雑文の旅

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猫爺の連続小説「佐貫鷹之助」 第十七回 ねずみ小僧さぶ吉

2014-04-06 | 長編小説
 ある夜、鷹塾の戸口でカタリと音がして、シャリンと何かを投げ込まれた音がしたのを新三郎が気付いた。
   「鷹之助さん、何者かが物を投げ込んでいきやした」
   「執念深い男ですね、江藤俊介は」
   「あの男とは違うようです」
   「何を投げ込んだのでしょう」
 油杯(あぶらつき)を翳(かざ)して見ると、小判が一枚あった。
   「ちょっと追いかけて偵察してきやす」
 新三郎は夜明け近くに戻ってきた。調べてきたのは、親父が植木職で杉松と言い、その三人の息子の長男琢磨である。十二歳の頃までは、親父の手伝いをして、真面目に働いていたが、あるお屋敷の木に登って剪定をしているとき、このお屋敷の奥方が、箪笥の抽斗を開けて小判を取り出し奥に消えたのを見て、スルスルッと木から下りて屋敷内に忍び込み、数枚の小判をくすねた。そのお屋敷の家人は、小判を盗まれたことすら気付かなかったことが盗人になった切っ掛けであった。
 琢磨は、お金持ちの屋敷に忍び込んでは九両だけ盗み、得た金は自分では一文も使わず、長屋の貧しい家々に、一両ずつ投げ入れてやった。
 義賊、ねずみ小僧次郎吉の再来だと噂が噂を呼び、人呼んで「ねずみ小僧さぶ吉」、次郎の次は三郎であると持てはやされ、本人は些か有頂天になっている。
   「新さん、このままやらせておくと、何れお縄ですね」
   「そうです、本人は九両しか盗まないから処刑されることはないと思っていやす」
   「お白州で、二件の盗みを吐かされると、十八両の盗みが発覚するのだから、間違いなく打ち首獄門ですよね」
   「気がいいヤツなのですがねえ、なにしろ世間が義賊だと煽(おだ)てるものだから、天狗になっていやす」
   「なんとか止めさせて、真っ当に生きて貰いたいものです」
   「一発、お灸を据えてやりますか」
   「どうするのです」
   「捕えて、奉行所に連れていくのです」
   「そう成らないように案じているのではないですか」
   「そうか、なるほど」
 鷹之助は、琢磨が家に居る頃合を見計らって植木屋杉松の戸を叩いた。
   「何方さんですやろ」
   「琢磨という方にお逢いしたいのですが」
   「琢磨は、俺ですが」
   「私は心霊術師の佐貫鷹之助です」
   「へー、心霊術とはどんなことをしはるのですか」
   「私の守護霊にお願いをして、人の心の病を診てもらうのです」
   「よく分かりません」
   「今日ここへ来た訳を話しますから、外へ出ませんか」
   「へえ、今日は仕事が無かったので、朝から何も食わずに寝ておりました」
   「それでは、二人で饂飩でも食べましょう」
   「恥ずかしいですけど、仕事がない日は銭がなくて、饂飩など食えません」
   「お金は私が出しましょう」
   「ほな、お言葉に甘えまして」
 琢磨は、饂飩を二杯平らげ、その上、お父さんへ土産だと言って鰻弁当を鷹之助に買わせた。
   「えらい厚かましくて、申し訳おまへん」
 鷹之助は、ここで切り出した。
   「厚かましくなんかありませんよ」
   「えっ、何でだす」
   「お金は、あなたが私の家で落としていった小判ですから」
 琢磨の顔が急に厳しくなって、「キッ」と身構えながらも惚ける。
   「俺はこの通りの文無しです、小判なんか持っておりまへん」
   「安心しなさい、私はあなたのことを誰にも漏らしません」
   「そやかて…」
   「私は心霊術師だと言ったでしょ、あなたのことは何もかも分かっております」
   「そうか、そう言うことだしたか」
   「そうです、そこで私はあなたを占いましたら、あなたは近々役人が仕掛けた罠にかかって捕らえられ、しかも二件の盗みが明らかになり、斬首の刑を受けて獄門台に曝されます」
   「それがあなたに見えるのですか」
   「はい、その後のことも」
   「後とは」
   「お父さんが世間の冷ややかな目に耐えられず、大川に身を投げます」
   「世間の人には喜んで貰っていたのに、俺が処刑されると冷たくなるのですか」
   「そうです、それが世間というものです、その後は…」
   「まだ後があるのですか」
   「あなたには、二人の弟がいますね」
   「へえ、十四歳と、十六歳の弟が、それぞれのお店に奉公しています」
   「どちらも、店を追い出され、路頭に迷った挙句、渡世人になり、組どうしの諍いで人を殺め、追われ追われての旅鴉、もう一人は兄貴分の罪を被って遠島になります」
 琢磨は黙って聞いていたが、突然嗚咽した。
   「佐貫さま、俺が自害すれば、親父と弟は助かりますか」
   「そうです、助かるでしょう」
   「よくわかりました」
   「あなたは、素直なよい人ですね、私を少しも疑うことなく、命を捨てようとするのですから」
   「へえ、佐貫様は、私のことを全てご存知でした」
   「まだ、もう一つ知っていることがあります」
   「それは何ですやろ」
   「それは、お母さんのことです」
   「母は、下の弟が三歳のときに、借金のかたに連れていかれ、苦界に売られて病で死にました」
   「お父さんがそう言ったのですね」
   「へえ、父は今でも後悔して、自分を責めています」
   「ところが、お母さんは生きていらっしゃいます」
