![]() | ボクの音楽武者修行 (新潮文庫) 価格:¥ 452(税込) 発売日:2002-11 |
夢の中であ、きれいな旋律と思ってぼんやり目が覚めた。ショパン、バラード第一番のなかのとてもきれいな数小節。日経新聞の「私の履歴書」が素敵すぎて、朝から会議が詰まっているあわただしい日でもこの連載は楽しみにして必ず読んだ。だからかな、日々見る夢には必ず音楽が鳴っている。
ピアノよりラグビーの練習を優先してしまい、指を骨折して指揮科に転向したとか、周囲が海外に出て行くのになかなか機会がなくてものすごーくあせったとか。なんてフランクでお茶目な人なんだろう。でも、出てくるエピソードは凄いものばかり。貨物船に乗り込んでフランスに着いた、パスポートも持っていない青年が、国際指揮者の登竜門ブザンソンのコンクールにぽっと出ていきなり優勝してしまう。それにタングルウッド音楽祭のコンクールでも1位。気難しいミュンシュに、いかにもオマエが気に入っているぞという柔らかな笑顔で話しかけられている写真。神様みたいなバーンスタインに、いかにも愛されている風に肩をしっかり抱かれて羽田空港に入ってくる写真。凄すぎる。音楽界の羽生結弦選手みたいな人が昭和30年代の日本にいたんだ。
もっとこの人のことを知りたくて、やんちゃざかり20代の小澤青年が書いたエッセイを買って読んだ。最初のページ、指揮棒を目の前にかざしている写真を見て、凄さの納得がいく。無限という言葉がぴったりくる。この目で見られたら、人も楽器もどんな音でも出してしまうだろう。指揮者の演奏者の、聞く人の区別もない、ただ美しさだけがホールに満ちているという理想の言葉通りの演奏になるだろう。海外にひとりぼっちでしんどい時も多かっただろうに、必死に努力を積み重ねて、でも生活も人付き合いもいかにもおおらかに楽しんでいるみずみずしさ。