日野(ひの)あまりは、びくびくしながら水木涼(みずきりょう)の前に立った。あまりは剣道部員(けんどうぶいん)だが防具(ぼうぐ)をつけたこともなく、竹刀(しない)の持ち方もぎこちなかった。
「さぁ、打(う)ち込んできていいわよ」涼が言った。
「はい」あまりは返事(へんじ)をすると、竹刀を振(ふ)り上げながら、やけくそになって前へ突(つ)っ込んで行った。そして、竹刀を振り下ろす。竹刀は床(ゆか)に当(あ)たり、あまりの手から飛(と)び出した。
涼の声がする。「ちゃんと見なさいよ。目を閉(と)じてちゃ誰(だれ)にも当たらないわよ」
「そ、そんなこと言っても…」あまりは呟(つぶや)いた。急(いそ)いで竹刀を探(さが)し回る。面(めん)をつけているので視野(しや)が狭(せま)くなっている。這(は)いつくばって何とか見つけると、立ち上がって…。今度は涼がどこにいるのかと見回した。すると、面を軽(かる)く叩(たた)かれた。
「こっちよ。どこ見てるの?」涼が呆(あき)れた顔で声をかけた。
しばらくすると、多少(たしょう)はさまになってきた。竹刀を合わせられるようになり、涼も力が入ってきた。最後(さいご)は、あまりがへたばって倒(たお)れ込んだ。
涼は、あまりの面を外(はず)してやって言った。「どう? 楽(たの)しいでしょ」
そんなことを言われても、あまりは何と答(こた)えればいいのか分からない。涼は、
「今日は、もういいわよ。一緒(いっしょ)に帰(かえ)ろう」
涼はあまりを立たせると、剣道場(けんどうじょう)を出て行った。他(ほか)の部員たちは二人を見送りながら、どうなっているのかとささやき合った。
<つぶやき>いい汗(あせ)をかいたので、今日の晩(ばん)ご飯(はん)はきっと美味(おい)しいよ。でも、筋肉痛(きんにくつう)が…。
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