http://1000ya.isis.ne.jp/1060.html
清水博
生命を捉えなおす
中公新書 1978・1990
清水さんはヘルマン・ハーケンのレーザー研究による「協同現象理論」を借りて、次のような説明をする。
化学レーザーは、化学反応のエネルギーをつかってレーザー光という秩序の高い光を自動的なつくりだす装置である。蛍光灯などにくらべて格段に秩序が高い。そこでは、化学的エネルギーによって系の中に不安定な状態をおこし、その不安定が秩序を生むにあたって微視的な「協同」がおこるようになっている。
蛍光灯であれレーザー光であれ、光を出すもともとは分子(原子)にある。分子の振動である。分子には基底状態と励起状態があって、基底状態にある分子に余分のエネルギーを吸収させると、分子が励起状態へ遷移する。この励起した分子がもとの基底状態に戻るときに光(光子)を放出する。
この光の放出に二通りがある。ひとつは自然放出で、分子が周囲の熱源と接触していることでおこる。もうひとつは誘導放出で、外から与えられた光によって誘導されて光を出す。このばあいは外から入ってきた光と同じ位相の光が出る。レーザー発光はこちらでおこる。
化学レーザーでは、まずレーザーの中の分子に外からエネルギーを与えて励起状態をつくる。これをポンピングという。ポンピングされた分子はすぐにもとの基底状態に戻ろうとして弱い光を出す。これでは何もおこらない。そこで、このポンピングの速度をどんどん上げていくと、装置の中の励起の分子数のほうが基底の分子数より多いという頭でっかちの不安定な分布ができて、ある点(閾値)までくると急に光が強くなる。つまり閾値よりポンピング速度が大きいと、放出される光が位相をそろえて出てくる。これがレーザー発光である。
位相がそろってレーザー発光になったということは、位相がまちまちのエントロピーが大きい状態が、ある時点でエントロピーの小さい秩序を生んだということを意味している。相転移がおこったのだ。つまり化学レーザーという系にエントロピーの増大に反するかのような秩序形成がおこったということになる。清水さんはこれが「動的秩序の形成」のひとつの例だという。
そこにはなんらかの理由で協同(シナジー)という現象がおこっている。そうだとすれば、動的秩序はこの協同現象と関係があるようなのだ。ハーケンはこれをシナジェティックスとよんだのであるが、本書はこのあと、同様なことが実は筋肉の収縮の動きにもおこっているという詳細な例をあげて、説明する。
これでだいたいの前提は用意できた。生命現象はどこかに不安定な頭でっかちをつくるはたらきがあって、それを協同活用して秩序をつくっているにちがいない。のちにこの不安定さのことは「ゆらぎ」と総称されるようになった。またここでは省略するが、「リミットサイクル」や「カオス」とよばれるようにもなった。
しかし、このような動的秩序がオルガネラから生態系を貫いてつくられる主たる作用は何によっているのかというと、どうも従来の科学概念でそれを説明するのに無理がある。ここには「情報」という概念の導入が必要なのではないか。清水さんは本書の後半で、いよいよ「情報」という視点によって動的秩序の形成を読み解く仮説にとりかかる。