彼のなかにある卑俗なもの、決まりのつかないところを押し切っていかずに、恰好の巣穴に逃げ込んだ功罪は生涯の終末付近で彼を思わぬ時間つぶしへと追いやった、尤も単なる趣向のせいで道草を食うことはたいした罪でない、70歳過ぎて道徳的には小学生以下だと自ら断じてはばからぬトルストイを思え、カラマーゾフ3部作に挑んだドストエフスキーはあの長大な第一部を書き終えた時点ですでに生涯の時間切れを言い渡される、初めに、常時自らを更新していく神の前の子供であることが、(神の前でなくともよい) 絶対的に素質しなければならない、