消された伝統の復権

京都大学 名誉教授 本山美彦のブログ

ギリシャ哲学 18 ゾロアスター教

2006-08-05 00:10:16 | 古代ギリシャ哲学(須磨日記)
 ゾロアスター教では、アフラ・マズダーが善を体現する最高神とされる。善き考え、善き言葉、善き行い、によって、唯一・絶対の神に近づこうというのが信徒の合い言葉である。すべての善は、アフラ・マズラーに属するが、すべての悪も存在する。そうした悪は、アンラ・マンユに属する。人は、この悪と闘わなければならない。明と暗、賢と愚、芳香と悪臭、生と死、健康と病気、正義と非道、自由と隷属、等々、世界にはもろもろの対立項があり、絶対にこれら対立項は、両立しない。善を保つためには悪は放逐されなければならない。こうした二者対立項的理解がゾロアスター教の特徴である。

 ゾロアスターというのは、この宗教の開祖の名前であり、前1000年頃に活動していた人であると言われている。

 ここには、インドやペルシャに定住する以前の遊牧民たちの、聖歌集『リグ・ベーダ』の影響が見られるとも言われる。1500年間もの長期にわたって口承されてきたゾロアスター教の聖典はようやく後500年頃、つまり、ササン朝ペルシャ時代に『アベスター』という聖典に文章化された。このアベスターというのは、東イラン語系の言葉のことである。善が悪と闘う最終場面である終末論もこの宗教の特徴である。善と悪との戦いは歴史通貫的に続く。これは、イラン高原における定住者(農耕者)と放浪者(遊牧者)との闘争を反映させたものであろう。善は明であるという考え方から火を敬う儀式ができたものと思われる。


 エミール・バンベニスト&ゲラルド・ニョリ、前田耕作『ゾロアスター教論考』(平凡社、1996年)の訳者解説によれば、トマス・ハイドというオクスフォード大学の東洋学者が著した『古代ペルシャ宗教史』(1700年)に刺激されたボルテールは、『歴史哲学』(1765年)を著したという。この書は、「諸国民の風俗と精神について」を内容としたものである。そこでは、パールーシー人たちが、1つの神、1つの悪魔を立て、復活、天国、地獄を構想したことに驚いている。キリスト教の観念の多くがこの東方の古代宗教にすでに見られることへの感動を率直に示したのである。

 こうした、東方の宗教が東西に大きな影響を与えてきたという視点は、京都大学の学者たちがもち続けてきたものである。伊藤義教ペルシャ文化渡来考』(岩波書店、1980年。ちくま文庫、2001年。)がその代表である。この書は、同氏が京大で行った講演、「中世波斯と支邦・日本」(1932年)を元にしたものである。同氏は、『アベスターをも訳している。

 イラン起点の文化が、東西、南北に伝わって行く様は雄大である。この地が戦乱の中心にされようとしているいま、心ある研究者は、古代ペルシャのもつ巨大な影響を発掘する作業に従事していただきたい。

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