雑文の旅

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猫爺の連続小説 「佐貫鷹之助」 第十九回 嘯く真犯人

2014-04-14 | 長編小説
 ここは、人殺しの罪で処刑された定吉が奉公していたお店(たな)である。鷹之助はある日の夕刻に暖簾を分けて入った。
   「私は霊媒師の佐貫鷹之助と申す者、平太郎さんにお逢いしたいのですが」
 鷹之助の肩書きは、時と場合によりコロコロ変わる。このたびの訪問には、霊媒がぴったりなのだ。
   「平太郎はわてです、どのようなご用件だっしゃろか」
   「はい、元このお店に奉公していた定吉さんに頼まれて参りました」
   「定吉は、既に亡くなりましたが」
   「解っております、その亡くなった定吉さんのご依頼ですが」   
   「仰っておられる事が、よくわかりまへんが…」
 平太郎は惚けたわりには厳しい表情になった。
   「ですから、亡くなった定吉さんが、私に訴えるのです」
   「死者が?」
   「私は霊媒師です、死者と話が出来ます」
   「帰っておくなはれ、そんな戯言に付き合っている暇はおまへん」
   「お店の外で、戯言かどうか、確かめなくても宜しいのですか?」
   「どうせ、騙りで銭をせしめる積りでっしゃろが、その手には乗りまへんで」
   「そうですか、では仕方が無い、店先で言わせて貰いますが、定吉さんは人殺しなどしていないと訴えています」
   「いいかげんな嘘を言わないでください」
 その時、奥からこの屋の主人らしい人が顔をだした。
   「平太郎、この方のお話を聞かせて貰いなはれ、何や定吉は無罪らしいやないか」
 鷹之助は、出てきた男に深々と頭を下げた。
   「お金を戴くために来たのではありません、定吉さんを哀れと思い来たのです」
   「そうですか、番頭がえらい失礼なことを申しました、堪忍しておくなはれや」
   「いえいえ、分かって戴ければそれでいいのです」
 男は、この屋の主人で、相模屋長兵衛と名乗った。一見、物分りの良さそうな好々爺で、目尻の深い皺が、長年笑顔でお客に接してきた証のように鷹之助には思えた。主人は「店先で立ち話もなんですから」と、鷹之助と平太郎を店の奥の間に導いた。
   「それで、定吉は無罪だと申しておりますので」
   「はい、刺した覚えはないと言っています」
   「では、誰が刺したと言っとります?」
   「知らぬ男だそうで、その男が権爺を刺したとき、権爺は低く呻いたそうです」
   「その刺した男が、定吉の手に匕首を握らせたのですな」
   「いいえ違います、握らせてはいません、平太郎さんが、定吉さんの着物に血を付けただけです」
 平太郎の顔色が変わったのを、鷹之助も主人も見届けた。
   「寝言を言っていますのか、わたいはその頃定吉を探しておりましたんや」
 ここぞと、鷹之助は突っ込んだ。
   「それで平太郎さんは、役人を何といって誘い出したのですか?」
   「定吉は酒に酔って、あの業突張りの爺め、殺してやると言って出て行ったと」
   「それまでは、あなたの家で二人酒を酌み交わしていたのですね」
   「そうです」
   「定吉さんは、平太郎さんの肩を借りて、殺しの現場になった処まで行ったと言っています」
   「もう止めましょう、こんな下らない遊びは」
 平太郎は立ち上がってこの場を外そうとしたが主人が止め、手で座れと命じて、鷹之助の方に顔を向けて言った。
   「それを、あんたはんの推理ではなく、定吉が言っているのやという証が知りとうございます」
 鷹之助は、待っていたとばかりに承諾した。
   「よろしいです、まず権爺に手を下した男を、私の心霊術で平太郎さんの胸の内から探ってみましょう」
 新三郎は、既に先程から平太郎に憑いていたのだ。
   「分かりました、平太郎さん、あなたの脳裏に地回りごろつきの玄五郎という男を思い浮かべましたね」
   「知らない、知らない、そんなヤツは」
   「平太郎さん、そうは言いながら、玄五郎が権爺の胸を刺す場面を思い浮かべて身震いしましたね」
   「旦那さん、この人が言っていることは、みんな口から出任せでっせ」
   「そうとは思えまへん、それに平太郎、お前は定吉が借金をしていたように言いましたんやが、定吉は酒も博打も女に貢いだりもしてまへん、これはお奉行さまにも何度も訴えましたが、聞いてはくれませんでした」
   「相模屋さん、お奉行のことは、私からご老中に申し上げる積りです」
   「そんな手立てがお有りですか?」
   「はい、あります、いくら人が裁くことだからと言って、定吉さんは余りにも匆々に裁かれ、処刑されてしまいました」
   「定吉は、真面目で働き者だした、将来を楽しみにしておりましたのに…」
 相模屋長兵衛は、そっと目頭を薬指でそっと押さえた。定吉の無念を推量って、居た堪れない気持ちになったのである。

