WEBマスターの読書日記

「木戸さんがこんなマメだったなんて」と大方の予想を裏切って続いているブログ。本、映画、感じたことなどをメモしています。

『おらおらでひとりいぐも』(著者:若竹 千佐子)

2018-02-25 20:00:34 | 本と雑誌

2月のプレミアムフライデーは、早めに会社を出れたので、確定申告に区の税務署へ。提出だけなのですぐ終わったが、そのあとに食事の約束があって待ち合わせまでまだ少し間がある。世田谷は税務署の入っている建物の1階に図書館があり、初めて中に入ってみた。館内は静かで広く、清潔。日なたにおかれた古い本のなつかしい匂い。ソファで新聞を膝に広げて爆睡しているおじいさん。子どもに小さな声で絵本を読み聞かせているお母さん、テーブルにたくさんの書籍を積んで調べものをしている学生。ふだん、サラリーマンなので税金はお給料から有無を言わさず引かれているものという認識しかなかったが、こういうところに使われているなら、なんだかいいなぁと思わせる風景である。私もソファに座って、待ち合わせ時間まで読みかけの本を開く。

定期的に大量の小説を読んでいると、自分の感覚が時代のトレンドと合うときがあるのか、読みたいなと思ってダウンロードしておいた本が大きな賞をとったり、好きな作家が文学賞を受けたりする。これもその1冊で、昨年何かの書評でみて気になってKindleに入れておいたのが、読みはじめるころには芥川賞受賞作品になっていた。

74歳の桃子さんは、東京近郊のかつての新興住宅地に一人暮らし。干し柿と服が一緒にかけてある部屋にねずみが出るという、キャッチーなつかみから始まる。標準語での客観的な描写と、とっても濃い東北弁での感情のほとばしり。長年の都市暮らしで身につけてきた「私」という標準語と、出身の東北弁での一人称「おら」との相克。自分と、なぜか自分の中から聴こえてくる多数の声との相対。最愛の夫への深い想いと、その死で自由になったという解放感そして慟哭とのせめぎあい。疎遠になって、電話がくるだけでもうれしい娘が家計費のおねだり目的だったと知ったときの静かなさみしさと、その娘がやっぱり自分の大事な核になるものを継いでいてくれたというラスト喜びの爆発。いろいろな要素の入った、なんとも複雑な味わいでおいしいスープみたいな本である。飲み終わった、じゃなかった読み終わったあと味は、満ち足りた満足感に、一抹のほろ苦さと酸っぱさあり、だけど不思議にもたれない爽やかさ。文章のリズムも素晴らしい。


『シュードッグ』(著者:フィル・ナイト 訳:大田黒 奉之)

2018-02-18 20:18:26 | 本と雑誌

ナイキの創業者、フィル・ナイトの自伝。時は米国で、スニーカーがスポーツ選手しか履かない専用靴から、広く大人から子供まで何足も楽しんで選ぶ日常ファッションとして花開く時代。斬新なデザインと明快なビジョンでその大きな流れを作ったナイキの上場するまでの黎明期は、日本メーカーのオニツカ(アシックスの前身)との泥沼の訴訟沙汰あり、急拡大する需要に工場キャパも支払いも追いつかない地獄の資金繰りあり、やっと会社が軌道に乗ったと思ったら、政府から2500万ドルもの関税支払いを通達されて破産するかもという運命の瀬戸際あり。ものすごい企業家なのに、思いつきで突っ走るわ、うじうじ後悔するわ、ストレスで夜寝られないわ、ご自分でも「鏡を見ても私にはオーラなんか全くない」「何百回、何千回と間違った判断を下してきた」なんてストレートすぎるさらけ出しっぷり。キレイごと、美談にあふれたビジネス啓蒙書とは真逆をいく。最高に面白い。

先週、大好きなサントリーホールで大好きなラフマニノフの「パガニーニの主題による狂詩曲」があったので、直前で慌ててチケットを取った。有名な第18変奏はあまりにも美しく、聴くだけでは飽き足らず、弾くために暗譜したほどである。当日席に着いて、これが休憩の前の2曲目だったので、あれっと思った。これでは最初の曲が終わったらすぐに、お客さんの見ている前で舞台中央に大きなグランドピアノを移動させなければならない。休憩中に配置を変えられる後半にすればいいのに・・・しかし続けて後半のプログラムに目を通したところで、理由がわかった。

ラヴェルの繊細な「クープランの墓」はオーケストラでは編成が少人数だし、ガラッと変わって最後に金管をわざわざ別の場所から高らかに響かせる「ローマの松」はやっぱりフィナーレだろう。指揮者の好みだけで選んだとしか思えない4曲。フィル・ナイトと同じ1938年生まれ、御年80歳になる名誉指揮者ユーリ・テミルカーノフが明るくあっけらかんと「この歳ではもう好きな曲しかやらないんです」と語っていて、思わずニッコリしてしまった。天分のうえに極限まで突き詰めて努力するすごさとは、またその道を選んだ楽しさでもある。どの曲も本当に素晴らしく、もちろんピアノも感動的で、大満足のステージだった。


