雑文の旅

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猫爺の連続小説「佐貫鷹之助」 第四回 矢文

2014-03-09 | 長編小説
 鷹之助は夢を見た。
   「鷹之助、鷹之助、母の小夜です」
   「あっ母上、どうしてここへ お伴はどこですか」
   「母は、鷹之助にお別れに来ました」
   「母上、どちらに参られるのですか」
   「母は、あの世とやらに行きます」
   「いけせん、どうぞ行かないでください」
   「間もなく、お迎えが参ります」
   「付いて行ってはなりません、鷹之助のために生きてください」
 鷹之助は目が覚めた。枕がぐっしょり濡れていた。
   「新さん、新さん、私は不吉な夢をみました」
   「分かっています、鷹之助さん落ち着いてください」
   「母上に、何かあったに違い有りません」
   「あっしも、そう思います」
 鷹之助が危機に陥ったときは、三太郎が鷹之助の死ぬ夢を見た。この義兄弟には、霊官能が備わっているに違いない。これを、ただの夢だと無視する訳にはいかない。新三郎は、信濃の国まで様子を見に行ってみようと思った。
   「新さん、お願いです、そうしてください」
   「夜が明けてもあっしが戻らないかも知れませんが、鷹之助さん、気をつけてくだせえよ」
   「でも、天満塾へ行くのを休む訳にはいきません」
   「寄り道をしないで、知らぬ人から飴玉を買ってやると言われても付いて行ってはいけませんぜ」
   「付いていきませんよ、飴玉くらいで」
   「飴玉くらいって、お金をやると言われたら付いて行くのですか」
   「額にもよります」
   「じゃあ、あっしは信濃の国へは行きません」
   「あっ新さん、嘘です、付いて行きませんから許してください」
   「鷹之助さん、本当に母上のことを案じているのですか」
   「新さんが、飴玉なんて言うから悪いのに…ぶつぶつ」
   「やっぱり、行くのやーめた」新三郎が拗ねた。
   「ごめんなさい、ごめんなさい、私が悪いのです」
 新三郎は、見知らぬ旅人を継いで佐貫三太郎の元へ飛んだ。
   「三太さん、三太郎さん、あっしです」
   「あ、新さん、鷹之助になにかあったのですか」
   「いいえ、鷹之助さんは元気です」
   「ではどうしたのですか」
   「鷹之助さんが、不吉な夢を見たのです」
   「夢だけで新さんをよこしたのですか」
   「母上が亡くなる夢です」
   「母上は元気でお休み中ですよ」
   「あなたがた兄弟が見る不吉な夢は、予知めいています」
   「そう言えば、そうですね」
 三太郎も、心当たりがある。もしかしたら、母上に災難が降りかかるのかも知れないと思った。
 翌日、小夜は「糸を切らしたので町まで買い物に行く」と言い出した。
   「母上、それなら使用人に行かせたらよいではありませんか」三太郎が止めた。
   「いいえ、他にも用があります」
   「では、私が付いて行きましょう」
   「結構よ、女のお買い物に息子を連れて行くなんて恥ずかしい」
   「そうですか」
 仕方が無いので、三太郎は鷹之助が気掛かりであったが、新さんに憑いていって貰うことにした。
   「新さん、母上は頑なな人だから、言い出したら聞かないのですよ」
   「はい、あっしがお伴します」
 小夜は思っていた。久しぶりに三太郎と二人でお買い物なんて、楽しかったに違いない。断って惜しいことをしたと、後悔もしていた。
 しばらく行くと、「無礼者」と叫ぶ間もなく、目と口を塞がれ縛り上げられてしまった。用意してあった駕籠に押し込まれると、やがて人の声も聞こえない、寂しい山道に差し掛かった気配を感じていた。
   「奥さん、大丈夫ですよ、あっしは佐貫三太郎さんの守護霊です」
   「わたくしが思うことを、あなたは分かるのですか」
   「はい、声を出す必要はありません」
