雑文の旅

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猫爺の連続小説「佐貫鷹之助」 第六回 鷹之助女難の相 

2014-03-12 | 長編小説

 同じ時刻に、同じ場所で、同じ八卦見に出会った。
   「あっ、八卦見のおじさん」
   「おお、これはこの前のお方じゃな、あの折の八卦はよく当たったであろう」
   「はい、ぴったりでした」
   「で、男からうまく逃れたのか?」
   「おかげさまで…」
   「そうか それは良かった」
   「おじさんのように占い師になるには、どこで修行をすれば良いのですか」
   「修行など要らぬ、適当に言っておけば、半分は当たるのじゃ」
   「いいかげんなものですね」
   「そう、占いなんてそんなものじゃ」
   「でも、私の男難はよく当たりました」
   「あれは、占いではない、男色者の矢野鞍之祐とすれ違ったあと、男振りの良い其方が矢野のいる方向に歩いておったので、忠告したまでだ」
   「なんだ、そうだったのですか、忠告、有難う御座いました」
   「序にもう一度忠告するが、今度は女難のそうが出ておるぞ」
   「女難ですかも大歓迎です」
   「さて、手放しで喜べる女難かな」
 八卦見と別れてしばらく歩くと、鷹之助よりも背の高い女が小走りで近づいてきた。
   「お兄さん、ちょいとそこの茶屋で、お茶でもご一緒しませんか」
 形は女で、中々の美人ではあるが、喉仏が飛び出て、声を出すとおっさんである。
   「おじさんが奢ってくれるのですか」
   「まあ、嫌やわぁ、奢るからおじさん、言わんといて」
   「どう呼べば良いのですか」
   「そら、お姉さんに決まっているやろ」
   「お姉さん、私急ぐのですよ、また今度会ったときにしてください」
   「楽しみにしとくわ」
 そんなことを言いながらも、しゃなり、くねくねと付いてくる。
   「新さん、あんなの見たことあります」
   「へい、江戸にはたくさん居ますよ」
   「気持悪いですね」
   「けど、自分は女だと思っているだけで、気のさっぱりとした人が多いですぜ」
   「でも、後を付けてきますよ」
   「贔屓の役者に付いて歩く女みたいなものです」
   「私は役者でもないのに…」
 次の日も、また次の日も、鷹之助が天満塾から戻る時刻に走り寄ってきた。
   「あ、お姉さん、今日は私の塾はお休みですので、お供しますよ」
   「わぁ嬉いし、まず御茶屋で美味しいお菓子を食べましょ」
 お姉さんは、鷹之助の手をとって、なよなよと茶屋の暖簾を潜った。
   「奢るから、なんぼでも食べてや」
   「はい、ありがとう、でも悪いから半分持ちますよ」
   「いいから、いいから、わてに任せておいて」
 よく気が付き、よく笑い、気持ちが悪いなどと言ったのが申し訳ない程感じの良い「おじさん」だった。
   「私は信州の田舎育ちで、佐貫鷹之助と申します」
   「やはり、お侍のご子息でしたのね」
   「はい、父は上田藩士で、二人の兄はどちらも医者です」
   「私はお菅、本当の名は、鉄弥というのですよ」と、声を潜める。
   「お仕事は何をしていらっしゃるのですか」
   「働いていません」
   「親の脛齧りって言うやつですな」
   「まあ、そんなところです」
 訊けば、親は扇子などを商う老舗の主人らしいが、父親は世間体を憚って長男の鉄弥を外へ出したがらず、母親は自分の育て方が悪かったのだと、くよくよするばかり。鉄弥は嫌になって家を飛び出し、母親がこっそり持ってくる銭で生活をしているような有様らしい。
   「よく、ぐれたり、やけっぱちになったりしなかったですね」
   「度胸がないのよ」
   「お姉さんは、体は男ですが、心は女なのですね」
   「そう、それが世間に通用しないので、半端者なのです」
 その日は、お菅に奢ってもらい、お菅も鷹之助とお近付きなったことを喜んで別れた。
   「新さん、お菅さんを女の体にしてあげることは出来ないでしょうね」
   「あっしも考えていたのですが、もしかしたら出来るかも知れません」
   「本当ですか 緒方梅庵先生に頼むのですか」
   「医学では無理でしょう」
   「医学でなければ、祈祷ですか」
   「よけいに不可能です」
   「誰が治すのですか」
   「あっしですよ」
 その日から、男嫌いで、男勝りの女を捜した。鷹之助に歩いて捜す暇はない。折りに付け店の女将など人伝に尋ねてもらったのである。その間も、お菅と話す機会が持てた。時折、食材をぶら下げて、鷹塾に寄り、夕餉など甲斐甲斐しく作ってくれたりして、鷹之助は姉のように慕うようになっていた。
