WEBマスターの読書日記

「木戸さんがこんなマメだったなんて」と大方の予想を裏切って続いているブログ。本、映画、感じたことなどをメモしています。

『三国志(9)』(著者:宮城谷 昌光)

2013-11-30 19:16:21 | 本と雑誌
三国志 第九巻 (文春文庫)三国志 第九巻 (文春文庫)
価格:¥ 630(税込)
発売日:2013-10-10


英語を本格的にやりだすと通勤時間も貴重で、iPhoneで英文を読んだり、文法をさらったり、知らない単語をこまめに覚えたりしているとあっという間に会社に着く。最近、本を読む量が一気に減った。文庫本をバッグに入れているとつい読んでしまうので、なるべく持ち歩かないようにしている。



フライト中に読もうと思って成田で買ったこの本も、読み終えたのは一か月以上たった今日。ここ1週間、夜に咳がでて熟睡できない。食欲はあるし体調も良いのだけれど、なんだか頭がぼうっとするので、今日は読書。お医者さんに行くと嫌いな薬を出されるうえに、お酒と長風呂を禁止されるので、嫌だなぁと思って行かない。



9巻は「泣いて馬謖を斬る」の有名な話、三国志のどの映画や舞台、小説でも軍事謀略の天才というイメージで描かれる諸葛孔明が、ここではむしろ負け戦ばかりのダメ軍師である。すでに劉備は亡くなり、蜀をひとりで支える宰相として、将としても人としても未熟なところから悩みつつ成長していく人間くささを描きたかったのだろう。美談や英雄譚ではなく、膨大な文献を調べながら1人、1人のエピソードを丁寧に書いていく宮城谷氏の三国志が気に入って、ずっと読み続けている。





『失われた時を求めて〈11〉 第六篇』(著者:マルセル・プルースト 訳:鈴木 道彦)

2013-11-16 20:54:26 | 本と雑誌
失われた時を求めて 11 第六篇 逃げ去る女 (集英社ヘリテージシリーズ)失われた時を求めて 11 第六篇 逃げ去る女 (集英社ヘリテージシリーズ)
価格:¥ 1,200(税込)
発売日:2007-01-19


グールドが亡くなったときのとても古い新聞記事の切り抜きが、実家のLPレコードに入っていて、なつかしく読んだ。大人になってからゴールドベルク変奏曲とブラームスのIntermezziがきっかけで、また日常的に聴くようになった。グレン・グールドの弾くピアノはどうしてこんなに素敵なんだろうと思う。ロマンティックに甘くてやわらかくて、それでいて音符一つの響きはむしろ硬くて、音と音とのあいだの間隔が神様のように絶妙なするどさとセンスで。



グールドと感受性の面でちょっと似ている、サン=サーンスのヴァイオリンソナタが「失われた時」ほぼ全編に繰り返す重要なモチーフ、ヴァントゥイユの小節のモデル。11巻は、パリの部屋の壁をコルクで貼って音を一切遮断したプルーストが頭脳と心のなかだけを探って華やかな言葉の花束を描きこんだ、信じがたい悲しみの世界。やがて愛よりもはるかに強い忘却がやってきて、有名な挿話、ヴェネチアで死んだはずの最愛の恋人からの電報が来たときには、それを「自分とは関係ないもの」として配達夫に返そうとするほど気持ちは冷めている。



それにしても最初はすぐ読めるだろうと思ったのに、なかなか読み終わるまで時間がかかる。




『リュパン、最後の恋』(著者:モーリス・ルブラン 訳:高野 優)

2013-11-04 17:51:10 | 本と雑誌
リュパン、最後の恋 (創元推理文庫)リュパン、最後の恋 (創元推理文庫)
価格:¥ 735(税込)
発売日:2013-07-27


休暇の後半は毎日ずいぶん長く眠っている。まったく進んでいないプルーストを持って夕方ソファに丸くなったら、本のせいか居心地がいいせいか、ページを開いたとたんにとろとろ眠気に引き込まれ、雨が激しく降ってきた音で目覚める。ああ、1時間ほどまた寝てしまった。



