若造に会わせてくれる筈もない。ここは新三郎に頼むしかない。奉行の処から戻って来た新三郎に、慎霊術師の鷹之助からだと言って、篠吉に伝えてほしいと伝言を頼んだ。
 篠吉を裁くお白州に、重右衛門が呼び出され、この度の謀を追求される筈であるから、あくまでも主人を庇って、自分が殺ったと言い張りなさい。ところが、篠吉さんが突き飛ばして川に落ちて溺れた筈の男が現れて、篠吉さんの無実が証明されるから安心しなさい。この件では、だれも殺されていないので、篠吉さんが許せば、重右衛門さんは罪にならないと、よく言い聞かせてほしいと頼んだ。
 大坂奉行所のお白州に敷かれた筵の上に、縄に繋がれた篠吉と、参考人の重右衛門が神妙な顔で奉行の出座を待っている。やがて「おしゅつざー」の声が響き、二人が平伏すると正面の卍繋ぎ模様の襖が開き、奉行の出座である。
   「両名の者、面をあげぃ」
 お裁きが開始された。
   「これより、呉服商糸重の番頭、篠吉が我が身を護らんととった行為により、一人の男を川に突き落として死に至らしめた罪につき、取調べを致す」
 厳かな奉行の声が響き渡った。
   「篠吉が川に突き落とした男の名が、奉行所の調べにより判明致した」
 お付の役人が、名を告げた。
   「元は猟師で、喧嘩で相手を刺し、無宿者となった鮫吉である」
   「鮫吉さんには、申し訳ないことをしてしまいました」
   「うむ、殊勝である、では突き落としたことは認めるのだな」
   「はい、私が殺しました」
   「そうか、ならば奉行はお前に斬首刑を申し付けることになるが、異存はないか」
   「御座いません」
 奉行は、重右衛門を見据えて言った。
   「その方も、異存はあるまいな」
   「はい、篠吉は人を殺したのですから、そのお裁きは当然かと」
   「そうか、よくぞ申した、店の為と、身を粉にして勤め上げた番頭を無くしても悔いはないのだな」
   「御座いません」
 奉行は、与力に申し付けた。
   「では、あの者を弾き出すように」
   「鮫吉、出ませえ」
 男が一人、縄で引かれて、白州に現れた。
   「篠吉、この男の顔は覚えておろう」
 篠吉は驚いた振りをした。鷹之助のいうとおり、死んだ筈のあの時の男が現れた。
   「篠吉、お前が殺したという男に相違なかろう」
   「はい、間違いありません、よかった、生きていたのですね」
   「そうだ、篠吉、お前は騙されていたのだ」
   「この男に騙されたのですか?」
   「いいや、だましたのはそこに居る重右衛門だ」
 重右衛門は誰が見てもそうと分かるくらいに動揺していた。
   「お奉行様、それは何かのお間違いです、私は何も…」
   「重右衛門、往生際が悪いぞ、何もかも鮫吉が吐いておる」
 奉行は、自らが篠吉を陥れておきながら、罪の無い篠吉を斬首刑にさせようとしたことは許し難いと、重右衛門に家財没収のうえ店は取り壊し、当の重右衛門は江戸十里四方追放の裁きを下そうとした時、篠吉が悲痛な声を上げた。
   「お待ちください、元はと言えば、私がお店のお嬢様を好きになったのがことの発端です、悪いのは私で、旦那様ではありません、どうぞこのまま、私を人殺しの咎人として、お裁きを賜りますようにお願い申し上げます」
 重右衛門も、この主人思いの篠吉を罪に追いやろうとした自分を悔いているのか、涙を一粒筵に落とした。
   「お奉行様、何卒、何卒、お聞き届けくださいまし」
 篠吉は、鷹之助の指示どおりに演技をしているとは思えない程、真に迫っていた。
   「篠吉」
 お奉行は、叱り付けるように言葉を放った。
   「真実が見えているものを、この奉行に誤りの裁きをせよと申すのか」
   「私を商人に育ててくださった旦那様やお店を護りたいのでございます」
   「その為には、命をも差し出すというのか」
   「はい、命など惜しみません」
 お奉行は、重右衛門に言った。
   「そなたは、善き奉公人に恵まれたのう、篠吉の思いを汲んでお咎めなしと致すが、このことを忘れるではないぞ」
 奉行は「一件落着」と告げ、太鼓が打ち鳴らされた。
   「篠吉、済まなかった」
   「いえ、悪いのは私でございます、今日限り御暇を戴いて、篠吉は江戸で一から出直します」
   「そうか、止めはしません、ただ、これは今まで働いてくれた賃金と、他に餞別を渡そう」
 旅支度をした沙穂が、いそいそと現れた。
 二人仲良く揃って鷹塾を訪れた。
   「鷹之助先生、有難う御座いました」
   「いえいえ、お二人の思いが叶って何よりです」
   「ところで先生、あの鮫吉って男を突き止めてくれはったのは、先生ですやろ」
   「はい、あれは直ぐに分かりました、町のごろつき仲間に、元は猟師か船頭で、あの日に着物を着替えた男は居ないかと聞いたら、直ぐに鮫吉とわかりました」
   「やっぱり先生やったのや」
   「ご恩は、一生忘れません」
   「篠吉さんには、財宝を手にする相があります、成功してお沙穂さんを幸せにする福の神ですよ」
   「ヒャー先生、先のことが分かるのですか」
   「はい、丸見えです」

 第十四回 福の神(終) -次回に続く- (原稿用紙16枚)

「佐貫鷹之助リンク」
「第一回 思春期」へ
「第二回 鷹之助の許婚」へ
「第三回 深夜の盗賊」へ
「第四回 矢文」へ
「第五回 鷹之助男難」へ
「第六回 鷹之助女難」へ
「第七回 三吉先生のお給金」へ
「第八回 源太の神様」へ
「第九回 お稲,死出の旅」へ
「第十回 断絶、母と六人の子供」へ
「第十一回 涙の握り飯」へ
「第十二回 弟に逢いたい」へ
「第十三回 お鶴の嫉妬」へ
「第十四回 福の神」へ
「第十五回 沓掛の甚太郎」へ
「第十六回 怒りの霊力」へ
「第十七回 ねずみ小僧さぶ吉」へ
「第十八回 千日墓地の幽霊」へ
「第十九回 嘯く真犯人 ...」へ
「第二十回 公家、桂小路萩麻呂」へ
「第二十一回 人を買う」へ
「第二十二回 天神の森殺人事件」へ
「第二十三回 佐貫、尋常に勝負」へ
「第二十四回 チビ三太一人旅」へ
「第二十五回 チビ三太、明石城へ」へ
「第二十六回 チビ三太、戻り旅」へ
「第二十七回 源太が居ない」へ
「第二十八回 阿片窟の若君」へ
「第二十九回 父、佐貫慶次郎の死」へ
「最終回 チビ三太、江戸へ」へ

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