友だちが市会議員選挙に立候補した。「応援に来て欲しい」と言うので、告示の前日までは2回ほど出かけた。地バン、カンバン、カバンはがないが、どうしても出たいと言う。聞けば、町内の自治会長を20年もやっている。町内の人々が全て投票してくれることはないけれど、地バンとしてはそれで充分だろう。政党や団体の支援がないが、もしあるようなら私は応援しない。知名度もないが、大方の候補は知名度がないから同じことだ。子どもではないから、選挙を戦うくらいのお金は持っているだろう。
『ノーモア 立川明日香』を書いた週刊誌の記者がこの著書で、「市議会議員選挙というのは、きちんと選挙運動をすれば、誰でも当選できるんですよ」と、選挙コンサルタントの言葉を引用しているが、その通りだろう。地域で生まれ育った人なら、地域の人や同窓生が応援するし、年齢が若ければ若い人の票が入る。けれども、立候補者が「普通に頑張っている」ことがなければ、同窓生も若い人たちも投票してくれない。昔のように、地域で推薦したから、労組で推薦したから、投票してくれるような有権者は少なくなった。
市の行事でバッタリと街のボスに出会った。その人は現市長の強力な応援者で、「市長にさせてやった」と豪語している。その人が「次の市長選挙に立候補しないのか?」と聞くので、「しません」と答えると、「アンタのように、辻々で演説していく選挙にしにゃーあかんな」と言う。私に対するおべっかだが、地縁・血縁に頼る選挙の限界を感じていることも確かだろう。4月が選挙だけれど、既に市長は座を利用して盛んに政策を話している。現職が強いのは、日常の行動が政治活動だからだ。
友だちは「立ち遅れた」とか、「応援してくれる人がいない」とか、今更言ってもどうしようもないことを言うので、「過ぎた時間は取り戻せない。今、何ができるかですよ。やれることはただひとつ、あなたの思いをマイクで伝えるしかないでしょう。とにかく、死ぬ気でしゃべってください。必死さが伝われば当選できます」と叱咤激励する。現職議員の友人が応援に出かけてくれた。投票日まであと一日しかない。彼がどこまで必死になれるかである。
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