佐渡に棲んで

退職後の第二の人生を佐渡島で半農半漁の生活でおくり、日々の雑感、釣果の報告などを綴る

堰の取水口整備

2017年03月29日 11時05分54秒 | 農作業
この集落の水田の用水はドンデン山系を水源地とする

大佐渡地区でも最も水量の豊富な川から取水しています。

夏の渇水期に他の集落の河川が渇水してもここでは水が涸れる

ことはありません。

先日、堰役員で用水堰の点検をしましたが、昨日は川から

取り入れる取水口周辺の整地を重機を頼んで行いました。
4箇所の取水口周辺をほぼ1日かけて実施しました。

台風シーズンで大水がでると川の姿も変わりますので整地が

必要となります。

重機での作業は人手はいりませんが、堰の掃除などは農家総出で

やらないと人手が足りません。

明日は総出で半日の堰の掃除を予定しています。

苗箱に土入れ

2017年03月26日 18時42分48秒 | 農作業
晴天ですが冷たい北風が時折吹いて寒い日が続いています。

時には白いものがちらついたり。



今日は我が家で3軒分の土入れをしました。

我が家の分が280枚、他の家の分がそれぞれ100枚づつ

合計で480枚です。

総勢5人で箱を機械に乗せる人、土を入れる人、

土の入った苗箱を機械から降ろして運び積み上げる人

作業を分担して進めます。

朝8時過ぎから始めて途中長い休憩時間をはさみ

昼に終わりました。


この後は、来月8日前後に芽出した種もみを

同じ機械で種蒔き、上土をかけてハウスに入れ

苗の生育を待つことになります。

田植えも今日の3軒分を共同で行います。

種もみの水浸

2017年03月23日 21時40分07秒 | 農作業
今年の稲作りのスタートの種まきに備えて

苗箱を消毒しました。

280枚の苗箱です。

消毒液に浸して干している間に種もみを

水に浸しました。

水浸して置き4月の8日前後に発芽させて

種まきをします。

苗箱への土入れ、発芽した種もみに種まきを

昨年までは近所の家と2軒分を共同で行っていましたが

今年はさらに1軒分増えて3軒分を我が家で共同で

行うこととしました。

高齢化している上に手伝ってくれる人も少なくなってきたため

少ない人出で協力し合いながら人手のいる作業を

こなしていく必要があります。


水田の用水路の維持管理も米農家総出で行います。

高齢化したメンバーばかりですので作業もはかどりませんが

皆で助け合いながら進めます。

稲作の始動

2017年03月21日 10時52分32秒 | 農作業
春の彼岸時期になるといよいよ稲作の農作業が

始まりますが、昨日は水田の基本中の基本である

用水堰の点検を集落の堰役員で行いました。

ドンデン山を水源地とする集落を流れる川から

2系統で水田地区へ用水堰を設置してあり

4月から9月まで取水口を開いて用水を供給します。

2系統それぞれやく7~8kmの延長で険しい山中の

山肌を下ってきます。

午前中1系統、午後からもう1系統を点検しました。

堰にかぶっている木々の枝などを切り払いながら

点検していきます。

途中には約30mの切り立った断崖のような個所もあり

緊張します。

役員の年齢は65歳~83歳、体力も落ちていますので

安全第一で慎重に進みます。

木漏れ日の差し込む斜面では雪割草や福寿草の

咲いている所もあります。


点検作業の終了後はセンターに集まって

点検結果の報告、すりあわせ、今月末の

堰掃除の打ち合わせを行った後、慰労会を

実施して閉会しました。



新潟へ

2017年03月14日 18時27分04秒 | 未分類
11日の土曜日、早朝一番の5:30発のフェリーで新潟へ渡りました。

昨年暮れ以来ほぼ3か月ぶりの島外です。

故郷近くの妹の嫁ぎ先の姑さんが93歳で亡くなり

その葬儀に行きました。

新潟の義妹夫婦が佐渡汽船まで出迎えてくれ

義妹宅で着替えさせてもらい車を貸してもらって

妹宅近くの葬儀場へ向いました。

前日の金曜日の夜には一時、突風や竜巻の

予報が出ていましたが土曜日は海上も凪いで

揺れることもなく、又新潟方面も上天気でした。

葬儀が済んで新潟の義妹宅に戻り

2泊させてもらって買い物や食事に出かけ

昨日の昼のフェリーで帰島しました。

義妹宅はマンションで気密性がしっかりしているので

部屋では寒さを感じなく、室温は18℃ほどで、

夜も寒さで目覚めることもありません。

帰島して帰宅すると家の中は冷え切っていて底冷えがします。

ストーブを付け、火鉢に火を起こし、炬燵に入ります。

室温は9℃前後です。


先月も近くの親戚の葬儀がありましたが

お年寄りがいるとどうしても冬場の時期には

致し方ありません。

また、離島に住む以上は急な知らせが入っても

海上が時化ていれば移動手段も途絶えます。

島で生活する者、離れて本土で生活する者、

お互いに身内の臨終に間に合わないことは

覚悟の上で生活しています。