雑文の旅

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猫爺の連続小説「佐貫鷹之助」 第二十八回 阿片窟の若君

2014-05-21 | 長編小説
 ある日の夕方、三吉、源太兄弟の両親が、源太を連れて鷹之助の許に訪れた。
   「源太が柳生の殿様に頂戴した十両を元手に荷車を買い、夫婦して野菜の行商をすることにしました」
   「それは良いことですね、私も得意客になりましょう」
   「宜しくご贔屓のほどお願いします」
   「はい、それから、三吉さんによく助けられていますので、お手当てを五十文増やして百五十文お払いしましょう」
   「助かります、この通りで御座います」
 両親は手を合わせ、深々と頭を下げた。
   「源太ちゃんには、知らない人には付いて行かないように言ってありますが、ご両親からもよく仰ってください」
   「はい、それはもう…」
 源太は、赤い舌をペロリと出した。

 源太親子が帰ったあと、田路吉が申し訳なさそうに鷹之助に言った。
   「俺、鷹之助さんに伝えるのを忘れていました」
   「何でしょう」
   「午前中に、来客がありました」
   「何方でしょう」
   「木崎佐間之輔さまと仰せに成るお侍でした」
   「私の知らない人ですね、それでご用件は?」
   「鷹之助殿に逢ってお話しますと…」
   「そうですか、それで、次は何時来られるのですか?」
   「夕方には手が空くと申しておきましたので、間もなくかと思います」
   「では、出かけずにお待ちしましょう」
 田路吉は、「しまった」と言う顔をした。
   「お出かけのご予定がおありでしたか」
   「今朝、三太郎兄さんから塾気付で手紙が来まして、最近父のお元気が優れないそうなので、返事をしたためて飛脚屋まで」
   「それは、ご心配どすなあ」
   「医者が付いているので、安心と言えば安心なのですが、私の身を案じての気苦労ではないかと思うと、帰ってやりたい気がするのですよ」
   「お父さまは、お幾つにおなりで…」
   「四十八です」
   「まだ、お若いですね」
   「でも、人間(じんかん)五十年と申しますからね」
   「じんかんって、何どす?」
   「人が人で居られる間のことです」
   「と、申しますと?」
   「仏の教えで、迷える魂は、天界道、人間道、修羅道、畜生道、餓鬼道、地獄道の六つの道を回っているのです、その人間(にんげん)道に居るあいだを人間(じんかん)というのです」
   「迷いの無い魂は?」
   「天界道と人間道を往復するだけです」
   「わっ、それいいですね  
   「殆どの魂は、これですよ」

 入り口で、大きな声がした。
   「頼もう!」
   「頼もうですって、ここは道場ではないのにね」
   「取次ぎを頼むってことですよ」
 
 午前中に来た木崎佐間之輔である。   
   「木崎さま、午前中は失礼致しました、主人鷹之助は戻っておりますので、お上がりください」
   「いやいや、こちらこそお留守中に訪ね申して失礼仕った」
   「私が佐貫鷹之助に御座います」
   「拙者は、旗本納戸方玉出南海之丞(たまでなみのじょう)の家臣、木崎佐間之輔で御座る」
   「ご用件を伺いましょう」
   「玉出家の二十歳になる次男、和秀ぎみが、部屋住みの身を憂えて座敷に篭り勝ちでしたが、十日ほど前から夜遊びを覚えて、日が暮れると屋敷を抜け出し、朝まだ暗いうちに戻るのを繰り返しておりました」
   「大人ですから、惚れた女の許にいらっしゃるのではありませんか?」
   「そう思うのですが、主人がお家の恥になるようなことをしているのではないかと心配されて、拙者に探して来いと命じられたので御座る」
   「ご子息を心配されていらっしゃるのではなくて、お家の心配ですか?」
   「は、いえ、そう言う訳ではないので御座るが」
   「それで、若君が出られた後、門や裏木戸の閂は外されたままですか?」
   「心配になって、夜中に見て回るのですが、何時も閂がかかっているので御座る」
   「若君に塀を飛び越えるような忍者の如き技はお持ちでないと」
   「左様、不思議なことに…」
   「別に不思議ではありませんよ」
   「それは何故に」
   「屋敷の中に、密かに若君を送り出している者が居るってことですよ」
   「なるほど」
   「戻られた時、若君に変わった様子はありませんでしたか?」
   「変わった様子?」
   「袖に白粉が付いていたとか、首筋に紅が付いていたとか」
   「あ、そうだ、下女が若様の長襦袢に漆喰の粉が付いて、洗ってもなかなか落ちないとぼやいて御座った」
   「漆喰の顔料でしょうね、どこかの廃屋に入り込んだのかも知れません」
   「何の為に廃屋などに…」
   「分かりませんが、艶っぽい話ではなさそうですよ」

 鷹之助は、自分が塾生の身であることを話し、夜しか手が空かないので、とにかく今夜屋敷まで一緒に行き、若君の座敷を見させて貰い、直ぐに引返したいと話してみた。
   「どうでしょう、ご主人様は、私が座敷に入ることをお許しになりましょうか?」
   「わからぬが、もし拒むようであれば、この人探しをお断りなされ、拙者がご足労料を払いましょう」
  