 ある日、お鶴の母忍野(おしの)から「男嫌いで、自分は男だと思っている女」が居ることを知らされた。
   「ちょっと遠くですが、河内の国は狭山藩のご領地に住む、お房という女です」
 その女、両親がいくら縁談を薦めても、全く興味を示さず、自分は男だと言い張っているらしい。
   「その内、暇ができたら、逢いに行きます」
 鷹之助がそう言うと、忍野は顔の前で手を振った。
   「お房さんのような人を捜している人がいると訊いて、向こうから逢いにくると言っています」
   「そうですか、ではお待ちしましょう」
 三日後、お房がやってきて、小倉屋で鷹之助の帰りをまっていたと言い、お鶴と供に鷹塾へやって来た。
   「先生、お房さんです」
   「お房です、初めてお目にかかります」
 なるほど、姿とは裏腹で、仕草、言葉つきは男そのものであった。
   「佐貫鷹之助です、これから子供達の勉強が始まります、待っていただけますか」
   「はい、今夜は小倉屋で泊めて戴こうと思いますので、ここでお待ちします」
 お房は、子供好きらしく、子供達の学ぶ姿を、目を細めて眺めていた。
 鷹塾の勉強時間が終わる頃、鉄弥(お菅)もやって来た。呼ばずとも、近頃は毎日通ってくるのだ。
   「鉄弥さん、こちらはお房さんです」
   「始めまして」
   「こちらは、鉄弥さんです」
   「どうも…」
 鷹之助は、二人を出会わせた訳を話すべく、その前に二人に打ち解けて貰おうと座卓を囲んだ。
   「実は、お二人の魂を入れ替えてみようと思うのです」
 女なのに、自分を男だと思っているお房と、自分は女だと思っている鉄弥の魂を入れ替えると、鉄弥は心身ともに男に、お房は心身ともに女になるのである。
   「へー、そんなことが出来るのですか」と、鉄弥。
   「わいが鉄弥さんに成るのですか」と、お菅。
 後は、新三郎のお手並み拝見である。
 これで、もし上手く入れ替わったとしても、この二人が結ばれることはないだろうと新三郎は思っている、たとえば鉄弥が女になり、男になったお菅を見ると、それは今までの自分である。出来得れば、二人が夫婦になると、両方の親族とも二人で接すればゴタゴタが起きないだろうと思うのだ。
   「はい、二人の魂を入れ替えます、ぎくしゃくするようであれば、もとに戻しますので、心配はいりません」
 鷹之助が音頭をとる。
   「では、お試しに入ります、二人手を取り合ってください」
 鉄弥が気を失い、続いてお房も、手を取り合ったまま崩れる。間もなく、二人は気が付いて、黙ってお互いを見つめ合っている。
   「わしは鉄弥と申します」
   「わては、お房です」
 確認するかのように名乗りあって、お互いに自分の体を弄り、大声を上げた。
   「わあ、恥ずかしい」
 この二人が上手くいくのかどうか、しばらく観察期間を置くことにした。鉄弥を小倉屋に帰すと、店の者は驚くだろう。結局二人は、元鉄弥が住んでいた長屋に戻ることになった。
 翌日から、鉄弥は男の形(なり)をして、言葉つきも歴(れっき)とした男に戻った。しかもお房という女房が出来ている。口さがない長屋の連中の、もっぱらの話題となったことは言うまでもない。
 その日は、二人揃って鷹塾に来た。まだ鷹之助は戻って居ず、戸締りをしていなかったので部屋に上がりこみ、大掃除をしていた。鷹之助が帰ってきた頃には、壁も畳みも綺麗になっていて、野花まで活けてあった。
   「先生、お帰り、私達は嬉しくてじっとしてはおれなかったのです」お房がいった。
   「先生、わいもです」
   「それなら、自分達の家を綺麗にすればよいものを…」
   「いえ、もうあの長屋には住みません、二人で相談して、一旦それぞれの家に帰ることにしましたてん」
   「戻っても、何がなんだかわからないでしょ」
   「そやから、考えました、頭を打って以前のことを忘れてしまったことにするのです」
   「考えましたね」
   「はい、それで、逸れ逸れの家で記憶が戻ったら、わてが勝手知った鉄弥の家に嫁ぎます」
   「お房さんの家は大丈夫です」
 鉄弥が答える。
   「はい、わいは末娘で、嫁にも行かない余計物でしたから、両親は喜ぶでしょう」
 二人はよく相談して、それぞれ相手の家に帰っていった。今度会うときが楽しみな鷹之助であった。

   第六回 鷹之助女難の相(終) -次回に続く-  (原稿用紙13枚)

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