消された伝統の復権

京都大学 名誉教授 本山美彦のブログ

ノーと言えない日本から、自立する日本へ――沖縄に思う 4

2006-08-17 11:33:44 | 世界と日本の今
前回の続き
規制緩和・売られる医療

 アメリカの要求を実現しやすくするために、政策決定の過程も変えられました。これまでは、各省庁ごとに各界で構成される審議会が開かれ、省庁案が作られました。それが閣議で決定され、国会に提出される仕組みでした。不十分ではあれ、各界の声が反映されました。それがブッシュ・小泉になると、まず日米首脳会談で決定し、内閣府がそれをまとめ、内容ごとに各省庁に具体化させる仕組みに変わりました。

 具体的には、経済財政諮問会議によるトップダウン方式です。この経済財政諮問会議で最も大きな力をもっていたのが竹中平蔵でした。もう一つは規制改革・民間開放推進会議です。議長は宮内義彦オリックス会長、村上ファンドの最大のスポンサーです。これまでもとんでもない規制緩和を進めてきましたが、さらに刑務所の民営化や税金徴収の民営化まで計画しています。税金の徴収が民営化されれば、民間会社は四兆円で買い取って四十兆円の税金徴収に躍起となるでしょう。サラ金の取り立てのような事態も起こります。「官から民へ」の「民」とは中小零細企業のことではありません。実際は、官よりも何倍も大きな大企業に力が集中することです。その民に、上級の国家公務員が天下りする。

 特にとんでもないのは、保険分野の規制緩和、医療の民営化です。最近のテレビは、アメリカの保険会社のコマーシャルばかりやっています。アリコジャパンアメリカンホーム・ダイレクトも、世界最大の保険会社AIG(アメリカン・インターナショナル・グループ)のグループです。日本の生命保険会社は見る影もない。これには裏があります。一九九六年の日米保険協定です。

 保険には三つの分野があります。第一分野は終身保険などの生命保険、第二分野は自動車や火災などの損害保険、第三分野はガン保険、医療保険、障害保険です。

政府は外資が参入しやすいように、保険分野の大幅な規制緩和を行い、さらに生命保険と損害保険の相互参入も約束しました。そして、何ということか、今後の成長が見込まれる第三分野については、外資と日本の中小保険会社の進出だけを認め、日本の大手保険会社(子会社を含む)や簡保の進出を禁止すると約束したのです。規制緩和という新たな規制です。このような日本政府を売国奴と言わずして何と言うべきでしょうか。

 日本の医療制度のすぐれたところは国民皆保険制度で、すべての国民がなんらかの公的健康保険への加入が義務づけられていることです。

 誰でも同じレベルの医療サービスが受けられ、しかも収入の少ない人は保険料が安く、収入が高い人は保険料が高い。さらに医療への株式会社参入を認めず、財力によって医療へのアクセスが不平等になる混合診療を禁止しています。国民の命と健康を守るために、日本では「医療機関は金もうけをしてはいけない」というのがモットーです。その結果、日本は医療費が世界で最も低く、しかも平均寿命が世界で最も長い国になっています。

 しかし、外資の医療保険会社にとって、公的な健康保険は金もうけのじゃまになります。政府は国家財政の赤字を理由に、医療制度を次々と改悪し、保険料引き上げ・給付引き下げで、国民の不安感を増幅してきました。民間の医療保険に入っておかないと、公的な健康保険だけでは心配だ。そんな不安を意図的にあおり、多くの国民が外資の医療保険に加入する構図をつくっています。

 さらに、規制改革・民間開放推進会議は、規制緩和の名で混合診療の解禁を主張してきました。構造特区第一号として認定された神戸の先端医療産業特区で、混合診療をはじめようという動きがあります。これに神戸市医師会が反対し、厚労省も反対しました。ところが経済財政諮問会議は、厚労省に反対するなとくぎをさしました。政府は、国の財政が苦しいので健康保険制度をなし崩しにしたい。ほとんどの公的医療機関は赤字なので、民営化してもうかるようにしたい。政府の医療改革の方向は、「医療の民営化」です。

 李啓充という人がいます。ハーバード大学医学部助教授も務めた人で、アメリカに住んでおり、日米双方の医療制度をよく知っています。彼は日本政府がアメリカをモデルに日本の医療制度を変えようとしていることに警鐘をならし、「医療は市場経済になじまない、民営化してはいけない」と訴えています。

 アメリカには日本のような国民皆保険の公的健康保険制度はなく、国民が加入するのは任意の民間医療保険です。医療保険は金もうけですから、病気の経験がある人は保険料が高くなり、あるいは医療保険に入れてもらえません。保険料に応じて受ける医療サービスも異なり、安い保険料の人は限られた医療しか受けられません。映画「ジョンQ」はその一例です。前述したように国民の一六%、四千万人が保険料を払えず、医療保険に入っていません。盲腸の手術が百万円もします。最高の医療を受けられるのは、高い保険料を払った金持ちだけです。「医療は金しだい」というのがアメリカで、貧乏人にとっては地獄です。

 医療費が世界で最も低く、最も長寿の、世界に冠たる医療制度を、医療費が最も高く、寿命が短いアメリカの医療制度に変えようとするのは許し難いことです。これが小泉政権の「医療改革」の中身です。

以下次号

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