JONATHAN LIVINGSTON SEAGULL
byRichard Bach
リチャード・バック
翻訳 五木寛之
写真 ラッセル・マンソン
新潮社
1974.6.20
あとがきで訳者の五木寛之が批判的なのが印象的だ。
食べるだけの人生を送る群れを愚かなもの、目的をもって生きるのが崇高なものというのはよくある考え方に思うけど、なんとなく違和感を感じる。
まして最後のほうは精神を鍛えれば瞬間移動ができるみたいな感じになって宗教的ぽくもある。
1970年代のニューエイジ的なものなんだろうか?
果たして人生に目的なんかあるのか。
人生に目的なんかない、それを認めることこそが修行なんだみたいに仏教的には考えるのかも。
byRichard Bach
リチャード・バック
翻訳 五木寛之
写真 ラッセル・マンソン
新潮社
1974.6.20
あとがきで訳者の五木寛之が批判的なのが印象的だ。
食べるだけの人生を送る群れを愚かなもの、目的をもって生きるのが崇高なものというのはよくある考え方に思うけど、なんとなく違和感を感じる。
まして最後のほうは精神を鍛えれば瞬間移動ができるみたいな感じになって宗教的ぽくもある。
1970年代のニューエイジ的なものなんだろうか?
果たして人生に目的なんかあるのか。
人生に目的なんかない、それを認めることこそが修行なんだみたいに仏教的には考えるのかも。