雑文の旅

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猫爺の連続小説「佐貫鷹之助」 第八回 源太の神様

2014-03-20 | 長編小説
 今日も無事に鷹塾の勉強を終えた。
   「お鶴ちゃん、今日は三吉さんの家に行くから、一緒に出ましょう」
   「はーい、先生待っています」
 三吉が鷹之助の助手になって一ヶ月になる。約束通り、給金の百文を母親に手渡すためだ。三吉に渡せば良いのだが、これが元で三吉が悪童の恐喝に遭ってはいけないと思うのだ。
 お鶴のお喋りが耳に快く響く。鷹之助は、終始聞き手にまわった。暫く歩くと、道の傍(はた)で蹲(うずくま)っている六・七歳の男の子が鷹之助の目に入った。涙をぽろぽろと落とし、道が乾燥して白っぽくなった土を赤茶色に染めている。
   「あっ、三吉ちゃんのすぐ下の弟、源太ちゃんや」
   「本当だ、どうしたのだろう」
 鷹之助は、源太に声を掛けたが、黙ったまま泣いていた。
   「おっ母ちゃんに、叱られたのかな」
 返事が無い。お鶴が優しく肩を抱いたが、激しく振り払った。
   「先生、丁度源太ちゃんの家へ行くところなのだ、一緒に帰ろう」
 無言である。
   「そうか、家へ帰るのが嫌か、それとも先生と一緒に帰るのが嫌か」
 ようやく、源太は鷹之助の顔をちらっと見たが、また下を向いて黙りこくる。このまま、放って行くことが出来ない。鷹之助は、新三郎に頼んだ。
   「何があったのか、記憶を手繰ってください」
   「へい、あっしの出番と心得ておりやした」
 少し刻(とき)が流れて、新三郎が戻ってきた。
   「大店の倅、太郎吉という餓鬼大将に、こっ酷く苛められたようです」
   「そうか、そう言えば唇から血が出ているようだ」
   「着物の下に、痣ができているようですぜ」
   「そうか、何故苛められたのだろう」
   「遊び仲間に入れてもらおうと近づいて、貧乏人の子とは遊ばない と言われたようです」
   「そうか、それで傷の痛みよりも、悔し泣きをしているのだな」
 鷹之助は、源太と向き合った。
   「先生はねェ、皆には言っていないが、占い師なのだ」
   「-----」
   「源太ちゃんのこと、何でも分かってしまうのだ」
   「何でも」
 漸く、口を開いた。
   「源太ちゃんを苛めたやつの名前は、太郎吉だよね」
   「うん」
   「殴られたり、蹴られたりしたけど、それより貧乏人の子だといわれて退け者にされたのが悔しいのだね」
   「うん」
   「そうか、少し私の義理の兄上の話をしてもいいかな」
   「うん」
   「兄上は、江戸の貧乏な町人の家に生まれたのだ」
 四歳の時に、親に捨てられて、ゴミ箱の中の食べ残しなどを拾って食べ、命を繋いでいた。鷹之助の一番上の兄が、団子屋の床机に腰をかけて団子を食べていたところ、腹を空かした三太という子供に盗られてしまった。一番上の兄は、その子が気掛かりになり、後を追っていくと、寺の本堂の縁の下へ逃げ込んだ。兄が声をかけても警戒して返事をしなかったが、ある日、気になってお寺へ行ってみると、その子供が熱を出して呻いているところだった。兄上は、お寺の住職に頼み込んで本堂の空気孔開けてもらい子供を救い出した。その三太という子供が、今では鷹之助の兄となり、父の跡を継いで武士になったと話して聞かせた。
   「おっ父は貧乏人だけど、俺達のことを捨てたりはしない」
   「そうだなぁ、お父さんは、懸命に働いて、子供達を育てているのだ、貧乏人と言われて悔しがっていては、お父さんに申し訳ないだろ」
   「うん」
   「源太を苛めた太郎吉は、家は裕福だろうが心は貧しいね」
   「こころが貧しいって」
   「周りの人の気持ちや痛みを考えることの出来ない人のことなのだ」
 お鶴が、家に傷の薬や、打ち身に良い膏薬があるからと、源太の手を引いて連れていった。お鶴は手当てをしてやると、母に頼んで金平糖を貰い、紙に包んで源太に渡してやった。
 今までもしばしば苛められていてことを、源太は両親にも、兄の三吉にも言っていない。このままにしておくと、また太郎吉に苛められるであろう。足を延ばして太郎吉の親に逢って、一緒に考えてもらおうと鷹之助は店先に立った。

