WEBマスターの読書日記

「木戸さんがこんなマメだったなんて」と大方の予想を裏切って続いているブログ。本、映画、感じたことなどをメモしています。

『異類婚姻譚』(著者:本谷 有希子)

2016-06-19 16:52:37 | 本と雑誌

体調もだいぶ回復し、一枚ずつ薄皮をはぐように痛みがだんだん消えつつある。一昨日は、2週間前に入院で延期した出張で京都へ。4月にロボット事業に異動し、精巧で高性能かつキュートなロボットがまるで自分の子供のように可愛くて仕方ない。疲れたときにYouTubeに公開されているブランド映像を見ると、かわいすぎて本気で癒される(笑)。ペットの犬や猫に愛着をもつとなんだか飼い主に表情のパーツが似てくるというが、ロボットはどうなんだろう。

芥川賞をとったこの小説は、ペットならぬ結婚した相手と顔どころか存在そのものが融け合ってしまう、こわーいお話。最初は結婚生活の危機についての比喩かと思って読み進んでいくうち、食べ合ってお互いの頭を飲み込んでしまうウロボロスの蛇とか、果てしなく天ぷらを食べ続ける夜ごはんとか、幻想的をこえてかなりヤバい雰囲気に。そしてシュッとした最後。最近の作家では出色の良さである。

雨もよいでしっとりした曇天の京都は、日帰りで帰るには惜しい素敵なたたずまいだった。病み上がりの体をかばいつつ、かつ朝は病院から直行して仕事で数時間の滞在だったが、東京へ戻る新幹線に駆け込む前に、「おかる」で葛でとじた熱々のあんかけうどんを一杯だけ食べられた。次は休暇で来よう。


『ずっとお城で暮らしてる』(著者:シャーリイ・ジャクスン 訳:市田 泉)

2016-06-12 14:58:14 | 本と雑誌

入院中、完全に絶食して24時間点滴の生活が続き、炎症がおさまってきて初めて食べたのがヨーグルト。そして様子を見ながら出された三分がゆの病院食があまりに美味しくて、うす味を好むように味覚が変わった。今まで、ステーキと味のこってりしたB級グルメが何より大好きだったのに、今や普通のお味噌汁でもなんだかしょっぱいように感じる。豚肉の生姜焼きなど、1枚食べると味が濃すぎて残すくらいで、前はごはんにのせてさらに醤油をたらしていたのが我ながら信じられない。

最近の好みはおかゆ。ごはんやパンが胃に重たく、3日に1回は土鍋でおかゆを炊いている。以前の私の食生活と食べる量を知っている友人など、「今ほんとに病人なんだねぇ」としみじみしたSMSを送ってくる。からだ的には、消化器系のお休みの時期なのだろう。アメリカの作家、シャーリイ・ジャクスンの描くノーマルな社会からひっそりと隔離された生活のようである。

美しい姉と歩けない老いたおじと、村はずれの大きな屋敷に暮らす少女。村人たちの嘲笑や意地悪にびくびくしながら週に1回、外に出かける神経の繊細な子どもと思いきや、ページをめくるたびにおかしな違和感が大きくなってくる。6年前に家族全員が毒殺、おじの車椅子、雨ざらしの木に打ち付けられた本・・・幽霊も血もスプラッタな殺人鬼も出てこないのに、飛ぶように読ませてこんなに怖いのは、さすがに全米屈指の恐怖小説の女王。最後が特にこわい。


『BAR追分』(著者:伊吹 有喜)

2016-06-11 16:45:33 | 本と雑誌

いつの間に梅雨入りしたんだろう。空気がじっとり重くなって、空の色が一日に目まぐるしく変わる。道を歩いていると、紫陽花の大輪の青紫や濃いブルーが重たい面積でもってあざやかに視界に飛び込んでくる。なんだか今年は雨の日が多い。入院していたせいか、気が付くともう6月も半ばかあ、とため息。

腹膜炎の痛みがぶり返すのが嫌で、今週は出社したものの会社にいる時間が一日10時間をこえないように、真剣に気をつけた(笑)。ヒトのやわらかく精密な臓器の中に、ひどい炎症を起こした大きな石がギリギリとねじこまれてあるというのは、比喩でもなんでもなく拷問みたいな激痛なのである。自分の心身を過信しすぎ、と家族にも釘をさされ、たしかにそうだったかもと反省。

