雑文の旅

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猫爺の連続小説「佐貫鷹之助」 第二十三回 佐貫、尋常に勝負!

2014-05-04 | 長編小説
 早朝、鷹塾の外で、声高の女と田路助の遣り取りが鷹之助の耳に飛び込んできた。
   「讃岐高之助どのに逢いに参った」
   「鷹之助さんは、まだ眠っております、ご用件は俺が聞きましょう」
   「そなたでは埒(らち)があかぬ、讃岐を呼びなさい」
 いきなり命令言葉に変わった。
   「せめて、もう半刻後にして貰えませんか」
 更に怒号に変わり、
   「えーい煩い、そなたは引っ込んでおれ」
 白装束に白襷、頭には白鉢巻きをきりりと結んで、腰には白鞘の刀剣を差し、手を添えている。傍らには、同じく白装束の七・八歳の男児が健気に口をヘの字に結び、早くも抜き身を煌かせている。白装束は、返り討ちも覚悟の上であるとの意思を示す、死に装束であるのだ。
   「やあやあ、我こそお前に殺された日揮総章(にっきそうしょう)が娘、峻(しゅん)なり」
   「その弟、日揮章太郎」
   「憎き父の仇、讃岐高之助、いざ出て尋常に勝負!」

 鷹之助は、朝の光が眩しそうに目をしょぼつかせながら出てきた。
   「何ですか、騒がしい」
 峻が刀を抜き、鷹之助に向けた。だが、思っていた仇の風体と違っていたらしく、その柔和で丸腰の鷹之助を見て一瞬怯んだようであった。
   「私が佐貫鷹之助ですが、どちらの方ですか?」
   「播磨(はりま)の国は明石(あかし)藩士、日揮総章の名に覚えがあろう」
   「いいえ、ありません、播磨の国へは行ったこともありません」
 弟が姉の袖を引いた。
   「姉上、人違いのようです」
   「そんな訳がありません、確かに讃岐高之助と名乗ったではありませぬか」
   「同姓同名なのでしょう」
 この姉弟、町の占い師に依頼したところ、仇は西の方角一里のところで子供たちを集めて手習いを教えていると言われ、占い賃、銀二分を払った。占いを信じた姉は、惜しげもなく金を払い、西に向うと鷹塾に行き着いたのだ。然(しか)も子供たちに手習いを教えており、捜し求めてようやく辿り着いた仇である。姉は「騙されてなるものか」と、頑なになっているようである。
   「仇は、父の親友でしょう、この方は随分お若いではありませんか」
 弟が、姉を宥めた。そう言えば、仇の讃岐高之助は、父と同じく四十の少し前である。峻は、はっと気付いてその場に崩れ、土下座をした。
   「真にご無礼仕りました、どうぞお許しくださいませ」
   「私は構いません、それにしても弟どのは冷静でいらっしゃる」
   「姉は、仇を討ちたい一心で焦っております、私からもお詫び申します」
 それにしても、いい加減な占い師の為に翻弄された姉弟が気の毒に思える鷹之助であった。
   「実は、私も心霊占いをやります、良かったらお話いただけませんか?」
 その時、田路助が話に割って入った。
   「お嬢様、どこかお加減が悪いのではありませんか?」
 弟に、姉の額に手を当てるように促した。
   「熱いです、熱があります」
   「やはりそうですか、直ぐに医者を呼びますから、屋敷にお入りになって横になってください」
 姉、峻は、田路助を制した。
   「お待ちください、私達の持ち金は、町の占い師に全部払って、私は無一文です」
 鷹之助が、お峻をたしなめた。
   「難儀の折はお互いさまです、どうぞお気になさらずに田路助さんに従ってください」
 鷹之助は、田路助にこの姉弟のことを任せて、医者を呼びに行って貰い、章太郎と二人で朝餉を摂り、塾へ行く準備をした。
   「私は塾生の身です、休む訳には参りませんので、申し訳ありませんが出掛けます」
   「どうぞお構いなく」
 姉は先程とは打って変わって、弱弱しくそう言った。
   「章太郎さん、田路助さんが医者をつれて戻るまで、お姉さんを看てあげてください」
 「私は昼に戻ります」と言い置いて、姉弟を残し鷹之助は出ていった。

 昼、天満塾の勉強を終えて鷹塾に戻ると、お峻は熱の為にうなされていた。枕元に医者が置いていった薬の袋があり、田路助が煎じて飲ませたのであろう漢方薬の匂いが漂っていた。
   「こんな男臭い屋敷にお峻どのを泊めるわけにはいきません、鷹塾を早い目に終えて、町の養生院へお連れしましょう」
 養生院には、鷹之助の兄緒方梅庵の弟子たちが居る。頼み込んで受け入れて貰おうと云う算段である。