   「この人達は、わたくしをどうする積りなのでしょう」
   「まだ、分かりません、暫く大人しくして、三太郎さんが来るのを待ちましょう」
 半刻も移動に費やしただろうか、山の中で下ろされた。駕籠を担いでいた二人と、頭らしい男の三人だけであった。
   「奥方、大人しくしていてください」と、目隠しと猿轡を外した。
   「いまに旦那の月影兵庫之介どのが助け来られるでしょう」
 小夜は、自分が上田藩士の月影兵庫之介の妻と間違えられているのに気付いた。
   「月影殿が来たら、我が兄の恨みを晴らします」
 妻を餌に、月影兵庫之介を誘き寄せ、矢で討ち果たす積りらしい。
   「守護霊殿、わたくしは隣の月影殿の妻と間違われているようです」
   「その様ですね、月影殿を討ち果たしたら、奥さんも殺されましょう」
 月影兵庫之介といえば実直な方、あの人が他人に恨まれるなんて、小夜には考えられない。月影殿の奥方とも親しくしているが、誠実な方である。小夜は「これは何かの間違い」だと思った。
 刻を経て、月影兵庫之介の屋敷に、矢が打ち込まれた。矢柄には文が結びつけられていた。文には、「奥方の命が惜しくは、独りで西山中腹にある無人寺、証福寺に来られたい」と、記されていた。
   「あなた、これは悪戯でしょうか」
 月影兵庫之介が広げた文を、妻が覗き込んで言った。
   「悪戯にしては、矢が子供の玩具ではない」
   「誰かと間違われたのでしょうか」
   「そのようじゃ」
   「もしや、お隣の佐貫様の奥様が捕らわれているのではありませぬか」
   「ふむ」
 月影兵庫之介は、文をもって佐貫の屋敷に問い合わせにいった。やはり、奥方が買い物に出かけたまま帰らぬと騒いでいた。
   「そうで御座ったか、拙者も捕り物に関わるので、多くの者から恨まれることもあり申す」と、佐貫慶次郎が言うと、
   「拙者も、そうで御座る」と、月影兵庫之介。
 二人の会話に全てを悟った三太郎が、「私が助けて参ります」と、乗り出した。敵が何人かわからないので、捕り方の人数が揃うまで待てと慶次郎が言ったが、「母上が気掛かりなので先に向かいますから,捕り方は後から来るように手配してください」と言い残して発とうとしたら、啓次郎の声が後を追った。
   「敵は弓矢を使うぞ、心して行きなさい」
   「お任せください」
 三太郎が証福寺に向かって山道を登って行く頃。日が傾き始めた。山道の途中に道が二つに分かれて、右の道に「証福寺」と刻まれた道標が立っていた。右の山道をとり、間もなく小さな寺の屋根が見えた。どこからか、矢が飛んでくるに違いない。三太郎の警戒心が極度に達する。早くも抜刀したのがその証である。
   「相手を確かめずに射てくるだろう」
 その時、「ザワッ」と、笹ずれの音がした。音がした方に剣を構えると、矢ではなく声が飛んできた。
   「月影兵庫之介、独りでよく来たな」
 三太郎は答えなかった。
   「お前の目の前で、女房を八つ裂きにしてやろう」
   「貴様は何者だ」
   「拙者か、拙者は貴様に捕らえられて獄門に送られた相良宗一郎の弟、相良駿輔である」
   「相良宗一郎は、盗賊の頭であったと聞き及んでおるが」
   「何を他人事のように、貴様が兄を陥れたのではないか」
   「陥れた」
   「そうだ、兄は何も知らなかった」
   「無実の罪だったと言うのか」
   「そうだ、盗賊の頭は、この俺だ」
   「相良宗一郎は、白状したと聞くが」
   「よくも、いけしゃあしゃあとぬかしたな、貴様が拷問にかけて無理やり言わせたのであろうが」
   「それは違うと思う、相良宗一郎は弟が盗賊の頭だと知って、お前を庇ったのだ」
 弟が盗賊と知れれば、自分も身分を剥奪されて家財没収の上浪人となって恥を曝すことになる。相良宗一郎は、同じ恥を曝すのであればと、死を選んだのであろうと、三太郎は言った。