週の前半はまだ痛みが続いて、運動はおろかあまり歩くことさえできない。今までは駅や会社で、仕事のことを考えながら結構なスピードでカツカツ歩いていたのが、ゆっくり歩行を進めている人の気持ちがよく分かるようになった。心情的にもまろやかで優しいものが読みたく、新宿のいい感じな飲食街を舞台にしたこの本をセレクト。それにしてもこのバールは雰囲気が熟成されていて、古いものと新しいものがバランスよく混じり合い、うちの近所にもあってほしい。


『キャロル』(著者:パトリシア・ハイスミス 訳:柿沼 瑛子)

2016-06-05 17:06:45 | 本と雑誌

アラン・ドロン主演、ニーノ・ロータの音楽で有名な「太陽がいっぱい」の原作者、パトリシア・ハイスミス。たんたんと乾いた筆致で人間の感情を豊かに描きだすこのアメリカの女流作家が好きで、トム・リプリーのシリーズをはじめ一通り読んだ。新しく出た初期のこの作品、女性同士の恋愛小説で、完全にハイスミスっぽくない。皮肉な視点も諧謔的なユーモアもなく、ひたすらにロマンチックである。

ヒロインは舞台美術の仕事を探しながらアルバイトで生活しているテレーズ。優しく理解のあるカレがいるのにどうしても恋愛感情をもてず、バイト中のデパートで電撃的な出会いをする。離婚手続きが進行中でアルコールびたり、でもエレガントでリッチなキャロルは、2月に公開された映画ではケイト・ブランシェット。とても魅力的に好演している。

ハイスミスは女性が好きで、本がまだ売れなかった時代にデパートで働いていたとき、売り場に来た富裕なマダムに強烈な一目惚れをし、一気にこの本を書き上げた。ジョン・フォックスの爽やかな名作「潮騒の少年」を読むとよくわかるのだが、恋愛対象として同性を選ぶのは、自分の理性で全くコントロールできない本能で、だけれど異性・同性を問わずこんなに強くてピュアな思いを抱けるのは美しい。ひとりになったテレーズの絶望も、再びキャロルを見出したラストの天に舞い上がるような歓喜も、すごく切なくて読む人の心を打つ。


『ルネサンスの女たち』(著者:塩野 七生)

2016-06-04 17:37:48 | 本と雑誌

先週金曜の夜、大好きな指揮者のコバケンを聴きに。名曲の1楽章とかオペラの短いアリアを束ねてまるで花束のようにした構成、ビギナー向きだがヴァイオリンありピアノあり、テノールは声に素敵な艶のある笛田博昭氏も登場して素晴らしいステージ。ここは余韻を楽しみつつシャンパンでも飲みたいところだが、珍しくおなかににぶい痛みがあり、アンコールの拍手も早々にサントリーホールを後にした。

ところが土曜日になると痛みは右下腹部へ移動。病院で血液検査をすると炎症反応が出たので、抗生物質を打ってもらって帰宅したものの、その晩、あまりの激痛に目をさました。息を吸うだけで焼けた鉄棒をギリギリ差し込まれるような痛みに一晩中苦しみ(思えば、救急車を呼べばよかったのだが)、日曜の朝にタクシーで這うようにして病院に行くと、炎症反応は重篤レベルという検査結果に。医師「腹膜炎です。すぐ入院しないと」「え。でも今週は京都出張もあるし会議のスケジュールが相当立て込んでいて・・」「一日遅れれば遅れるほど命にかかわりますよ。生きてなきゃ仕事できないでしょ」・・・ということでその場で入院。

CTスキャンでは腎臓の下くらいにウズラの卵大の石が見つかり、普通の盲腸の位置とかなり違うので分からなかったらしい。絶食して日本で一番強い抗生物質と栄養剤の24時間点滴が何日も続き、本当にやっとのことで炎症がおさまった。切るには虫垂の位置が上すぎて背中まであける大きな開腹手術になるということでいったん退院。この本は病院のベッドで読んだ思い出深い1冊になった。15世紀後半から16世紀にかけてのイタリア・ルネサンス期、国家乱立に伴うドロドロした政争時代を生きた4人の女性を描く。異なるタイプを選んだバランス感覚といい、大きなテーマに話のそれぞれが緻密なディテールといい、いつも思うのだが塩野七生さんはすごい作家である。