雑文の旅

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猫爺の連続小説「佐貫鷹之助」 第二十六回 チビ三太、戻り旅

2014-05-10 | 長編小説
   「おっさん、ちょっと待て」
 豹変したおっさんが、三太の首根っこ掴んで巾着袋を出させようとしたとき、三太がケラケラっと笑った。
   「なにが可笑しいのや、気持ち悪いガキやなあ」
   「おっさん、わいなあ、一人で大坂へ帰るところやねん」
   「大坂でも、江戸へでも、勝手に帰らんかい」
   「不思議や思えへんか、こんなチビが一人で帰るなんて」
   「迷子になったら、泣いたらええのやろ」
   「わい、迷子にも、盗人に巾着奪われもせえへんで」
   「何でや?」
   「わいには、強い守護霊が憑いているのや」
   「アホか、この世にそんなもん、おらへん」
 上方やその周辺の人間が喋ると、やたら「アホ」が付く。
   「おっさんがアホや、現に今、わいの守護霊が、おっさんをやっつけようとしている」
   「へえー、やっつけられるものやったら…」
 言葉が終る前に、おっさんは目を回してしまった。三太はおっさんの褌を目掛けて、小便をぶっ掛けて立ち去った。おっさんはすぐに気が付いたが、自分が小便を漏らしたのだと思い動揺した。

   「三太は、悪戯小僧ですね」
 新三郎もびっくりである。小さい体で歩き続けて、休憩をとることはないが、腹が減ると、とたんにだらしなくなる。
   「何か食べたい」
 塩屋村あたりで音を上げた。海が見える滝の茶屋で大福を鱈腹食べて眠くなってしまった。
   
   「床机で寝ている子がいますで」
 店の婆さんが見つけて、大騒ぎをしている。三太は揺り起こされて、不機嫌になった。
   「これ坊や、あんたのお父さん、お母さんは何処や?」
   「わい、一人ぼっちや、お婆ちゃん、お代は何ぼですか?」
   「三十二文ですが、坊やお金持ってまんのか?」
   「はい、持っています」
 三太は懐から巾着を出し、三十二文を払った。
   「親に、三遍回されて、捨てられたのと違うか?」
   「あのなー、わい猫とちがうで、三遍回されても、十遍回されたって、方角ぐらい分かるわ」
   「さよか、ほんなら早く追っかけなさらんかいな」
   「わいは、元から一人ぼっちや」
   「一人で何処へ行きなさる」
   「大坂へ帰りますのや」
   「えーっ、そら危ないわ、人攫(ひとさら)いに遭いまっせ」
   「かまへん、かまへん、大坂方面へ駕籠で攫って行ってくれたらラクチンや」
   「売られますのやで」
   「わいやったら、何ぼで売れます?」
   「知りまへんがな、呑気な子やなあ」
 婆さんが呆れたところで、三太は茶店を離れた。
   「新さん、御免、また時間潰してしもた」

 一の谷の合戦場あとを見て暫く歩くと、道が二又に分かれていた。新三郎は浜側の道を行くように指示をした。海に沿って歩くと、綱敷天満宮があった。ここは、藤原道真公が左遷されて大宰府に向う途中、漁に使う綱に座して休憩をしたところである。境内を抜けると、先程分かれた山側の道に出て、一気に歩くと事代主の神を祀る長田神社に着いた。ここも参拝してのんびりと町並みを見物し、楠正成公の墓にも参拝した。買い食いを楽しんでいると、花熊(現在の花隈)あたりで日が暮れかかった。昔、ここには花熊城があった。三太がここを通った時代は、ただ石垣が残るばかりであった。三太は立派な旅籠に入っていった。
   「坊や、独りかい?」
 ここでも、三太の一人旅は旅籠の番頭に不審がられた。
   「独りや、泊めてくれるのか?」
   「そら、お客さんやから泊まって貰いますが、ここは他所の旅籠よりも、ちと宿賃が高いけどええのかい?」
   「一泊二食でなんぼや」
   「三百文頂戴します」
   「そうか、わかった、一朱と五十文出したら泊めてくれるのやな」
   「へえ、宜しいのですか?」
   「うん、何やったら先に払おうか?」
   「そら、先に戴ければ安心です」番頭の本音が出た。
 三太は懐から巾着を出し、金を払った。
   「確かに払ったで、そこのおっちゃん、もし明日になって未だ貰ってないと言われたら、証言してや」
 身形のよい、大店の旦那風の男が、頷いてくれた。
   「よっしゃよっしゃ、確かに払うとこ見たから、坊や安心しなされ」

