「キネマの神様」の原田マハによる、戦後間もない沖縄を舞台にした美術小説。サンフランシスコで何不自由なく育った若い精神科医の青年が、米軍の医師不足により突然、極東への赴任を命じられる。太平洋戦争の終結から4年、朝鮮戦争の勃発まであと1年というこの時期の沖縄は、緑のうつくしい大地が焦土と化し、家族も財産も失ってなお必死に生きようとする人々に、むごい暴行事件が頻発する悲劇の地だった。気の狂いそうな太陽が照りつける夏、医師は北の森でたくましく生きる画家の集団に出会って強い友情を育んでいく。読み進めるにつれ一篇の詩のような風景が立ち上がり、そこに爽やかな風が意思をもって吹き抜ける。巧みである。
私の通った大学は八王子の奥にあり、片道2時間という遠距離かつ周囲に山と畑だけという環境で、授業の間の空き時間をたいがい図書館か美術サークルの部室でつぶすことになった。油絵は独特の匂いに床や壁が汚れると自宅に持ち帰ることを親に断固拒否されたので、仕方なくパステルと水彩を選択。すぐに夢中になり、大学1年で最初に迎えた連休はどこにも出かけず夜のパリの街路樹を描いた。階段に点々と影を落とす濃く茂った木々、一面モノトーンの霧の中で、街灯の明かりを受けた葉だけが鮮やかなグリーンに輝いている。気に入っていたが、サークルの美術展に出したらどうしても買いたいという人がいて譲ってしまった。あの絵は今どうしているだろう。
水彩は会社に入ったあとも趣味で続けていたものの、だんだん忙しさにまぎれて描くより見るほう専門になった。この小説の主人公は、命がけで届けられた肖像画をアメリカに戻って60年間かたときも離さず、余暇は絵を描き続け、戦禍に蹂躙された島の痛みとそこで生まれた強烈な美しいアートを思い出し続ける。これを読んでから見に行った「この世界の片隅に」でダブル号泣してしまった。戦争を知らない世代でも、強く追体験するのはこのような優れた作品を通してこそ。