 町駕籠は、鷹之助自身が呼びに走った。途中、馴染みの両替商に寄り、預けてある金の中から銀貨七分と四朱、合計二両を下ろして貰った。
   「困ったときは、お互い様」
 鷹之助は、そう呟きながら辻駕籠を見つけた。
   「二町程行ったところで女の病人を乗せて、引き返して浪花の診療院へ行ってもらう、幾らでやって貰える?」  
   「へい、ちょっと距離が遠いので、二朱は覚悟して貰えまっしゃろか」
   「よしわかった、乗せる所まで案内する」

 駕籠屋のいう通り、距離は長かった。お峻を気遣いながら、日暮れ前には診療院に着いた。
   「私は、水戸の緒方梅庵の弟、佐貫鷹之助と申します」
   「梅庵先生の弟さんですか、これはお初にお目にかかります」
 その若い医者は、緒方建永と名乗った。 
   「病人を診て戴こうと連れて参りました」
   「それはご苦労さまです、今、担架を持って参ります」
 駕籠屋は、一朱と二百文を請求したが、釣りの五十文は煙草銭にと、二朱渡してやった。

 医者は、お峻を診ながら、「かなり弱っていなさる」と、鷹之助の目を見て言った。
   「患者はお峻さん、こちらはその弟君の章太郎さんです」
   「心配なさったでしょう、ここへ来たからにはもう大丈夫ですよ」
 建永は、章太郎にいった。
   「今夜はここでお預かり致します、完全看護ですから、付き添いは要りません」
 鷹之助と章太郎に優しく言った。
   「お兄様はご健勝であらせられますか?」
   「実は、私も暫く逢っていませんが、連絡が無いところを見ると元気でやっているのでしょう」
   「あなたも蘭方医を目指していらっしゃるのですか?」
   「いえ、医者は長兄の梅庵と、次兄の三太郎だけです」
   「あっ、あの三太さんですね、剣の達人ですので長旅も安心だと梅庵先生が仰っておられました」
   「その兄です、今は父の跡目を継ぐべく、上田藩の藩士と医師を兼ねて藩侯にお仕えしております」
   「梅庵先生からお聞きしましたが、三太さんは剛毅なおかたで、波乱万丈の幼少時代を送ってこられたのですね」

 喋っている間も、医師建永の手は患者の脈を取ったり、喉を覗いて記録を取ったりと、忙しく動いていた。
   「どうぞお引取りになって、明日またお越しください」
   「わかりました、ではそうさせて戴きます」
 
 帰路、鷹之助は章太郎に詳しいことを訊いた。

 昨年のことであるが、仲の良い父総章と仇高之助が、些細なことで諍(いさか)いになり、意地を張り合って双方とも剣を抜いてしまった。
 どちらかが冷静になれば、笑って収まったであろうに、つまらぬ武士の自尊心の為に、高之助が総章を斬ってしまった。血迷った高之助は、身分も家族も捨てて、そのまま姿を晦ましたのだった。総章の亡骸を検めたところ、脇腹の深手に加えて、止め(とどめ)を刺したと思える一突きが、心の臓を貫いていた。

 弟章太郎が、まだ幼いとして、昨年は仇討ち免状が藩侯から下りなかったが、今年八歳になったので免状が下り姉と供に仇討ちの旅に出た。父さえも敵(かな)わなかった高之助に、姉弟の腕で適う訳がない。それでも討たねばならない武士の子としての宿命を、章太郎は疑問に思うであった。

   「鷹之助さんも、占い師でしたね」
   「心霊占いと名付けています」
   「仇の居場所を占って貰えませんか?」
   「私は、何の手がかりも掴めなくては、勘で答えたりはしません」
   「どのような手がかりが有ればよいのでしょう」
   「どのような性格でしたか?」
   「子供好きで、私はよく遊んで貰いました」
   「優しい人なのですね」
   「はい、父とも仲がよく、よく酒を酌み交わし楽しそうに語り合っておりました」
   「顔に特徴は?」
   「子供の頃に、竹藪で転び切り株で頬に傷を負いました、その跡が残っています」
   「占いでは分かりませんが、奉行所の同心たちに訊いて貰いましょう」
   「名前を変えているかも知れません、頬の傷だけの手がかりで見付かるでしょうか?」
   「…かも知れません、とも角その辺からやってみましょう、章太郎さんには頑張って貰いますよ」
   「はい、よろしくお願い致します」

