消された伝統の復権

京都大学 名誉教授 本山美彦のブログ

まる見えの手 01 第一次小泉政権発足前後の米国の指令

2006-09-27 23:27:51 | 時事

 『タイソン・レポート』という文書がある。「外交問題評議会」(CFR)という米国のシンクタンクから2000年10月24日に出されたものである。 CFRは、1921年に設立された非政府組織で、スタッフが、現在4000四人を超える巨大研究機関である。非政府組織といっても、米国政府が外交方針についての提言や調査研究を依頼する事実上の政府関連機関である。 クリントン政権は、「経済諮問委員会」(CEA)を創設した。小泉政権が作った「経済財政諮問委員会」は、このCEAを真似たものである。このCEAの初代委員長に就任したのが、ローラ・タイソンという女性の経済学者であった。当時は、カリフォルニア大学バークレー校ビジネス・スクールの学部長であった。クリントン政権が終わって、父ブッシュ政権ができると、ロンドン・ビジネス・スクールの学部長に就任した。 このローラ・タイソンは、1994年に『「閉鎖大国」ニッポンの構造』(邦訳版は日刊工業新聞社)を書いていて、日本市場の閉鎖性について激しい言葉で批判していた。  彼女は、CEA委員長に就任してから、CFR内に「ローラ・タイソン・グループ」を作り、そのグループ名で出されたのが、先の『タイソン・グループ・レポート』である。このレポートの全訳が『週間ダイヤモンド』(2000年3月30日号)に載っている。 そこには、日本の金融機関の危機を米国をも含む外資のビジネス・チャンスと捉える露骨な見解が堂々と述べられていた。


 たとえば、  「多くの日本企業や金融機関が、倒産の瀬戸際に追いつめられたり、大規模なリストラが迫られるなかで、外国の資本や専門的な知識を求めるようになった。外国企業にとってまたとない参入のチャンスが到来している」。 日本の不幸が外資にとってのチャンスであると、公的なレポートでとくとくと述べる米国のシンクタンクのスタッフの精神構造はどうなっているのであろう。そこには、デリカシーのかけらも感じられない。次の文章にいたっては、もはや侮辱以外のなにものでもない。 「不良再建を外国企業が買い取ることで、銀行危機が回避できるなら有り難いと支持されている」。 いうまでもなく、日本の金融機関を助けてやるために、外資が不良債権を買い取ったのではない。買い取られた不良債権を梃子として、買い取った外資は、不良債権を出した企業に対して、猛烈な人員整理と貸し剥がしによって、数値上の財務内容を改善し、株式の再上場、ないしは企業を切り刻み、転売して莫大な利益を挙げたのである。まさに、それは、「ハゲタカ・ファンド」であった。そうした露骨なハゲタカぶりも「有り難い」と、日本では「支持されている」。支持したのはハゲタカの餌食になった企業ではない。彼らを嬉々として外資に売り渡した小泉首相竹中金融担当大臣だったのである。 「タイソン・レポート」が出された2か月後の2000年12月、『新政権のための対日経済指針』なるものが、CFRから発表された。新政権とは、2000年1月に発足した子ブッシュ政権のことである。 これは、子ブッシュ政権がどのような対日政策を行うべきであるかを提言したものである。提言内容は8つあった。米国は、日本に、外国からの直接投資を多く受け入れさせるために、「規制緩和」と「不良債権処理」を急がせるべきである。


日本政府に競争促進政策を採用させるべく、企業合併やM&Aを容易にするように米国は働きかけるべきである。そうした企業合併やM&Aを促進するために、会計制度や監査制度を日本政府に改正させるべきである。


日本への投資を容易にするために、連結納税制度の導入を米国は日本政府に働きかけるべきである。

日本の商法は1世紀前の非近代的な代物である。そのために、株式の発行・分割、ストック・オプション、年金の通算制度などが法制化されていない。こうした内容を含む商法の改正を米国は日本政府に要求すべきである。

外国企業との株式交換をする場合、日本国内同士での株式交換に比べて税率が高い。こうしたことを日本政府に改めさせるように、米国は交渉しなければならない。

トラストを作らせないように米国は日本政府に要求すべきである。

日米の財界指導者間の公的な対話の形成と促進を図るべく米国は日本政府に働きかけるべきである。

サービス産業、とくに通信部門の規制緩和を促進させるように米国は日本政府に要求しなければならない。

 後に見るように、これら米国の要求のことごとくが、いわゆる小泉の「構造改革」路線に踏襲されたのである。 そして、『指針』はいう。 (日本では)「金融システムの改革が現実に進んでいる」、 「これは、米企業の利益と目的に合致しているので、米国は今後も日本市場で起きている改革路線を支援すべきである」。 そして、内政干渉そのものの文章が続く。

 「構造的な変化と改革のプロセスは本物ではあるが、一貫性に欠けているし、スピードも非常に遅い。改革が後退する危険性も大きい。こうした変化を支持する者と反対する者との根深い対立が、政治家、ビジネス界の指導者のなかにある。反対派の力は侮られるべきではない」。

 なんと小泉の命名である「抵抗勢力」という言葉の源泉までもが、米国発なのである。しかも、米国政府は日本の構造改革のデザイン作成、実施を支援すべきだと明言したのである。

