著者敏雄の浮気の露見から、妻のミホが精神に異常を来たし、幼い兄妹(6と4歳か)と従姉妹や友人を巻き込んでの、壮絶な葛藤を描いた私小説だ。読み進むのが辛くなるが、読まずにはいられず、読後ずしりと重い感懐に捕らわれた。
かの三島由紀夫は「その壮絶な人間記録に、ただ文学的感銘という以上の怖ろしい迫力を感じさせられた。これは正に只事ならぬ世界であるが、やりきれないのはいかにもそれが現実的な地獄であることで、病める妻の嫉妬の論理の強靱さは、何ら世の普通の女房達の論理と次元を異にするものではなく、それがその同一平面上の極限的な現れに過ぎぬという恐怖を、読者に与え続けるのである」と、言っている。
「死の棘」論抄の中で、奥野健男は次のようにも言っている。もし妻からこのように厳しく絶対の愛の絆をもとに糾弾されれば、僕を含めてあらゆる男性が思わず総毛だつような怖ろしい小説である。そして自分はそういう妻の尋問に、この夫のように誠実につきあえるだろうか、もし妻が狂ってこういう風になった場合、俺はどうするだろうかと、一見平和で平穏な家庭生活がガラガラと崩壊していくのを悪夢の中に体験する思いになる。
この小説は、昭和29年10月から翌年の6月までの出来事を、昭和35年から51年にかけて「新潮」に発表されたものという。私はこの本を53年頃買って、本棚にずーとツンドクだった。日本文芸大賞と読売文学賞を受けている。今は、新潮文庫に入っている。