雑文の旅

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猫爺の連続小説「佐貫鷹之助」 第一回 思春期

2014-03-02 | 長編小説
 佐貫鷹之助は十五歳(満14才)、信濃の国は上田藩士佐貫慶次郎の実子。慶次郎は甲賀(こうか)忍者の流れを汲み、若い頃には甲賀の里で剣の修行をしている猛者(もさ)である。
 長兄は、緒方梅庵。江戸の町医者伊東松庵に師事して漢方医学を学び、長崎で西洋医学を学んだ医者で、水戸に於いて緒方診療院を設立、臨床医であると共に弟子を育てることに重きを置く。
 次兄は義理の兄で、長兄緒方梅庵の元の名を貰い、佐貫三太郎を名乗る。庶民の子で幼名は三太。四歳の時、父親が寺の境内に置き去りにしたのを、緒方梅庵に拾われた。梅庵の一番弟子として、西洋医学の医者になった。武道は義父の慶次郎仕込みの剣の達人である。弟思いで、まとまった金が入ると、仕送りをしてやっている。
 鷹之助本人は、武士を嫌い、武道を嫌い、学者の道を選んだ。上方に出てきて儒学塾である「天満塾」の塾生となった。せめて、自分の生活費を得ようと廃屋を借りて修理し、寺子屋に行けない庶民の子供たちを集めて、読み書き算盤と儒学の初歩を教える鷹塾を開いていた。
 儒学とは、言わずと知れた「孔子」の世界観、宗教観、人生観いわゆる「思想・哲学」を学ぶもので、江戸時代では儒学の影響を受けた「武士道」が武士の必修教養であった。
 寺子屋のように、謝儀や諸費用は取らず、月並銭という参加費を十六文貰っていたが、それさえも払えない家庭の子には、無料で参加させた。
 その鷹塾は、心無い地回りに建物ごと潰されてしまった。潰させたのは土建屋の親方で、その娘が勉強に興味を持ち、鷹塾を覗きに来たので快く塾生の仲間に入れてやった。これが原因なのだ。
その頃は「女が勉強などをすると、嫁に貰い手が無くなる」と、言われていたからである。
 鷹之助は、鷹塾が潰され住処も無くして途方にくれていたとき、長兄緒方梅庵が上方の診療院に講師として招かれ、三ヶ月滞在することになった。梅庵は上方へ来て真っ先に鷹之助を探した。
 鷹之助は一時兄のもとへ身を置き、兄が水戸へ戻ったあと、再び廃屋を探して借り、何とか鷹塾を再開することが出来た。このときの鷹之助は、以前の非弱な鷹之助とは違い、強く頼もしい味方が付いていた。木曽に生まれて、鵜沼で騙まし討ちに遭い殺された「中乗り新三」こと、新三郎の霊である。新三郎は、佐貫三太郎と別れ、鷹之助の守護霊としてしっかり鷹之助を護って一年が過ぎた。
   「鷹之助先生、戴き物の鯵の干物ですけど、先生に食べて貰いと、お母はんが…」
   「わっ、鯵といえば、海の魚ですね」
   「そうなんですか」
   「子供の頃から魚といえば川魚しか食べたことが無かったので、海の魚は珍しいです」
   「うち、あんまり好きやないのですけど」
   「他の魚も嫌いですか」
   「へえ、お野菜のほうが好きです」
   「お魚もたべないと、大きくなれませんよ」
   「いややわぁ、先生、お母はんと同じ事を言いはる」
   「お母さんは、娘の健康を思えばこその忠告ですよ」
   「先生も、うちの体を気遣ってくれはったの」
   「そうです」
   「まあ、嬉しい、先生、おおきに(ありがとう)」
   「お母さんに、私がお礼言っていたと伝えてください」
   「へえ、あっ、それから、お母はんが、洗濯もんがあったら、持って来なさいやって」
   「そんなもの、頼めませんよ」と、鷹之助は赤面する。
   「構へんやないの、洗濯は女の仕事でっせ」
 お鶴十四歳、鷹塾から目と鼻の先に住む昆布屋の三女。兄二人と、姉が二人いる。姉二人は既に他家へ嫁ぎ、次兄は大工の棟梁の家に住み込み、大工の見習いをしている。長兄は、父親の昆布屋を継ぐべく、境港に松前船が着くと、どっさり昆布を仕入れてきて、煮て塩昆布を作り、削ってとろろ昆布や、朧昆布作りに精を出している。
   「お母はん、行ってきました」
   「ああお鶴、ご苦労さん」
   「先生が、お母はんにお礼を言っていたと伝えてくださいと…」
   「さよか、先生、魚お好きやといいのですが」
   「先生、喜んではったわ」
   「それで、洗濯物は」
   「恥ずかしからいいって」
   「あはは可愛らし、そうか、いま恥ずかしい盛りやもんねぇ」