 平太郎の胸の内から玄五郎の名を引き出せたので、鷹之助は白を切り通す平太郎を捨てて、玄五郎を吐かせようと考えた。相模屋長兵衛の心も掴んだようであるし、ここは早々に辞することにした。


 真っ昼間というのに、若い五人のならずものが集っている。その中心で若い町娘が今にも泣きそうな顔をして立っている。
   「ちょっと行って、あの娘を助けて来やす」
 新三郎が正義感を出した。鷹之助が暫く見ていると、縞の合羽に三度笠、腰に長ドス落し差し。嫌が上にもそれと知れる旅鴉のおあにいさんの登場である。

   「待ちねえ、そこの娘さんが嫌がっていなさるではござんせんか」
   「お前何者や、わいらに文句あるのか?」
   「おいらかい? おいらは小山(おやま)の鹿次郎、任侠道をまっしぐら、弱い者が苛められるのを見れば放っておけねえ真っ直ぐな性質でござんす」
   「喧しい、こいつを黙らせてから、女と遊んでやろうや」
   「おいらは、てめえらに黙らせられるような甘ちゃんじゃねえ」
   「痛い目に遭わされて、泣きっ面をかいても堪忍しねえで」
 新三郎は娘を助けることの他、もう一つ目的があった。
   「やい玄五郎、おいらのこの胸が、お前に一突きできるか?」
 玄五郎は、いきなり名を呼ばれて驚いた。
   「何でわいの名を知っているのや」
   「お前だろ、金貸しの権爺を殺ったのは」
   「何を言いやがる、寝言はあの世で言いやがれ」
 玄五郎は、ドスを左右に振りながら、鹿次郎に向ってきた。向ってきたドスをチャリンと横に逸らすと、わき腹を蹴り上げた。
   「やりやがったな、あの世に送ってやるで」
 四人が束になって鹿次郎に飛び掛ってきたのを、長ドスの鞘で一人は手首を払い、一人は肩を、一人は背中を、長ドスをくるりと回すと、柄頭(つかがしら)最後の男は鳩尾を突かれて倒れた。
   「覚えておけ」
 五人が捨て台詞を残して逃げて行ったあとに、三度笠の男と町娘が残った。娘が男に礼をいっているのだが、男はキョトンと立ち尽くすばかりであった。

   「あの鹿次郎という男、新さん知っている人ですか?」
   「知りやしません、小山の鹿次郎という名も、あっしの口から出任せです」
   
 だが、鷹之助は玄五郎の顔を覚えた。新三郎の機転で知ることが出来たものだ。早速、明日にでも玄五郎に揺すぶりをかける積りである。

 日を改めて、鷹之助は町に出た。ならず者が屯(たむろ)していそうな場所で玄五郎を探した。探し回ること半刻、水茶屋の店先で五人揃って何なやら相談をしている。どうせ善からぬ企みを練っているのだろうと、鷹之助は思った。

 鷹之助にすれば、ちょっと勇気が要ったが、新三郎が護ってくれることを意識して、ゴロツキの前に進み出た。
   「私は心霊術師だが、この中に死相が浮かんでいるものが一人います」
   「死相だと、それは誰や」
   「そちらの玄五郎と申す男です」
 いきなり名を呼ばれて、玄五郎は驚いた。前にも見知らぬ男に名前を指され、またしても名指しである。
   「わいはこんなに元気や、何で死ぬのや?」
   「役人に捕らえられて奉行所で裁かれ、磔(はりつけ)獄門になります」
   「何の咎(とが)や」
   「この場で申しても良いのですか?」
   「ああ、言ってくれ、わいが何をしたというのや」
   「人殺しです、金貸しの権爺を、相模屋の番頭平太郎に頼まれて殺害した罪です」
   「誰から聞いたのや、平太郎が吐きよったのか?」
   「私は心霊術師です、濡れ衣を着せられた定吉さんと権爺の霊から聞きました」
   「嫌や、嫌や、わいは、平太郎に殺らせられたのや、磔なんかで死にとうない」
   「人ひとりの命をとっておいて、身勝手過ぎやしませんか」
   「平太郎から小遣いを貰っていた手前、断れなかったのや」
 仲間四人は、関わり合いたくないとばかりに逃げていった。
   「玄五郎さんが自訴して、何もかも洗い浚い白状すれば、島送りで済むかも知れません」
   「もし、自訴しなかったら?」
   「私が恐れながらと訴え出て、我が霊力を以って玄五郎さんと平太郎を処刑台に送ってあげます、そうれば、磔どころか火あぶりか釜茹での刑かも知れません」
   「自訴します、わいを奉行所へ連れて行ってくれ」

