雑文の旅

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猫爺の連続小説「佐貫鷹之助」 第十二回 弟に逢いたい

2014-03-28 | 長編小説
 鷹塾の昼下がり、天満塾から戻って着替えをしていた鷹之助に、お鶴の声が聞こえた。
   「先生、お客様をご案内してきました」
   「お鶴ちゃん、有難う、お客様は何方様でしょう」
 帯の位置を整えながら、鷹之助が出てきた。
   「私は池田沢井村の百姓、美濃吉で御座います、鷹之助さまでいらっしゃいますか」
 上方訛りも、摂津なまりもない、百姓とは思えぬもの静かで落ち着いた話し方の若い男である。
   「はい、佐貫鷹之助です」
   「鷹之助さまのお噂を伺い、やって参りました」
 鷹之助は内心「それ、来たぞ」と、身構えた。今度は何だ、素行調べか、失せものか。
   「ご用件を伺いましょう」
   「十年前に家出をした弟の消息を知りたいのです」
   「十年間、何の音沙汰もなかったのですか」
   「はい、生きているのか、既に死んだのか、それすらもわかりません」
   「そうですか、それはご心配ですね」
   「当時、弟は八歳で御座いましたが、常々農家の次男は余計ものだと自棄(やけ)のように申しておりました」
   「それが家出の前触れだったようですね」
   「はい、兄の私が早く気付いていれば止めましたものをと、悔やんでおります」
   「当時、あなたは何歳でした」
   「九歳です」
   「それでは無理からぬことではないですか、ご自分を責めるのはお止めなさい」
 引き受けようにも、十年前のこと、何の手がかりもない。とは言え、無碍に断るのは忍びない。
   「新さん、手の打ちようがないですね」
   「こうなれば、鷹之助さんの勘に頼る他はないですぜ」
 鷹之助が黙り込んだので、断わられると思ったのか、美濃吉は懐から二両出して鷹之助に差し出した。
   「これは、弟が戻りました時の用意にと、少しずつ貯めたものです、到底これで済むとは思いません、今後も少しずつ貯めて持って参ります」
   「私は、商売でお力添えしている訳ではありません、これはお返しして、一応ご依頼はお受けしましょう」
   「有難う御座います、もし生きていれば、このまま生涯待ち続けます、死んでいるとわかれば、もう骨を拾ってやる術もありません、弟が残した着物と独楽を祖父母の墓に入れてやります」
   「ところで美濃吉さん、あなたには訛りがありませんが、もともと池田にお住まいでしたか」
   「はい、私は池田で生まれましたが、父母は江戸の新橋に生まれ育ちました」
   「ご両親が、池田に来られた経緯は」
   「父は商家の長男でしたが、新橋の金春(こんぱる)芸者の母と出来てしまい、父親に猛反対されて勘当になってしまったのです」
   「それで、ご親戚を頼って池田に」
   「いえ、行商でもしようと上方へ向ったのですが、三十石船の上で母が病に倒れ、救って家に連れて行ってくれたのが池田の百姓で、子供が出来ない為に夫婦して京の貴船神社へお参りに行った帰りでした」
   「その農家に、あなたのご両親は、夫婦養子として迎えられたのですね」
   「その通りです」
   「あなたには、上方言葉を喋る友達が居なかったのですか」
   「内気なもので、弟とばかり遊んでいました」
   「いまは、お独りですか」
   「妻と娘が一人居ます、弟が戻りましたら、弟夫婦と供に力を合わせて家畜を飼い、畑を耕して生きていくのが私の夢で御座います」
   「出来るだけのことはしましょう、安心してお待ちくださいとは言いませんが、望みは捨てないでください」
 話し込んでいると、子供達がやって来た。
   「ただ今から、子供達の勉強をみてやります、美濃吉さん、今夜のお泊りのあては」
   「ありません、勝手知った田舎道です、日が落ちても帰ります」
   「実は、弟さんについて、もっともっと知りたいので、今夜ここへお泊りになるか、日を改めて泊まりに来てはくれませんか」
   「はい、妻が心配しますので、日を改めて参ります」
   「そうですか、ではそういうことで…」
   「これで失礼します」
   「そうそう、お泊りくださいと言ったものの、夜具が一人分しかありません、ひとつ布団で私と一緒に寝ていただくことになりますが」
   「わかりました、私はその方の経験がありませんので、不調法かと思います、その点お許しください」
   「ん」
 美濃吉は、何度も礼を言って帰っていった。
   「新さん、美濃吉さんが別れ際にいった言葉、あれ何」
   「ははは、鷹之助さん男色家だと思われたのですよ」
   「違うのに」鷹之助、膨れっ面。
   「今度来たとき、お鶴ちゃんを紹介してやりなさい、ちゃんと許婚だと言って」
 二日後の昼下がり、池田から美濃吉がやってきた。背中に担いだ籠に、野菜やら川魚の一夜干し、米まで持ってきた。
   「弟の為です、何でもお話いたします、鷹之助さんの仰せは、何なりとお受けする覚悟も出来ております」
   「美濃助さん、あなたは私を誤解しています、はっきり申しておきますが、私はあなたが想像していることは一切しません」
   「いえ、よく弁えております、どうぞご遠慮なさらずに」
 間もなくおお鶴がやって来た。
   「ご紹介します、私の許婚で、お鶴です」
   「小倉屋の娘、お鶴と申します」
   「こちらこそ宜しくお願いします、鷹之助さんは両刀使いですか」
 鷹之助は新三郎に尋ねる。
   「両刀使いってなんですか」
