人通りの多い繁華街(はんかがい)を歩いていた淳史(あつし)は、一人の女に目をとめて凍(こお)りついた。彼の手は震(ふる)え、呼吸(こきゅう)は荒(あら)くなり、たまらずその場から逃(に)げだした。繁華街の通りを離(はな)れ、人気(ひとけ)のない脇道(わきみち)に足を踏(ふ)み入れた淳史は、
「まさか、そんな…」荒い息(いき)でつぶやいた。
彼は後ろを振り返ると、息を呑(の)んだ。そこには、さっきの女が立っていたのだ。その女はかすかに微笑(ほほえ)んで、淳史の方へ近づきながら、「やっと、見つけたわ」
「一恵(かずえ)…一恵…」淳史は口の中でそう繰(く)り返すと、また駆(か)け出した。どこをどう走ったのか、いつの間にか墓場(はかば)の中に入り込んでいた。淳史は驚(おどろ)き、へたり込んでしまった。
淳史はふと、目の前の墓石(はかいし)に目をやった。そこには<磯崎(いそざき)>と刻(きざ)まれていた。
「ねえ、返して」突然(とつぜん)、女の声が耳に飛び込んで来た。淳史は驚き振り返った。そこにはあの女が、淳史を見下ろしていた。女は、「早く返してよ!」と叫(さけ)んだ。
「ごめん、ごめんなさい」淳史は震える声で、「あれは、もう…」
「まさか、捨(す)てたとか…」女は淳史の胸倉(むなぐら)をつかみ、「言うんじゃないでしょうね」
「いや、捨てたわけじゃ…ないけど…」淳史は苦(くる)し紛(まぎ)れにへらへらと笑った。
「あの女か…」女は淳史に顔を近づけて、「やっぱり、あの女に渡(わた)したのね!」
女は淳史の腕(うで)を抱(かか)え込み、彼を引きずるようにいずこともなく去(さ)って行った。
<つぶやき>彼が何をしでかして、この後どうなったのか…。ご想像(そうぞう)におまかせします。
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