『動機』(文春文庫、2002.11)は、珍しく警察小説以外の作品が同時収録されています。
表題作は警察を舞台にしており、警務部提案で警察手帳一括管理を試験的に導入した矢先に、警察手帳30冊が一度に消える事件が起こります。普通に考えれば、外部犯行ではなく、内部犯行で、一番濃厚な疑いをもたれるのは手帳保管庫の鍵の管理責任者なのですが、当の本人は署内でも「軍曹」とあだ名され、恐れられるほど真面目一徹で礼儀にうるさい退官間際の老警官。警察手帳を盗む動機が何もない。警察手帳一括管理の提案者である警務課企画調査官貝瀬正幸は窮地に立たされます。捜査権限はないものの、居ても立っても居られず、独自に調査を開始。さて、犯人とその動機とは?
落としどころが人情的で、思わずほっこりしてしまいます。
その他の収録作品は、『逆転の夏』、『ネタ元』、『密室の人』の三編です。
『逆転の夏』は、結構ボリュームがある中編小説といったところでしょうか。12年の懲役を終えて出所した女子高生殺人犯の山本洋司が主人公。保護司の斡旋で遺体運送業で働くようになった山本はある日、謎の人物から殺しの依頼をしようとする電話を受けます。前科者であることが職場にばれることを怖れる気持ち。殺人事件の経緯や自分一人が悪者になってしまったことに対する悔しさや、「質の悪い女子高生に引っかかって人生を台無しにした」という被害者意識などが克明に描き出さされており、「殺人犯」というレッテルがいかに薄っぺらなものであるかが実感できます。
『ネタ元』では地方新聞の女性記者水島真知子が主人公。サツ回りを生業とし、「女の子」「娘っ子」扱いに反発しながら頑張ってますが。。。難しい世界ですね。刑事も事件報道もより強い「男の世界」。ダイバーシティがどうたらという建前はどうあれ、実際にはそうそう女性が輝いて活躍できるような場ではありません。それでも彼女には秘密の【ネタ元】があるらしい。。。
『密室の人』では裁判長安斎利正が主人公で、なんと彼が公判中に居眠りしてしまったことから物語がスタートします。しかも、こっくりと舟をこいだところを見られたのではなく、「美和」と奥さんの名前を寝ぼけて(?)呼んでしまい、法廷中の注目を浴びてしまうのです!記者連中には探りを入れられ、所長にはどやされ、被告人弁護士にはコート替えを要請され、奥さんの様子もかなりおかしい。
4編の中で一番サスペンス要素が多いのは『逆転の夏』で、結構読みごたえもあり、面白かったです。他の3作はそこそこ読めて、いい暇つぶしくらいのレベルのように感じました。