   「ほ、本当ですか」
   「はい、お父さんもそれを知っています」
   「何故それを俺達に隠しているのですやろ」
   「とても言えなかったのでしょう、お母さんも、あなたがたの恥になると考えたのだと思います」
   「そんな…」
 琢磨は、男泣きに咽んだ。
   「琢磨さん、お母さんはあなた方に逢いたがっています、そんなお母さんを置いて、自害なんか出来ますか」
   「出来ません、俺はどうすれば良いのですやろか」
   「まずあなたは、お母さんが生きていることを知ったとお父さんに話しなさい」
   「へえ、話して、何処に居るのか聞き出します」
   「お母さんは、とある宿場町で、雇われ芸者をしておられます」
 いつの日か、盗んだ大金ではなく、真っ当に働いて例え一両でも良いからそれを持って逢いに行ってあげなさいと諭した。
   「その後、あなたが自害すべきか、するべきでないか、ご自分で判断しなさい」
 鷹之助は、自分より年上の琢磨が、まるで弟のように思えてきた。
   「琢磨さん、今日から私達は友達になりましょう」
 琢磨にとって、思いがけない言葉であった。
   「こんな俺を友達にしてもいいのですか」
   「はい、私は決して友達を裏切ることはありません、何時も味方でいます」
 琢磨にも意味が分かった。自分のことは決して他人にばらしはしない、奉行所に訴えもしないと言うことだ。だから、たった今から、盗みを働いてはならないと、暗に諫めてくれたのだと思った。
   「琢磨さん、いま私の言葉を理解してくれましたね、その通りですよ」
 やはりこの人は心霊術師だと、琢磨は確信した。
   「鷹之助さん、また蜆を持ってきましたので買ってください」
   「嫌ですよ、この前琢磨さんが持ってきた蜆は、砂だらけだったじゃないですか」
   「えへ、あれは砂出しをするのを忘れとりました」
   「植木屋さんなのに、蜆売りまでするとは思いませんでした」
   「お詫びに、この前買うてくれた人には、ただで配っとります」
   「私は勿体無いから、上澄みの汁だけ飲みましたけれどね…」
   「ほんなら、上澄み代、三文貰っときます」
   「せこっ」
 琢磨は、植木屋の仕事がないときは、川で蜆を採り、農家で野菜を分けて貰い、行商をしている。鷹之助は見守っているものの、矢鱈と売れ残りを持ってきて売付けるので、時には友達になったことを後悔する。
 琢磨には目標ができた。二両貯めて母親に逢いに行くのだ。懸命に働いた所為で、思ったより早く目的を達成できた。母親は、伊勢の国、榊原温泉で雇女芸者をやっていることも分かった
   「お藤という芸者を探して居るのですが」
   「お藤さん、さあ、聞いたことがありませんけど」
   「確かにこの温泉町に居ると訊いて来たのです」
 芸妓が温泉宿に入ってきた。
   「女将さん、おおきに」
   「ああ、志麻奴ちゃんか、ご苦労さん」
   「女将さん、ありがとさん」
   「へえ、白梅姐さん、ご苦労さんです」
 挨拶をして奥に通ろうとする芸妓を引き止めて、温泉宿の女将が訊いた。
   「あんた達、お藤という芸者さんを知っていますか」
   「お藤さんとは、あの雇女の清滝さんと違います」
   「そうですわ、確か清滝さん本名は、お藤さんでした」
 女将が、軽蔑したように言った。
   「何や、ヤトナさんかいな、ほんならうちのような大きな宿やなくて、町外れの安宿で尋ねてか」
 清滝と名乗っているのか、それにしても、あの糞忌々しい女将め、馬鹿にしおってと呟くと、目が潤んできた。
   「清滝姐さん、若い男はんが逢いにきとりますよ」
   「若い男 このお婆ちゃんにだすか」
   「そうですがな、お姐さんも罪作りですねえ、あの男、涙ぐんでいまいよ」
   「そんなに、惚れられた覚えは無いのですえ」
   「若い男は一途ですから、気ぃ付けなさいよ、邪険に断ったら「ブスッ」と、刺されるかも知れません。
   「なんや、嬉しいような、怖いような」
   「とにかく、早う行ってやりなさい」
 宿の戸口に佇んで待っている若い男が居た。
   「はい、わたしが清滝だすが、何方さんですやろか」
   「俺です、見覚えありませんか」
   「さて、何処でお逢いしましたやら」
   「この顔、よく見とくなはれ」
   「えらいすんまへん、どうも思い出せませんが、なにやら懐かしいような気がします」
   「俺ですがな、俺、俺」
   「オレオレ何とかと違いますのか」
   「この時代に、そんな詐欺はおますかいな」
   「そやなあ、名前をいうておくれな」
   「琢磨だす、あんたの息子の琢磨ですがな」
   「えーっ、あの琢磨が、こんなに大きく立派になって逢いに来てくれたんか」
   「お母はん、逢いたかった」
   「わたいもだす、弟たちも元気にしとりますかいな」
   「へえ、お父はんも元気だす」
   「そうか、良かった」
 傍目も憚らず、二人で抱合った。
   「わあ、いやらし、あんな処で抱合っていますやないの、早よ上がって貰って、布団を敷いあげされ」
   「女将さん、違います、お母はんて呼んでいますやないの」
   「親子ですか、ほんならお金頂戴出来ないのですか」
   「女将さんの方が、余程やらしいわ」
  第十七回 ねずみ小僧さぶ吉(終) -次回に続く- (原稿用紙15枚)

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