   「主人は私で御座いますが、どなたはんですやろ」
   「私はこの近くに住む源太という子供の知り合いで、佐貫鷹之助と申します」
   「お侍はんが、何の御用でおます」
   「実は、源太が当家の太郎吉さんに苛められて悩んでおります」
   「家(うち)の倅が、その源太と言う子に、怪我でもさせたのですかいな」
   「はい、殴るの、蹴るのと、痛めつけられております」
   「うちの子がやったという証拠でもあるのですか」
   「源太はそう申しております」
   「ふん、どうせ金でもせしめようと仕組んだ芝居ですやろが、その手は食いまへん、帰っておくなはれ」
   「金を貰いに来たのではありません、虐めを受けた子の苦しみを知って貰って、注意のひとつでもして戴けたらと思いまして」
   「その子の親は何にも言うて来まへんのに、何であんさんにガタガタ言われんとあきまへんのです」
   「ガタガタって、苛められる子にとっては、たいへんなことなのですよ」
   「あー、もう煩い煩い、十文あげますさかい、帰っておくなはれ」
   「ちっとは、真剣に考えでみてくれませんか」
   「帰れ、かえれっ、店の衆、この強請(ゆす)りに来た男を、追い出しとくなはれ」
 流石の鷹之助も、強請りと言われて頭にきた。これだけ穏やかに話しをしようとしているのに、金がどうのと業突く張りめと、憤慨して自ら店を出た。その怒りを、新三郎が感じない訳がない。
   「鷹之助さん、あの親子は、あっしが懲らしめてやります」
   「新さん、あまり手荒なことをしないでくださいよ」
   「へい、わかっていますがな」
   「ますがなって、新さんに上方弁がうつったようですね」
   「いいえ、態(わざ)とです」

 夜も更けて、帳簿の書き込みや、銭勘定を終えた太郎吉の父親が、布団に入ろうとして行灯を開けて油杯の火を「ふっ」と消した途端に、この世のものとは思えぬ声が聞こえたような気がした。
   「わしは、貧乏神じゃ、今夜からお前のところへ来ることにした」
   「誰や、こんな悪さをするのは」
 店主、隣部屋の襖を開けてみるが、誰も居ない。反対側の襖も開けるが誰も居ない。
   「えーっ、嫌です、漸(ようや)くここまで大きくした店です、堪忍しておくなはれな」
   「お前、昼間に来た若い男を、何者だと思って邪慳(じゃけん)に帰した」
   「えっ、何者でおます」
   「わしよりズーッと高位の児童神様じゃ」
   「へっ お地蔵様で」
   「違う、弱い子供を護る児童神様じゃ」 
   「そんな神さん、聞いたことがおまへん」
   「聞こうが聞くまいが、神の国のことである、児童神様の怒りがどれ程のものか、これから知ることに成るだろう、わしがここへやってきたのも、児童神様の思し召しじゃ」
   「児童神さんに、お詫びをすれば良いのですやろか」 
   「もう、遅い」
   「貧乏神さん、わたいが許しを乞うとったと伝えておくなはれ」
   「もう遅いと言っておる、それ、お前の倅に疫病神がとり憑いたようじゃ」
   「えーっ、それはえらいこっちゃ」
   「早く行って、金に任せて朝鮮人参を山ほど買ってきなさい」
 深夜に、太郎吉が熱を出した。新三郎は、この家の主人に憑く前に、太郎吉が反省していないか確かめる為に太郎吉に憑いた。その折に体調の異変に気付いた新三郎であった。
   「貧乏神さん、本当だした、倅は苦しんどります」
   「そうであろう、朝鮮人参を一斤(600g)ほど煎じて飲ませてやればどうだ」
   「それで良くなるなら、三百両でも四百両でも出します、疫病神さんが居座っている間は、朝鮮人参でも治らんのと違いますか」
   「ほほう、よくわかっておるのう」
   「早いとこ祈祷師を呼んで、お払いして貰います」
   「馬鹿め、人間の祈祷師ごときに疫病神が退散させられると思うのか」
 翌日、ご大層な衣装の祈祷師がやって来て、護摩を焚いて祈祷したが、その夜から家族や使用人に次々と病が伝染していった。その疫病は、現在に言う流行性感冒であったに違いない。
   「新さん、太郎吉の家族にいったい何をしたのです 店まで閉めているというじゃないですか」
   「あれは偶然です、あっしの所為ではありませんぜ」
   「そうかなあ、祈祷師まで来ていたそうですね」
   「流行り病ですよ、鷹之助さん、あのお店に行ってはいけませんぜ」
 泣きっ面に蜂とはこのことだろうか、その夜太郎吉のところに盗賊が押し入り、金蔵が破られたのであった。不幸中の幸いで、太郎吉とその家族、使用人に怪我人は出なかったが、店の主は熱に魘されて、さかんに「児童神さん、許しておくなはれ」を繰り返していた。

