えぬ日和

日々雑記。第二、第四土曜更新を守っているつもり。コラムを書き散らしています。

:「萬狂言 夏公演 祭三昧 『千鳥』」 二〇一五年七月二六日 国立能楽堂

2015年08月08日 | コラム
・仕草の間合い

小笠原匡の太郎冠者が全身で歌う「ちりちりや、ちりちり」を聞いてコンピュータゲーム『戦国無双』が思い浮かんだ不届きものはたぶん私だけだ。ゲーム内では「千鳥の香炉」の千鳥にひっかけて登場するこの言葉が狂言『千鳥』における役割は、差し詰め「抜き足差し足、忍び足」だろうか。『萬狂言』夏公演の演目は副題の『祭三昧』の通り祭が関わる狂言の演目を集めた涼風の吹く舞台だった。『千鳥』に始まり『煎物』で終わる二時間半ほどの時間は濃厚でゆったりとした、私の知らない「むかし」を偲ばせる趣があった。それは『千鳥』で酒屋から酒を騙し取る太郎冠者の図々しくも後ろめたい足取りにも、『見物左衛門 深草祭』の相撲で手ひどくやっつけられた情けなさにも、『煎物』中ひたすら謳い続ける町内会の人々の立ちっぷりにも、祭りを迎える浮かれ気分を仄めかしながら一定の律動として現れていた。

「ちりちーりや、ちーりちり」太郎冠者の小笠原匡が歌う度に舞台正面に置かれた漆塗りの酒樽へ一足ずつ近づく。その度に大きく剥いた眼で酒屋の能村晶人に彼の目論見がばれていないか睨め上げる。酒屋が掛け声をかければ太郎冠者が歌い返して樽へ近づく。ついに諸手を挙げて太郎冠者が樽に覆いかぶさり手を掛けた。早口で駆け戻ろうとする太郎冠者へ酒屋は一拍置いて「何をしやる」と顔を向ける。悪巧みがばれて樽を持ち去られても太郎冠者は性懲りもなく、シテ柱からスタートするフラッグレースのように樽を狙って慎重に歩みを進める。酒屋も酒屋で、太郎冠者の嘘に付き合いながら肝心の企みを絶妙な具合でおじゃんにして遊ぶ。綿の塊を中空へ投げるように柔らかく飛びあがり着地する小笠原匡の鋭い身軽さと抜け目なさを、柔和な能村晶人が受け止めつつぴしゃりと返すやり取りが心地よい。

六月の『融』のアイを務めた時もそうだったが能村晶人は雰囲気を和らげつつ混ぜっ返す呼吸が上手い。太郎冠者と一緒にやり込められる気迫があり互いの間合いに緩急がつく。太郎冠者が樽を奪って逃げ去る距離は徐々に伸びてゆく。舞台を出て二の松まで逃げた。しかし酒屋に見つかってしまう。最後は酒屋がかざした扇を太郎冠者が裏拳で顔に打ち付け目つぶしした隙に、「御馬が走る、御馬が走る」と樽を持って駆け去り、「やるまいぞ、やるまいぞ」と酒屋が追いかけて幕。あざやか。

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