『ミレニアム5(上)(下)』(著者:ダヴィド・ラーゲルクランツ 訳:ヘレンハルメ 美穂/久山 葉子)

2018-02-12 20:30:05 | 本と雑誌

年末から年始にかけて大量の本を処分した。思いたったきっかけは文庫本。掃除のとき本棚にクリーナーをかけると、薄いのでだんだん背表紙が傷んでくる。今や夏目漱石も森鴎外もkindleで読めるし、本棚を新しくして入りきる分だけ残せばいい。ここで大抵の場合、捨てようと思う本をつい読みふけったりして意外に長い時間が経過するものであるが、心を鬼にしてどんどん整理を進め、20分ほどで分別完了。にしても最後まで残そうか残すまいか迷ったのがこの「ミレニアム」シリーズである。

10年ほど前、日本で初の翻訳が出た頃からのファン。特にリスベット・サランデルが峻烈なデビューを飾る1巻目が大好き。ミカエルが極寒のヘーデスタで暮らす静かな日々は何度も繰り返して読んだ。ハヤカワの書体と行間の雰囲気、ページをめくるときの味わいもいい。だが厚いハードカバーで上下合わせて8冊、しかもこの最新刊からkindleにしちゃったし、残すと本棚のスペース的には、数年前に苦労して読みきり半端ない達成感を得られたプルーストの「失われた時を求めて」を捨てることになる。うーん・・・と迷うことしばし、やっぱりこちらを選んでしまった。「失われた」は次にまた、最初から最後までじっくり読みたい気力があれば(あるのか?)、新訳のほうをトライすればいいし。

前3部作が世界的大ベストセラーとなっただけに、ダヴィド・ラーゲルクランツが続編を引き継いだ4作目は、著者が変わって大丈夫なのか期待と不安の前評判が交錯したものの「うわ、面白いじゃん。それにミレニアムっぽい」と読者から圧倒的な支持を得た。今回はじっくり試される作品であろう。私的には、欲を言えば、もっとリスベットの多面性を破天荒に描いて欲しかったかなぁ。だけど個性と世界観を残しつつ迎合せずに新しさを取り入れるのは至難のワザで、そういう意味でとてもバランスよく、読んでいて楽しめた。冒頭に「今までになかったヒロイン」を鮮やかに登場させ、3作かけて壮大な物語を社会的な課題も織り交ぜて結実させた前作みたいに、どこかで大きなテーマがつながるのか。次作も期待。


『フォールアウト』(著者:サラ・パレツキー 訳:山本 やよい)

2018-02-11 18:06:09 | 本と雑誌

1月に入り都内でも2回雪が降って、冬らしく寒い日が続く。周囲で風邪やインフルエンザ、胃腸炎が続出しており、私も先週の土曜、少し喉が痛くなったが、このところ体調が抜群に良くて一晩寝れば治るので、すっかり油断していた。寒風が吹くなか元気にベランダの掃除をし、新しい家具の搬入に来てもらって動き回り、夜にワインを飲んでベッドに入った翌日曜、朝起きてみると体が異様に熱っぽい。あわててジョギングを中止、市販の風邪薬を飲んで寝ていると、さらにぐんぐん熱が上がっていくのがわかる。喉はキリキリと腫れていて、頭や手足の関節が痛む。そういえば大学生のとき、風邪をこじらせて高熱40度近く意識が薄れ、親が救急車を呼んで入院する騒ぎになったことがある。大学時代よりも体力の落ちた今、どこまで熱が上がるのかと怖くて体温計で測れない(笑)。

うちのマンションは1階に内科があり、朝、病院があく時間を待ちかねて駆け込んだ。検温の結果をみて気のよわい私、ふらっと倒れそうになる。絶対にインフルエンザと思ったのに、しかし検査は陰性。熱が高いので、下がるまで外出せず再検査を受けてくださいとタミフルと抗生物質を両方とも処方された。どちらかが効いたらしく、数時間うとうとしているうちに熱が下がってきて、夜起きて大好きなサラ・パレツキーの最新作を読み終える。主人公の恋人がコントラバス奏者で、スカイプでオペラのアリアを弾いてくれるという話が出てくる。ああ、うらやましい。

1月にサントリー・ホールでチョン・ミョンフンの指揮する東京フィルを聴いて、あまりのすごさに言葉を失った。誰よりもモーツァルトらしい、音が甘くキラキラ輝いているようなジュピター。軽やかな旋律の枠組みを、大きく飛び跳ねて墜ちていくスケールの崇高さに鳥肌がたちっぱなしだった幻想交響曲。前から2列目だったので巨匠の表情がよく見え、オーケストラと対峙するその真剣な目つきに、もううっとりして目がハートマークに。いつも風邪で熱が出ると咳が何週間も続いてひどいのに、今回は熱が下がったら咳は出なくなって、再検査の結果も陰性だった。風邪じゃなく、最高の演奏に大興奮したあまりの知恵熱だったのか。