   「男にも女にも惚れるってことです」
 鷹之助が黙ったので、美濃吉が心配そうに鷹之助の顔を覗き込む。
   「あのねえ美濃吉さん、しまいに怒りますよ」
   「すみません、何か悪いことを申しましたか」
   「私は男色家でも両刀使いでもありません、気分を害しました、どうぞ荷物を持ってお帰りください、弟さんのことは誰か他の占い師にでも訊いてください」
 美濃吉は顔色を変えた。気を利かせたつもりだったのが、鷹之助を怒らせてしまったと気付き、美濃吉は平身低頭謝り続けた。
   「大変失礼してしまいました、お詫びはこの体で償います」
   「また」
 鷹之助は「やーめた」と、立ち上がって、奥へ消えた。お鶴が応対している。
   「あの優しい先生を怒らせるやなんて、あんた、どんな了見です」
   「その積りはなかったのですが…」
 子供達がやって来て、勉強が始まった。
   「先生、三和土(たたき)で土下座している人、どうしたんや」
   「先生を怒らせたんや」お鶴が教える。
   「へえー、先生も怒ることがあるのや」
   「はじめてやなぁ」
   「先生、堪忍してやりぃな、あの人可哀想やん」
 美濃吉の前に走り寄ったのは、三吉であった。
   「し、のたまわく、過ちては改むるに憚(はばか)ることなかれ、やで」
   「私は無学で、意味がわかりません」
   「あのな、過ちをおかしたときは、すぐに改めなさい、遠慮することはないでということなんや」
   「はい、わかりました、ありがとう御座います」
   「分かったのなら、上がって勉強が終わるまで待ってあげて、三和土は冷たいやろ」
 兄三吉の大人びた言動に、弟の源太が頼もしそうに目を細めた。
 子供達が帰っていった後、美濃吉はこころから詫びた。その美濃吉に、鷹之助は気を静めていった。
   「美濃吉さん、弟さんの気持ちが分かったような気がします」
   「弟の気持ちですか」
   「はい、弟さんは、農家の次男の身を憂えて家を飛び出したのではないような気がします」
   「と、いいますと」
   「あなたは、弟さんが大好きでした」
   「兄ですから、当然だと思いますが」
   「あなた方は、兄弟喧嘩をよくしましたか」
   「いいえ、ただ一度も」
   「そうでしょうね、喧嘩しようにも直ぐにあなたが折れて、弟さんの機嫌をとったはずです」
   「はい、そうでした」
   「それがいけないのです」
   「喧嘩をしなくてはいけないのですか」
   「そうです、私の兄は、私の面倒をよく見てくれました、だが、可愛がることはなく、機嫌取りもしませんでした」
   「喧嘩はしたのですか」
   「はい、いつも泣かされていました、親たちも、兄弟喧嘩に干渉しませんでした」
 鷹之助は、子供の頃の兄三太郎を思い出して、続けて言った。
   「当時は兄に憎まれ口も叩きましたが、今は兄を尊敬しています」
   「兄弟仲が良いのが家出の原因ですか」
   「そうではありません、いつも気持ちを抑えていたのが家出の原因だと思います」
 鷹之助は、この弟は突発的に家を飛び出したのではないように思えた。無一文ではあったろうが、ちゃんと計画を立てて家を出て行ったのに違いない。
 親に内緒であるから、無宿者同然である。と、すれば、あてはやくざ渡世に身を置いたのだろう。今では一端の渡世人になっているか、鉄砲玉として親分や兄貴分の罪を被って処刑になったか島送りになっているかである。
   「その辺から、探ってみましょう、弟さん歳は十八歳ですね、お名前は」
   「はい、須馬八です」
   「珍しいお名前ですので、案外早くみつかるかもしれませんね」
   「そうあって欲しいです」
 おとな気なく怒ったりしたので、なんとか見つけてやりたい鷹之助であったが、弟は上方に居るとは限らない。だが、渡世人になっているとするなら、銭を持たずに出たことから上方に居るに違いない。天満塾の休みの日にあわせて、鷹塾も休みとし、朝早くから大坂(今の大阪)の任侠一家を尋ね歩いた。
   「池田の須馬八 聞いたことあるような、ないような」
 鷹之助、顔には出さぬが、一番癪に障る答えである。
 夕暮れ迫る刻になって、漸く良い返事が返ってきた。
   「ああ、あの小僧か、知っとります、二年ほどここで飯炊きを手伝っておりましたが、江戸へ行くと言い残して、ぷいと出て行きました」
   「有難う御座います、十歳までは生きていたのが分かりました、江戸の知り合いに手を回して捜してもらいます」
 江戸の知り合いとは言ったが、鷹之助にそんな知り合いは居ない。ここはまた兄上に頼るしかないと、手紙を認めることにした。
 三太郎から、任侠一家のことなら池田の亥之吉こと福島屋亥之吉に尋ねようと、三太郎の手紙は江戸へ走った。
 亥之吉から、大江戸一家の鵜沼の卯之吉へとわたり、何と須馬八は、大江戸一家の、卯之吉の弟分として、一端の渡世人だと気負っていると言う。
 須馬八に、兄の美濃吉が心配していると伝わると、「そうか、一度帰らねばならかな」と、気の無い返事だったそうである。
   「まだ白無垢の渡世人であるから、凶状持ちになる前に帰っておこうか」
 そんな物騒なことを須馬八は呟いて、卯之吉兄ぃに叱られたようである。


 鷹之助の報告を受けた美濃吉は、泣いて喜んだ。だが、須馬八は、故郷へ戻っても直ぐまた江戸へ向かうだろう。そう思う鷹之助であった。
  第十二回 弟に逢いたい(終) -次回に続く- (原稿用紙枚16)

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