消された伝統の復権

京都大学 名誉教授 本山美彦のブログ

姿なき占領(1)

2006-10-17 01:29:05 | 時事
  医療制度が急速に悪化させられている。患者が払う医療費の自己負担が大きくなる。医療機関が受けとる診療報酬が引き下げられる。老人の医療費支払いの優遇措置がなくなる。

  医療問題についてこれまで大きな力をふるってきた厚生労働省の「中央社会保険医療協議会」(中医協)の委員構成が大幅に変えられ、中医協そのものの権限が剥奪される。

 病院経営に営利会社が参入できるようになる。公的保険を適用しなくてもよい「自由診療」が可能になる。つまり、金持ちが高額医療を受けることができるようになる。逆にいえば、貧乏人でも受けることができていた公的保険の適用範囲が著しく制限されるようになる。

 すべては、医療費の高騰を抑制するという建前の下で進められている医療改悪である。

 
確かに医療費は高騰傾向を示している。それでも、日本の医療費の対国内総生産(GDP)比で、他の先進工業国家にくらべてもっとも小さいという事実は語られない。むしろ、「公」の領域であった医療分野を、「私」の領域に開放しろという米国政府の要求に日本政府が屈したというのが、もろもろの改悪の本当の理由であろう
「官」から「民」へという流れは、日本では、営利の対象にしてはならなかった「公」の領域を、カネを儲けてもよい「私」の領域に移してしまえということである。そして、新たな領域で地歩を築く「私」とは、多くの場合、米国企業であり、米国のコンサルタントである。 政府・与党の「医療制度改革大綱」というものがある。それに沿う形で医療制度のなし崩し的改悪が進行している。

 まず、中医協の委員構成が変えられる。これまでは、委員は四つの分野からだされていて、医療費を支払う側(支払側)が八人、診療側が八人、中立の立場にあるとされる公益側(学識経験者)が四人、専門委員が七人であり、支払側と診療側の委員は団体から推薦されていた。これが大幅に変えられる。まず団体推薦が廃止される。つまり、委員は厚生労働省が選ぶことになる。支払側と診療側がそれぞれ七人に減らされ、公益側を六人に増やすことになる。公益側が主導権を発揮することが決められた。そして、診療報酬改定にかかわる決定について、中医協の権限を剥奪し、官邸主導にすることが決定された。専門委員にも今後は、外資から選ばれるようになるであろう。

 診療報酬は、「引き下げる」と明記された。
 二〇〇八年度から七〇~七四歳の自己負担分を現行の一割から二割へと、じつに、二倍に引き上げることになった。七〇歳以上でも現役なみの所得のある人は、現行の二割から三割に自己負担分を引き上げられることになった。入院している高齢者の食費・居住費の負担増の方向で見直されることになった。

 七五歳以上の高齢者向けの医療保険制度が他の世代から独立して二〇〇八年に新設されることになった。この新制度に関して、保険料の徴収義務だけが市町村に委ねられるが、運営は、都道府県単位で全市町村が加入する「広域連合」が担うことになった。

 こうした改悪は、米国政府の意向を無視して判断されるべきではない。二〇〇六年六月に日米首脳会談があった。これに合わせて『二〇〇六年日米投資イニシアティブ』という報告書がだされた。

  そのなかで、米国政府はドキッとさせられるようなことを日本政府に要求した。米国側は、「米国企業も医療改革の議論に積極的に関与」したいといってのけたのである。米国企業は、すでに、日本の医療サービス分野で大きな地歩を築いているのだから、医療改革の議論に参加させろというのである。

 具体的には、株式会社などの営利会社が病院を経営できるように規制緩和をせよ、公的保険と自由診療とを組み合わす「混合診療」を拡大せよと要求した。

 医療に営利を認めてしまえば、医療費の高騰は避けられないし、儲かる地域に病院が集中し、儲からない地域には病院がなくなってしまう怖れがあるとして、日本では病院株式会社が禁止されていた。しかし、米国の執拗で強い要求の前に、日本政府は譲歩して、「構造改革特区」に限って例外的に株式会社による病院経営を許可するようになった。しかし、これでは充分な展開ができないとして米国は、特区以外でも認可しろと日本政府に迫っているのである。

 日本では、これまで、公的保険が適用される保険診療と、保険が適用されない自由診療との併用は原則的には、認められていなかった。保険診療を受けていた患者が、公的保険が適用されない自由診療を受けてしまえば、それまで受けていた公的保険の適用資格がなくなり、診療全体が自由診療として、患者は実費の全額を払わなければならなかった。これを認可せよというのである。

 米国政府は、混合医療が、「医療支出を減らし、効率化を促し、さらに医療保険制度の財政上の困難を緩和しうるものである」と明言した。

 そうではないだろう。医療費削減の建前の下、自由診療の分野に公的なものではない純民間ベースの医療保険を拡大させようとする米国医療保険会社の思惑が見え隠れするのである。

 二〇〇六年報告書では、医療と並んで、教育も重点分野に挙げられた。教育もまた、カネを儲けてはならない「公」の領域であったのに、カネを儲けてもよい「私」の分野に移し替えられようとしている。安倍新政権が「教育改革」を目玉にしている背景に米国政府の圧力がないとはいいきれないのである。

 日本のあらゆる領域が米国資本によって占領されようとしている。それは誰の目にもみえる剥きだしの力の行使ではなく、「構造改革」というスローガンの下で静かに進行するイデオロギー支配、つまり、「姿なき占領」なのである。

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