ナイキの創業者、フィル・ナイトの自伝。時は米国で、スニーカーがスポーツ選手しか履かない専用靴から、広く大人から子供まで何足も楽しんで選ぶ日常ファッションとして花開く時代。斬新なデザインと明快なビジョンでその大きな流れを作ったナイキの上場するまでの黎明期は、日本メーカーのオニツカ(アシックスの前身)との泥沼の訴訟沙汰あり、急拡大する需要に工場キャパも支払いも追いつかない地獄の資金繰りあり、やっと会社が軌道に乗ったと思ったら、政府から2500万ドルもの関税支払いを通達されて破産するかもという運命の瀬戸際あり。ものすごい企業家なのに、思いつきで突っ走るわ、うじうじ後悔するわ、ストレスで夜寝られないわ、ご自分でも「鏡を見ても私にはオーラなんか全くない」「何百回、何千回と間違った判断を下してきた」なんてストレートすぎるさらけ出しっぷり。キレイごと、美談にあふれたビジネス啓蒙書とは真逆をいく。最高に面白い。
先週、大好きなサントリーホールで大好きなラフマニノフの「パガニーニの主題による狂詩曲」があったので、直前で慌ててチケットを取った。有名な第18変奏はあまりにも美しく、聴くだけでは飽き足らず、弾くために暗譜したほどである。当日席に着いて、これが休憩の前の2曲目だったので、あれっと思った。これでは最初の曲が終わったらすぐに、お客さんの見ている前で舞台中央に大きなグランドピアノを移動させなければならない。休憩中に配置を変えられる後半にすればいいのに・・・しかし続けて後半のプログラムに目を通したところで、理由がわかった。
ラヴェルの繊細な「クープランの墓」はオーケストラでは編成が少人数だし、ガラッと変わって最後に金管をわざわざ別の場所から高らかに響かせる「ローマの松」はやっぱりフィナーレだろう。指揮者の好みだけで選んだとしか思えない4曲。フィル・ナイトと同じ1938年生まれ、御年80歳になる名誉指揮者ユーリ・テミルカーノフが明るくあっけらかんと「この歳ではもう好きな曲しかやらないんです」と語っていて、思わずニッコリしてしまった。天分のうえに極限まで突き詰めて努力するすごさとは、またその道を選んだ楽しさでもある。どの曲も本当に素晴らしく、もちろんピアノも感動的で、大満足のステージだった。