私の通っていた小学校は図書館が充実していて、ルブランやドイル、クリスティ、モンゴメリなどが子供むけのシリーズでそろっており、何度も借りて読んでいた。犯罪をアバンチュールとして楽しんでいるキザなフランス人の泥棒紳士よりも、霧のロンドンでパイプをくゆらしスパッと事件を解決するシャーロック・ホームズのほうが断然好きだったが、ルブランが脳血栓で倒れる直前に書いたこの遺作を読んで、180度印象が変わる。なんていい男。



もっとも、貧民街の子供たちを熱心に教育し、フランス国家と科学のために財産を使い、意中の美女を王妃にするために自分から身を引こうとするアルセーヌ・ルパンは、隙がなさすぎ、理想的すぎるかも。世界で有名になりすぎたイコンを書く大変さは、きっとこういうことなんだろう。もう少しルーズで人間的、ちょっとダメなところがあると、フランスの誇る大泥棒っぽくて完璧なのになぁ。




『富豪刑事』(著者:筒井 康隆)

2013-11-02 17:45:10 | 本と雑誌
富豪刑事 (新潮文庫)富豪刑事 (新潮文庫)
価格:¥ 460(税込)
発売日:1984-01-12


困ったことといえば唯一、飛行機の気圧で使い捨てコンタクトの容器が開かなくなったことくらい。10年ぶりのパリは、本当にここがフランスかと思うほど劇的に変わって、道に迷えば歩いている人がGoogle Mapに聞くよりよほど親切に教えてくれる。お店は明るくて清潔になり、メニューは読みやすいように活字になり、カフェのギャルソンは代金を払う時に目があうと、何とニッコリ笑顔になる!(これには驚いた)



20代のとき、フロールやドゥ・マゴといったいつも混んでいる敷居の高いカフェは、ひとりで入りにくかったのに。ドラクロワ美術館を訪ねた帰り、サンジェルマン・デ・プレを歩いているうちに冷たい雨がふってきて飛び込むと、通る隙もないくらい満杯のお客さんにもかかわらず、支配人がニコニコしながらVoilà, とストーブのそばに席を作ってくれる。かなり信じがたい。若い世代への変化と、EUで様々なものが統一されてきたおかげか。



フランスのカフェやレストランは長居OKなので、遠慮なく夕食の時間まで熱くて濃いショコラをすすりながら読書。大富豪の御曹司がお金を湯水のように使って、常人では考えついても実行できない大がかりなトリックで事件を解決していく。読んでいると、隣に座ったおばあちゃんが何か話しかけたそうにちらちらページを覗き込んでくる。なぜだろう、世代に関係なくパリの住民は人懐っこくなった(と思う)。




『年の残り』(著者:丸谷 才一)

2013-11-01 17:04:15 | 本と雑誌
年の残り (文春文庫)年の残り (文春文庫)
価格:¥ 520(税込)
発売日:1975-04-25


パリの休暇から帰り、シャワーを浴びて夕方、冷蔵庫の中身を補充しにスーパーマーケットに行く。朝の太陽がまぶしいモンパルナスの石畳を歩いてホテルを出たのが、今朝の記憶のようだけれど、不思議なことにそのあいだには16時間も経過している。一日に昼がまるごと欠落して、朝の次はすとんと夜になった、変な感じ。スーツケースを片付けてトマトジュースを飲みながら、丸谷才一氏の本の続きを読んで、あ、これは時差ぼけに似ていると思う。



若い始まりと、老年の終わりが一直線につながっているところ、友人も友人の妻も、生まれた子供も、そしてまた別の友人が、次々と彼岸に往ってしまう静かな寂しさ。熟したオリーブが大地に感謝しつつ枝から落ちていく自然な死の例え。本当にこの人は日本語というものを知り尽くして、言葉に少しの隙もない、下手な言い回しもセンスに欠ける構造も一つとしてない。そして行間から美しい抒情が漂う、名作である。



名作といえば、パリも素晴らしかったが、発つ前夜にサントリー・ホールで聴いたファジル・サイのラヴェルも魔法みたいに素敵だった。ステージに近い席だったので、太くてしっかりした指が鍵盤を駆け回るのをずっとわくわくしながら見惚れていた。大歓声の中をお辞儀するきらきらした目も、アンコールを弾きに戻ってくるときのちょっと疲れて不機嫌そうな表情との落差も最高。(そういえば、どこかのコンサートで、アンコールに興がのってベートーヴェンのピアノ協奏曲第5番「皇帝」を一曲まるごと弾いたらしい。いいなぁ)