 東町奉行所では、既に裁かれたとして突っ放そうとしたが、老中の声が掛り、再吟味される事となった。玄五郎は包み隠さず事実を述べ、潔(いさぎよ)しとして罪一等が減じられ、離島へ島流しとなった。また、平太郎は玄五郎を教唆(きょうさ)したとし、また偽証により罪なき定吉を処刑に追いやった罪で、市中引き回しのうえ磔獄門となった。
 この後、奉行の裁きにも手落ちがあったと老中に指摘されて、奉行はひっそりと引退した。

 
 ある日、鷹塾に相模屋長兵衛がお菜香と四・五歳の少年を連れてやってきた。
   「この度は、定吉の濡れ衣を晴らして戴き、有難う御座いました」
 お菜香は、出家して生涯を定吉の供養に捧げると言うのを長兵衛が引き止め、定吉の温もりが残る相模屋の店で働くことになった。
 少年もお店に奉公させて、何れは暖簾を分けてやるのだと長兵衛が語った。
   「そこで鷹之助さんにお願いがおますのやが、この子を鷹塾に入れて戴けませんか?」
   「私も塾生の身、八つ刻(午後1時から3時)だけの勉強ですが、それで宜しければお寄越しください」
   「それで結構です、謝儀は如何ほどで…」
   「謝儀は戴きません、月並銭として十六文頂戴しております」
   「それで宜しいのですか?」
   「払えない子も居ます、戴けるなら有り難いことです」 
 長兵衛が、少年を紹介した。
   「この子は、定吉の弟で、三太といいます」
 三太という名に、鷹之助が反応した。同時に、新三郎も興味を示した。
   「鷹之助さん、どうかされました?」と、怪訝がる長兵衛に、
   「はい、私が尊敬している兄の幼称も三太でしたので、つい懐かしく…」
   「お兄さんは、どうかされましたんか?」
   「いえ、元気過ぎるくらい元気で、藩士として主君をお護りするほか、医者も勤めております」
   「そうでしたか、この三太も、お兄さんに肖(あやか)って、立派な商人になって貰いたいものです」
 長兵衛に「挨拶を…」と、言われない先に、三太はピョコンと頭を下げた。
   「定吉兄ちゃんの濡れ衣を晴らしていただき、有難うござました、両親も兄弟も、喜んでいました」
 なんと、はきはきした子供だろう、この子はきっと兄上のように強く賢くなるだろうと、鷹之助は感じずにいられなかった。
 新三郎も然りである。いずれこの三太と供に行動する日が来る予感に魂が震えた。

   「いつからでもいいから、都合が付いたらいらっしゃい」
   「はい、宜しくお願いします」
 小さいのに、背筋をピンと伸ばしてお辞儀をする三太を、長兵衛は目を細めて見ていた。

  第十九回 嘯く真犯人(終) -次回に続く- (原稿用紙16枚)
 
「佐貫鷹之助リンク」
「第一回 思春期」へ
「第二回 鷹之助の許婚」へ
「第三回 深夜の盗賊」へ
「第四回 矢文」へ
「第五回 鷹之助男難」へ
「第六回 鷹之助女難」へ
「第七回 三吉先生のお給金」へ
「第八回 源太の神様」へ
「第九回 お稲,死出の旅」へ
「第十回 断絶、母と六人の子供」へ
「第十一回 涙の握り飯」へ
「第十二回 弟に逢いたい」へ
「第十三回 お鶴の嫉妬」へ
「第十四回 福の神」へ
「第十五回 沓掛の甚太郎」へ
「第十六回 怒りの霊力」へ
「第十七回 ねずみ小僧さぶ吉」へ
「第十八回 千日墓地の幽霊」へ
「第十九回 嘯く真犯人 ...」へ
「第二十回 公家、桂小路萩麻呂」へ
「第二十一回 人を買う」へ
「第二十二回 天神の森殺人事件」へ
「第二十三回 佐貫、尋常に勝負」へ
「第二十四回 チビ三太一人旅」へ
「第二十五回 チビ三太、明石城へ」へ
「第二十六回 チビ三太、戻り旅」へ
「第二十七回 源太が居ない」へ
「第二十八回 阿片窟の若君」へ
「第二十九回 父、佐貫慶次郎の死」へ
「最終回 チビ三太、江戸へ」へ

次シリーズ「チビ三太、ふざけ旅」へ


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