 お鶴は鷹塾の塾生で、鷹之助のことが好きらしく、塾へ行くときは活きいきしている。塾生のなかでは最年長で、しかも女は一人ということで、鷹之助先生の世話を焼いている。
   「先生、お茶が入りました」
   「ありがとう、でもお茶を入れてくれる合間、勉強が疎かになりますよ」
   「ええのです、その分、家で勉強します」
   「お父さんは、女が勉強したらお嫁に貰い手がなくなるとは言いませんか」
   「お嫁に貰い手が無かったら、先生のお嫁にして貰います」
 鷹之助は、顔を赤らめた。他の塾生に聞かれたかなと、周りを見回すと、しっかり聞かれたようで、その目がはっきりと分かるように鷹之助を冷やかしていた。
   「ようよう、鷹先生」
 冷やかしたのは、新三郎である。
   「どうぞ冷やかしてください、私もお鶴さんが好きですから」
   「なんだ、惚気ちゃって、このモテモテ男」
 その夕、お鶴の母親がお鶴を前に座らせて言った。
   「お鶴、鷹之助先生を好きになっても、一緒にはなれまへんで」
   「何で?」
   「そやかて、先生はお侍のお子です、あんたは町人の娘、身分が違います」
   「身分なんか違っても、好きあったら一緒になるのが自然というものや」
   「そうはいかんのが世間です」
   「お母はん、そんなこと言うて、お母はんも先生が好きなんちゃうの」
   「へえ、好きです、若くて男前で優しい、あと甲斐性があったら言うことなしや」
   「わあ、やらし、お父はんが居ながら、なんちゅうことを言いはるのや」
   「わてかて女です、いい男はんを見たら好きになります」
   「おお恐わ、お母はんに先生を盗られんように気をつけよ」
   「そやから、あかんと言うのや、先生はお侍です」
 鷹之助も、親元に居れば元服の祝いをして貰える心身ともに立派なおとなである。嫁を娶っても不都合はない。と言いたいところではあるが、身はともかく、心の方が心許無い。屋敷に居たころから、身辺に同年代の友達が居ず、情報を得る機会がなかったからである。
   「新さん、男と女の営みのことを、私に伝授してくれませんか」
   「あっしは、野良犬のようなものでしたから、あっしの知識は下衆かも知れませんぜ」
   「塾の文庫に本があるのですが、ちょっと開いてみて恥ずかしくなって閉じました」
   「男と女の営みの方法を書いた本がありますかい」
   「あるのですが、挿絵がとても恥ずかしいものです」
   「へー、見てみたいものです」
   「幽霊でも、欲望があるのですか」
   「欲望ではなくて、愛惜です」
 ある夜、鷹之助は夢の中に美しい大人の女が現れて、鷹之助に擦り寄ってきた。鷹之助は欲望に駆られるまま、女に身をまかせた。女の柔らかな手が鷹之助の手をとり、自分の懐へと導いた。最初は母の乳を思い浮かべて幼児に返ったが、やがて気持ちが次第に昂ぶり、頂点に達したときに目が覚めた。下帯(褌)がぐっしょり濡れて、気持ちが悪かった。
   「新さん、こんなことが有ったのですが、私は悪い病に罹ったのでしょうか」
   「病気じゃなく、若い男にはよくあることですぜ」
   「寝小便ですか」
   「ぬるぬるしていたでしょう」
   「はい」
   「それは、男の子種です」
 男の子種を、女の腹に送って女の子種と出会わせると、子供が出来るのだと新三郎は教えた。その男の子種が男の腹のなかに溜まると、それを出してやらないと「むらむら」したり、「イライラ」したりするので、妻を持っていない男は遊郭へ行ったり、手淫で処理したりする。それをしないで放っておくと、夜、寝ているときに、その男の子種が自然に溢れてくると、新三郎は鷹之助に教えた。教えながら、若き頃を思い出して懐かしむ新三郎であった。
   「その男の子種を、女の体に送り込むのは、どこからですか」
   「男は、股間にあるものが太く長く硬くなるでしょ」
   「なります、なります」
   「女は、それを受け入れるところが股間にあるのです、ケツじゃないですよ」
   「へー、一度見てみたい」
   「お鶴ちゃんに見せろと言ったりしては、嫌われますぜ」
   「言いませんよ、恥ずかしい」
 新三郎とそんな会話をしたあと、鷹之助のお鶴を見る目が眩しそうであった。
   「先生、大変、大変です」
 勉強が終わり、塾生がみんな帰って暫くしてから、お鶴が「大変」を連発しながら鷹塾に飛び込んできた。七歳の女の子が、見知らぬ男に連れ去られたというのだ。