 座敷を見るというのは、相手の出方を見るということで、座敷を見ても何も分かる筈がない。むしろ、手引きをした者を突き止めたいのだ。ここは、新三郎の出番である。

 若君の行方を占う心霊占い師と紹介されて、和秀の部屋に通された。鷹之助は犬のように嗅覚を研ぎ澄ましたところ、微かではあるが林檎のような匂いを嗅ぎとった。
   「もしかしたら…」
 鷹之助の脳裏を、不吉な思いが通り過ぎた。芥子(けし)の種ではなく、未熟な実の部分から抽出された液を精製して固められたものを阿片と呼び、これは麻薬である。鷹之助は塾で実物を見たことがある。医薬品として痛み止めに使用されるが、乱用すると中毒になり、やがて廃人になると習った。あの匂いである。

 鷹之助は、こっそりと木崎佐間之輔にだけに若君が阿片に溺れている疑いがあることを伝え、一刻も早く救い出さねばならないかも知れぬと付け加えた。
 まず、下男下女を座敷に集めて貰い、順次、彼等の記憶を新三郎に探って貰った。
   「鷹之助さん、この中には居ませんや」
   「そうですか、ではご家来衆に順次来て戴きましょう」
 やはり、若君を手引きした者は居なかった。
   「木崎さん、ご家来衆はこれで全員ですか?」
   「一人、鷹之助どのがおいでになった直後、気分が悪いと離れに床をとって寝ている者がいます」
   「そうですか、では私が離れのご病人を見舞いましょう」

 新三郎が、病人に憑くと、やはり仮病と分かった。
   「手引きした者は、コイツですぜ」
 一ヶ月前に、若君を連れ出して阿片窟に連れて行ったのも、この家来であった。
   「ちょっと気晴らしにやってみませんかと気軽に誘い、若君も気軽に付いて行ったようです」
   「その場所は?」
   「口入れ屋千草の寮で、町から少し離れた場所にある元お武家の古屋敷らしいです」
 木崎佐間之輔に伝えると、千草屋の寮なら、幾度か前を通ったことがあるので「今から直ぐに行ってみましょう」ということになった。


 玉出のお屋敷を出て、然程遠くもない場所であった。

   「ここが阿片窟のようです、用心棒が沢山居るかも知れません、うっかり踏み込めませんね」
   「せめて、若君が居ることを確認できればよいのでござるが」
   「私が透視するにも、若様の顔を知りませんが」
   「若君は、額に黒子があります」
   「そうですか、では透視してみましょう」
 木崎が急に止めた。
   「鷹之助どの、人が来ます、一先ず隠れましょう」
 鷹之助には、それが好都合であった。その人に新三郎が憑いて中に入れるから、うっかり朦朧としている客にとり憑く虞はないからである。

   「鷹之助さん、居ましたぜ、額に黒子がある若侍が…」
 鷹之助は、恰(あたか)も透視で見えたように振舞った。
   「木崎さん、若様が居ます、今踏み込みますか、それとも明朝役人を連れて来ますか?」
   「役人に知らせると、お家の恥になります、と言って多勢に無勢、ここは引き揚げて、主君と相談して決めようと存ずる」

 木崎に、「占い料は」と訊かれたが、商売でやっている訳ではなく、そうかと言って、夜間に引っ張り出されて食事もしていない。
   「若様が無事で帰られ、中毒症状が落ち着きましたら、如何程でも構いません、お心を頂戴しましょう」

 
 その後、一ヶ月ほどして、木崎佐間之輔が鷹之助の許にやって来た。主君と話し合い、やはり犯罪から目を瞑ってはいけないと、奉行所に届け、翌日の夜に与力ほか二十人の捕り方と供に阿片窟に踏み込んだと言う。
 若君の和秀は、その症状が軽かった為、玉出家にお預けという名目で帰宅を許され、他の客は、罪には問われなかったものの、阿片中毒患者専門の牢つきの養生所へ送られた。それと知りつつ寮を阿片窟に貸した千草屋の店主は追放刑を受け、お店は欠所となった。また、若君を誘い込んだ玉出の家来は、五年の遠島となった。

   「占い料として、主君から二十両を預かって参ったが、これで我慢して戴けましょうか?」
   「そうですか、では遠慮なく十両頂戴します、あとの十両は、木崎さまのお働きの代価としてお取りください」
   「そのようなことをすれば、主君に叱られ申す」
   「では、屋敷へ行って、私がお殿様にお願いしましょうか?」
   「いえ、そんなにまでして戴いては、却ってご迷惑でござろう」
   「では、黙って収めてください」
   「申し訳御座らぬ」
 木崎は、「自分にできることがあれば、声を掛けてくだされ」と、言い残して、主君の許へ帰って行った。

   「新さん、有難う、また儲かっちゃいました」
   「いやいや、それにしても、三太郎さんと同じで、鷹之助さんもお人よしですなあ」
   「何が?」
   「二十両貰っておけばよいものを」
   「いえ、これでまた友人が増えたではありませんか」
   「それはまあ、そうですが…」

  第二十八回 阿片窟の若君(終) -次回に続く- (原稿用紙14枚)


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