 夕食を摂り、風呂にも入った。床(とこ)をとって貰い、巾着を布団の下に隠して寝ようとした三太を、新三郎が注意した。
   「三太、巾着を布団の下に隠しはいけないよ、枕探しに教えるようなものだ、巾着はそこの衣桁(いこう)に掛けておきなさい」
   「こんな見え見えのところにか?」
   「そう、その方が見つかりにくいのだよ」

 深夜、三太が熟睡していると、襖がゆっくりと開ける者が居た。どうやら枕探しのようだ。年の頃は四十位の男であった。新三郎が気付き、そっと男に移り様子を見ていると、寝ている三太の布団の下に手を入れて巾着を探している。
 新三郎は、三太を起こさず、男の生霊にとって代わり、男の財布を取り出し、三太の布団の下に入れた。
 男の生霊が戻り、正気になって盗人は「あれっ」という顔をしたが、そのまま、そっと部屋から出て行った。

   「番頭さん、夜中に盗人がわいの部屋に来て…」
   「巾着を盗まれましたのか?」
   「いいや、財布を置いて行った」
   「そんなアホな盗人がどこに居ますかいな」
   「居ます、この財布を置いて行った」
   「ちょっと待ちなされ、あんさんが寝ぼけて他のお客から盗んだのと違うのかいな」
   「わいは、他人の物を盗みはしまへん」
   「その財布、こっちへ寄越しなはれ」
 番頭は、三太から財布を引っ手繰った。
   「この財布、どなたさんの物でおますやろ、何方か財布を盗まれた人はいませんか?」
 番頭は、泊り客に尋ねてまわったが、夕べの四十がらみの男も無視をした。名乗り出る者は誰も居なかったが、番頭は執拗に三太を疑った。
   「何処から盗んできたのやろ、白状しなはれ」
   「わいは、盗んでなんかいない」
   「白状せんと、役人さん呼びまっせ」
   「勝手に呼ばんかい、わいは盗んでいない」
 番頭は、手代を呼んだ。
   「役人さんを呼んできなはれ」
 その時、昨日三太が金を払ったときの証言をすると言ってくれた身形の良い大店(おおだな)の旦那風の男が番頭の前に立った。
   「番頭さん待ちなされ、この子の目を見てやっとくれ、この子は澄んだ目をしていなさる、他人の物に手を出すような目やあらへん」
 男は、鴻池朔右衛門(こうのいけさくえもん) と名乗った。
   「あ、これは御見逸れしました、あの有名な大店の鴻池さんだしたか」
 番頭は、急に腰が低くなった。
   「坊や、どこから来はったのですかいな」
   「大坂です」
 こん度は鴻池が三太に尋ねた。
   「大坂の、何処のお子さんや」
   「相模屋の丁稚三太です」
   「ああ、あの長兵衛さんのお店かいな」
   「旦那様、うちの長兵衛を知ってはりますのか?」
 
 相模屋は、両替商鴻池屋のお得意さんだと言った。
   「わてが、三太さんの保証人になります」
 鴻池も、不思議で仕方がなかった。三太の一人旅を感動して金を与えたのであれば、真夜中に忍び込む必要はない。財布の膨らみを見ても、小判で十両は固いと鴻池は睨んだ。そんな大金を子供に与えるだろうか。
   「神さんか仏さんかは知りませんが、三太さんが貰ったことは確かです」
   「わい、こんな気持ち悪い金、要りません、番所にでも届けとくなはれ」
   「さよか、ほんなら番頭さん、そうしておくれ」
   「へえ、それなら届けさせて戴きます」
   「正直に届けんでも、あんさんがネコババしても構へんのやで」
   「しませんよ、わても気持ち悪うおます」