   「私は岡っ引きの銭形平次じゃないですよ」
   「どこの誰に、どこへ連れて行かれたか先生、その子の家に行って占ってやってください」
   「占い?」
   「そやかて、以前にうちの運勢占ってくれはったことがあったやおまへんか」
 そう言えば、遊びで占いをやったことがあった。お鶴は、それを真に受けているらしく、鷹之助を占い師でもあるのだと思い込んでいるらしい。
   「わたしは占い師ではないのですよ」
   「先生には、霊感があります、先生が霊と話しているところを見ました」
 どうやら、新三郎と話をしているとき、迂闊にも声を出してしまったようだ。お鶴に手を引っ張られて、鷹之助はその子の家へ連れていかれた。
 両親から話を訊いてみると、昨日の昼過ぎに「友達とあそんでくる」と、娘が家を出たまま夜になっても戻らないので、番所に届け出た。一緒に遊んでいた友達に尋ねると、遊んでいる最中、その子のお父さんの使いだという見知らぬ男が来て「お父さんが待っているよ」と言われて、男に手を引かれ、その子の家と反対の方向へ歩いて行ったと証言した。
 役人と、近所の人々が協力して、深夜まで方々を探したが見つからず、捜索隊はひとまず解散となってしまった。 その後も、両親は親戚や知り合いの家を回って尋ねたが、娘の行方は分からないままであった。
 その日も鷹塾で教えた後、鷹之助は娘が連れ去られた方向に歩いてみた。方々のお店などで「七歳の女の子を連れた男」を尋ね歩いたが、よく訊いてみてもどうも拐わかし犯とは違う親子連ればかりであった。鷹之助は「七歳の女の子を連れた男」という情報が間違っているのではないかと、疑ってみた。次に「七歳の男の子を連れた男」と変えて尋ね歩いた。
   「それなら、お菓子をたくさん買って子供に与え、子供は喜んで男に連れられて北山の方に向かって歩いて行った」との情報を得た。男は、追っ手を誤魔化す為に、どうやら女の子に男の扮装をさせたようだ。
 鷹之助が北山の方角に向かって歩き続けると、人家が絶えて昼間でも人が通らないような山道に差し掛かった。
   「ここからは、子供を背負って登ったのでしょう」
   「あっしが、人の気配を探して来やしょう、鷹之助さんはここで待っていてくだせぇ」
 新三郎は、鷹之助に「くれぐれもここから動かないように」と、釘を刺して鷹之助から離れた。
 四半刻(30分)も待っただろうか、新三郎がもどって来た。
   「鷹之助さんの推理は大当たりです」
   「娘は無事でしたか」
   「お菓子に飽きて、家に帰りたいとぐずっていました」
   「手に余ると、男は娘を殺しかねないので、新さん、娘を護ってやってください」
   「わかりやした」
   「私は町へ取って返して、役人に知らせてきます」
   「では、この獣道を真っ直ぐ登って行くと、道が二つに分かれていやす、そこを右にとり一町ほど進むと、洞穴があります」
   「はい、役人をそこまで案内します」
   「では、気をつけてくだせえよ」
 鷹之助は、今来た道を早足で町に向かった。
   「お鶴さん、拐わかされた女の子は見つかりましたよ」
 まず、お鶴に報告し、二人で娘の家まで走った。丁度、そこへ役人が来ていたので、「案内するから付いてきてください」と言うと、役人は番所に駆け込み、同心一人と、捕り方の役人二人、目明しが一人加わり、合計五人が鷹之助の後を付いていった。
   「どうも見つからないと思ったら、こんな山深くに連れ込まれていたのか」
 同心が息を切らしながら呟いた。やがて洞穴に着くと、男は眠りこけていて、その傍で娘が大声で泣いていた。捕り方の一人が男を縛り上げると、ようやく男は目を覚ました。新三郎が男の魂を男の体から追い出して待っていたのだ。
   「ねっ、鷹之助先生は、凄い占い師やろ」
   「ほんまや、役人が大勢で探してみつかなかったのに、お一人で探し当てるなんて、すごいお人や」
 お鶴の母親が感心していた。
   「幽霊とも話ができるのやで」と、お鶴は自分のことのように自慢気である。
 この事件のお陰で、鷹之助は霊媒師にされたり、占い師にされたり、鷹之助は鷹塾を終えた後も、夜半まで大忙しになった。
 第一回 思春期(終) -次回に続く- (原稿用紙18枚)

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