 鷹之助は、空き時間を見つけては、東町奉行所の与力、袴田三十郎を訪ねて同心や目明しに訊いてもらった。手がかりは、播州浪人の一人暮らしで、頬に古い傷跡がある。昨年に上方へ来て、子供好きで温和な性格。名は讃岐高之助だが、偽名を使っている恐れがある。
 鷹之助は、西町奉行所にも、東町与力袴田三十郎の名を出させて貰い、訪ねて回った。
   「もしかしたら、あの浪人かも…」
 有力な情報が、西町奉行所の同心から得られた。
   「確か、さぬき…」
 同心は考え込んだが、
   「間違いない、たかのすけと呼ばれていた」
 その浪人の頬の傷は、かなり薄くなってはいたものの、顕著であった。左官や大工の手伝い、日が暮れてのお店(たな)の使い走りや、主人の寄り合いなどに用心棒としてお供をするなど、相手に限らず頼まれたら何でも引き受ける気さくな侍として重宝がられていた。章太郎の言う通り、子供好きで、仕事のないときは、童心に戻って走り回って子供たちと遊んでいた。
 同じ長屋の人達の心も掴んで、信頼される存在であった。追われている様子もなく、讃岐高之助は本名であると言っていた。然も、元は播磨の国明石藩の藩士で、親友と些細なことで喧嘩になり、斬ってしまったのだと常々後悔の念に苛まれているようであるとの情報を得ることが出来た。
 これは、間違いなく章太郎姉弟の仇である。ただ、鷹之助が理解出来ないのは、全て隠すことなく曝け出していることだ。必ず討っ手が差し向けられるに違いないのに、寧ろ自分の在り処を示しているようではないか。
   「姉上の回復の前に、仇討ちとしてではなく、高之助おじさんに逢ってみます」
 章太郎の意思を尊重して、鷹之助が付き添って逢うことにした。

   「章太郎か、待っておったぞ、たった一年で大きく成り申した」
   「おじさんに、父を斬った折のことを訊きにきました」
   「そうか、何もかも明かそう、聞いてくれるか」
   「はい、どんな事でも驚きません」
   「そうか、成長したものだ」
 高之助は、長屋で一人住まいだった。土間に下りると、章太郎に土下座をして謝った。顔を上げると鷹之助を見上げ、「どなたですか?」と、問うた。
   「私は、章太郎姉弟に、あなたと間違えられた、佐貫鷹之助と申します」
   「これは、大変なご迷惑をお掛けしました」

 些細なことから、剣を抜き喧嘩になってしまったが、双方に殺しあう気など微塵もなく、相手の日揮総章も態と外して剣で空を斬った。高之助もその剣を鍔で受け止めようとして、迎いにいった剣が力余って総章の脇腹に食い込んでしまった。
 深い傷に悶え苦しむ総章から、「頼む、とどめを刺してくれ」と頼まれ、詫びて泣きながら左胸を刺してしまった。その場で切腹しようと思ったが、家族のことが脳裏から離れずに、気が付けは出奔していたのだと話した。
 かくなる上は、総章を弔いながら、章太郎の仇討ちを待とうと心に決めて、今日まで生き延びてしまったのだ。
   「仇討ちは、いつでも受けて立つ、決して逃げはしない」
 見ると、狭い長屋に仏壇があり、薄い板に「日揮総章の霊」と、高之助の手書きであろう下手な文字で書かれて、酒が供えてあった。
   「もう、若気の至りとは言えないような歳を引っ提げていながら、取り返しのつかないことを仕出かしてしまった」 
 詫びても詫びきれない様子の高之助であった。

 診療院に寄って、姉の峻に話すと、今直ぐにでも仇討ちに出かけたいようすであった。高之助と逢って訊いたことを話したが、峻は憤りを堪えきれないように言い放った。
   「私達を女子供だと思って侮っているのでしょう」

   第二十三回 佐貫、尋常に勝負!(終) -次回に続く-  (原稿用紙17枚)

「佐貫鷹之助リンク」
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「第二回 鷹之助の許婚」へ
「第三回 深夜の盗賊」へ
「第四回 矢文」へ
「第五回 鷹之助男難」へ
「第六回 鷹之助女難」へ
「第七回 三吉先生のお給金」へ
「第八回 源太の神様」へ
「第九回 お稲,死出の旅」へ
「第十回 断絶、母と六人の子供」へ
「第十一回 涙の握り飯」へ
「第十二回 弟に逢いたい」へ
「第十三回 お鶴の嫉妬」へ
「第十四回 福の神」へ
「第十五回 沓掛の甚太郎」へ
「第十六回 怒りの霊力」へ
「第十七回 ねずみ小僧さぶ吉」へ
「第十八回 千日墓地の幽霊」へ
「第十九回 嘯く真犯人 ...」へ
「第二十回 公家、桂小路萩麻呂」へ
「第二十一回 人を買う」へ
「第二十二回 天神の森殺人事件」へ
「第二十三回 佐貫、尋常に勝負」へ
「第二十四回 チビ三太一人旅」へ
「第二十五回 チビ三太、明石城へ」へ
「第二十六回 チビ三太、戻り旅」へ
「第二十七回 源太が居ない」へ
「第二十八回 阿片窟の若君」へ
「第二十九回 父、佐貫慶次郎の死」へ
「最終回 チビ三太、江戸へ」へ

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