 花熊を出て、生田神社に参拝したあと、三太は新三郎に聞いた。
   「あの財布、何やったのです?」
   「あはは、わりぃわりぃ、あれはあっしの悪戯でさあ」
   「悪戯?」
   「泥棒は盗むのが当たり前ですが、置いて行ったらどうなるかと思いまして」
   「それならそうと、わいが財布を見つけたときに言ってくださいよ」
   「三太が真剣な顔をしていたので、つい言いそびれやした」
 
 暫く、黙って歩き続けたが、三太がぽつんと言った。
   「新さん、わいら神社巡りをしているのか?」
   「そうです、こんな機会は滅多にありません、この後、西宮神社にお参りして、住吉神社もお参りしときますか」
   「あのう、神社もう飽きた」

 昼下がり、三太は鷹塾に着いた。丁度、鷹之助は田路助と食事をしていたが、終えて塾の準備にとりかかった。
   「鷹之助先生、行ってきました」
   「三太ちゃんお帰り、明石はどうなりました?」
 新三郎の機転で、日揮章太郎も、讃岐高之助の家も再興が許され、近く高之助は呼び戻されることになったことを伝えた。
   「三太ちゃん、よく頑張ってくれました、塾が済んだら相模屋さんにお礼を言いに行きます、年長組の勉強が済むまで待っていてください」

 相模屋では、三太の帰りが遅いので、主人の長兵衛が心配していた。三太の元気な姿を見て、初めて鷹之助が「心配ない」と言ったのが信じられた。
   「旦那様、花熊で鴻池さんにお逢いしました」
   「おや、そうかい」
   「わいが宿の番頭に泥棒と間違えられたとき、相模屋の丁稚ならと信用して、保証してくれはりました」
   「そら良かった、旦那さんに逢ったら、よく礼を言っておきます」

 讃岐高之助も訪ねて、明石藩主が讃岐家の再興を許可したことを伝えたが、一度明石に戻り、息子に代を譲り、隠居して僧門に入ると涙を落とした。

 仏壇には、相変わらず酒が供えてあった。

  第二十六回 チビ三太、戻り旅(終) -次回に続く-  (原稿用紙14枚)

「佐貫鷹之助リンク」
「第一回 思春期」へ
「第二回 鷹之助の許婚」へ
「第三回 深夜の盗賊」へ
「第四回 矢文」へ
「第五回 鷹之助男難」へ
「第六回 鷹之助女難」へ
「第七回 三吉先生のお給金」へ
「第八回 源太の神様」へ
「第九回 お稲,死出の旅」へ
「第十回 断絶、母と六人の子供」へ
「第十一回 涙の握り飯」へ
「第十二回 弟に逢いたい」へ
「第十三回 お鶴の嫉妬」へ
「第十四回 福の神」へ
「第十五回 沓掛の甚太郎」へ
「第十六回 怒りの霊力」へ
「第十七回 ねずみ小僧さぶ吉」へ
「第十八回 千日墓地の幽霊」へ
「第十九回 嘯く真犯人 ...」へ
「第二十回 公家、桂小路萩麻呂」へ
「第二十一回 人を買う」へ
「第二十二回 天神の森殺人事件」へ
「第二十三回 佐貫、尋常に勝負」へ
「第二十四回 チビ三太一人旅」へ
「第二十五回 チビ三太、明石城へ」へ
「第二十六回 チビ三太、戻り旅」へ
「第二十七回 源太が居ない」へ
「第二十八回 阿片窟の若君」へ
「第二十九回 父、佐貫慶次郎の死」へ
「最終回 チビ三太、江戸へ」へ

次シリーズ「チビ三太、ふざけ旅」へ


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