 「米国政府は、・・・改革のデザインと実施において技術的な支援を申し出るべきであろう」。
 子ブッシュ政権発足2か月後の2001年3月の日米首脳会議で、CFRの「対日指針」通りに子ブッシュ大統領は、当時の森首相に要求した。とくに強く求めたのは、日本の不良債権処理の促進であった。

 そして、翌月の2001年4月、森内閣は「緊急経済対策」を打ち出し、不良債権の直接償却を重点課題とした。 これに追い討ちをかけるように、それからわずか2か月後の2001年6月、日本の経済産業省と米国の国務省が共同で作成した『日本への直接投資促進のためのレポート』が子ブッシュ大統領に提出された。そこでは、企業倒産、会計原則、企業再建などの法改正が規制緩和の名の下にうたわれていた。この内容は、ホワイトハウスのホームページで2001年6月30日付き「副報道官声明」として掲載された。 小泉政権が、2001年4月26日の発足後、いわゆる「骨太方針」(正式名は、「今後の経済財政運営及び経済社会の構造改革に関する基本方針」)を閣議決定したのは、2001年6月26日のことである。そこでは、第1項目に、「経済再生の第一歩としての不良債権問題の抜本的解決」が掲げられていた。 そして、  「21世紀にふさわしい安定した金融システムを構築する。直接金融システムを重視したシステムに円滑に移行するために個人の株式投資にかかる環境整備を行うなど証券市場を活性化する。金融システムの構造改革という観点から銀行の株式保有のリスクを適切に規制する」。

 これはなんだ。規制緩和というスローガンによって、米国の思惑通り、日本型金融システムの根幹であった間接金融=銀行を主体とした企業編成を破壊するために、銀行による関連企業の株式保有を「規制」するというのである。つまり、規制緩和とは、米国資本が流入しやすいように「新たな規制を作り出す」ことなのである。間接金融のどこが悪いのかの検証もなく、米国型直接金融が手放しで称賛されているのである。 なにが骨太か。子ブッシュ政権の言葉をスローガンにするという恥じさらしを意識せず、それをとくとくと語る。それを語った人もそれを賞賛した人々も、少しぐらいは気位をもって欲しかった。 

2001年6月30日の日米首脳会議で、日米の新たな経済的枠組みを設定する「成長のための日米経済パートナーシップ」が設立された。そこでは、電気通信、情報技術、エネルギー、医療機器を重点4分野として規制改革の推進が謳われた。商法改正、不良債権処理、M&Aの促進、雇用の流動化(首切りの自由化)等々が構造改革の中身として列挙されたのである。これはCFRによる「対日経済指針」の具体的適用である。

 『日本経済新聞』(2001年8月2日付)は、米国財界人とのインタビューを掲載した。GEキャピタルのマイケル・ニール社長は、次のように述べた。 「経済が好調なときには、提携、買収のいずれもあまり出てこない」、 「経済が難しい情況にあるからこそ、日本は外資にはチャンスだといえる」、 「この数年で日本に300億ドルを投資した。今後2年で日本での事業を倍にしたい」。

 ここには、きわめて率直に、日本企業の買収が米国企業のビジネスになることが語られている。  日本長期信用銀行を買収したリップルウッドティモシー・コリンズ最高経営責任者は、日本でさらに金融機関を買収する意思があることを認め、日本の金融当局が「外資のノウハウをみれば、我々を使いたくなるだろう」と、日本の金融改革に米国の金融組織が食い込むことになるであろうとの自負を示した。

 世界有数の保険会社であるアメリカン・インターナショナル・グループ(AIG)のモーリス・グリーンバーグ会長は、日本政府が公的資金を注入して金融機関の不良債権を除去しなければ外資は日本の金融機関を買収できないと語った。まるで、外資に買収されることによってでしか日本の金融機関の再生はない。買収されやすいように、日本の金融期間の債務超過を解消すべく日本政府は行動すべきだと豪語したのである。まず米国資本による日本企業の買収がありきという構図である。

 小泉首相は、2002年9月の日米首脳階段の前日、CFR主催でニューヨークで行われた小泉首相の講演会の質疑応答で、「私は不良債権処理を加速するという結論に達した」と発言し、大きな拍手を浴びた。これはCFRの2001年9月10日付き講演録に収録されている。 「皆様方のご要望通りに私は行動します」といったことと同じではないか。ミエを切るのなら、せめて、「皆様方のご要望にある不充分な点を私は具体的に日本の現状に合うようにアレンジし直すつもりです」といえなかったのか。米国人に苦言を呈することはできなかったのか。 2002年9月12日の日米首脳会議で、子ブッシュ大統領は、不良債権処理の加速化を小泉首相に改めて強く要求した。 そして、単に、不良債権を処理させるのではなく、厳しい自己資本査定手続きによって、存続可能な銀行と、破綻させる銀行との選別も要求された。存続が可能な銀行に公的資金を注入し、国有化するという路線が示唆された。そして不良債権の外資への売却が戦略目標として設定されたのである。竹中平蔵による「金融再生プログラム」がその直後に出されることになった。これは不良債権処理の加速を強制するものであった。

 以上は、大門実紀史氏のウェブサイトを参考にした。



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