 それから数日後、源太は兄の三吉に連れられて鷹塾にやって来た。太郎吉はまだ病の床に伏していて遊べないが、他の子供たちが源太と遊んでくれるようになったのだ。
   「間もなく太郎吉の病が治って遊びに出てくると思うが、源太もその子たちも、暫くは太郎吉と遊ばない方が良いのだが」
 鷹之助は、流行り病が伝染するのを危惧したのだ。
   「あっしに任せなせぇ、その子たちの親兄弟に、太郎吉と遊ばせると流行り病が伝染(うつ)ると脅しときます」
   「頼みます、源太は暫く三吉に付いて鷹塾に遊びにくるように説得します」

 源太は鷹塾の勉強に興味を持ったようだ。
   「先生、お兄ちゃんに付いて、毎日ここへ来てもええやろか」
   「いいとも、源太も字を習いたいかい」
 源太は、クリクリっとした大きな目を輝かせて、大きく「うん」と、頷いた。

 第八回 源太の神様(終)-次回に続く- (原稿用紙枚14枚)

「佐貫鷹之助リンク」
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「第二回 鷹之助の許婚」へ
「第三回 深夜の盗賊」へ
「第四回 矢文」へ
「第五回 鷹之助男難」へ
「第六回 鷹之助女難」へ
「第七回 三吉先生のお給金」へ
「第八回 源太の神様」へ
「第九回 お稲,死出の旅」へ
「第十回 断絶、母と六人の子供」へ
「第十一回 涙の握り飯」へ
「第十二回 弟に逢いたい」へ
「第十三回 お鶴の嫉妬」へ
「第十四回 福の神」へ
「第十五回 沓掛の甚太郎」へ
「第十六回 怒りの霊力」へ
「第十七回 ねずみ小僧さぶ吉」へ
「第十八回 千日墓地の幽霊」へ
「第十九回 嘯く真犯人 ...」へ
「第二十回 公家、桂小路萩麻呂」へ
「第二十一回 人を買う」へ
「第二十二回 天神の森殺人事件」へ
「第二十三回 佐貫、尋常に勝負」へ
「第二十四回 チビ三太一人旅」へ
「第二十五回 チビ三太、明石城へ」へ
「第二十六回 チビ三太、戻り旅」へ
「第二十七回 源太が居ない」へ
「第二十八回 阿片窟の若君」へ
「第二十九回 父、佐貫慶次郎の死」へ
「最終回 チビ三太、江戸へ」へ

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