   「喧しい、早く寺に入り、女房の最期を見届けてやれ、矢尻が貴様の方に向いていることを忘れるなよ」
 寺の建物に入るまでは、矢が飛んでこないことを三太郎は確信した。寺の本堂を見ると、柱に母小夜が縛られて、三太郎の姿を見つけて「ほっ」としたような表情になった。
 三太郎が本堂に入ると、矢を番えた男が三太郎の直ぐ後ろに迫って来た。その時、男は「おっ」と言う声を漏らした。
   「違うぞ、こやつ月影兵庫之介ではない、身代わりを立てよったな」
   「馬鹿め、それは違うぞ、お前達が間違えて拉致したのだ」
   「では、この女はお前の女房であったか」
   「そうだ、拙者の女房… まっいいか」
   「仕方が無い、口封じだ、二人とも殺っちまえ」
 剣は先ほどから抜いていた三太郎は、弓を番えた男の右へ飛んだ。剣を持つ腕をいっぱいに伸ばして、下から上に弧を描いて弓の弦を切り、そのまま剣は半円を描き、母に寄る男に投げつけた。
 剣は男の肩に当たり「ぎゃっ」と声を上げて仰け反った。
  三太郎は駆け寄り男の肩から剣を抜くと、弓を持つ男に血のついた切っ先を向けた。男は弦の切れた弓矢を捨てて剣を抜き、三太郎に向かって中段に構えたが、もう一人の男が剣を小脇で握り締めて三太郎の後ろから突進してきた。
 三太郎が、ひょいと体をかわすと、そのまま慣性で弓矢を持っていた男に向かった。男は煩そうに刀を払うと、突進していった男はつんのめって前向きに扱けた。それを見た三太郎は、可笑しさを堪えきれずに、大笑いをしてしまった。
 三太郎は、ゆっくりと剣の峰を返し、男が斬りかかってくるのを待った。
 男は、じりじり」と、詰め寄ってくる。そこで三太郎は、剣の切っ先を下げ、わざと隙を見せた。ここぞと斬り込んできた男の剣を、峰で受け止めると、間髪を入れずに切っ先を下げで男の剣を滑らせ、男が前のめりになった隙に剣を外し、男の腰の辺りに打ちつけた。
   「あなた、早く私の縄を切ってくださいな」
   「あっお小夜、お前のことを忘れておった」
   「まあ、薄情な旦那様」
 男達を縛った三太郎は、急いで暮れかかった山を降りることにした。屈んで小夜に背中を向けると、小夜が「何をしているの」と尋ねた。
   「一人で駕籠は担げないから背負って下りるのですよ」
   「わたくしなら大丈夫ですよ、まだ若いのですから」
   「小石に足を取られます、いいから早く負ぶさってください」
 山裾までおりて来ると、捕り方に出会った。
   「敵は三人でした、縛ってありますから、連行してください」
 捕り方が山道に消えると、小夜が言った。
   「折角だから、お姫様抱っこにしてくださる」
   「そうですね、背負っていると、まるで姥捨て山に行くようですからね」
   「まっ、失礼な」

  第四回 矢文(終) -次回に続く- (原稿用紙14枚)


「佐貫鷹之助リンク」
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「第六回 鷹之助女難」へ
「第七回 三吉先生のお給金」へ
「第八回 源太の神様」へ
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「第十回 断絶、母と六人の子供」へ
「第十一回 涙の握り飯」へ
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「第二十一回 人を買う」へ
「第二十二回 天神の森殺人事件」へ
「第二十三回 佐貫、尋常に勝負」へ
「第二十四回 チビ三太一人旅」へ
「第二十五回 チビ三太、明石城へ」へ
「第二十六回 チビ三太、戻り旅」へ
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「第二十八回 阿片窟の若君」へ
「第二十九回 父、佐貫慶次郎の死」へ
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