梅雨の最中だというのに、なんだかとてもカラッとして過ごしやすかった10日の土曜日、
原三溪市民研究会に橫浜まで行ってきました。
少し早目に家をでて、午前中に横浜開港資料館に寄りました。
4月から催されている
「『橫浜貿易新聞』創刊120周年 地域メディアの誕生」 を見るためです。
骨折するまえから、これは絶対に見に行こうときめていたので、やっと間に合いました。
現在の『神奈川新聞』につながる『横浜貿易新聞』が創刊されたのは明治23(1890)年でした。
それが『横浜貿易新報』(明治39)→『神奈川県新聞』(昭和15)→『神奈川新聞』(昭和17)と変遷していきます。
もとは横浜商人たちの組合の機関紙として出発した実業紙だったので、
一般紙といっても生糸関係の記事もおおく、
堅曹さんの死亡記事が載っていたこともあり、興味がある新聞でした。
今回の展示で明治時代から現在の神奈川新聞になるまでの変遷や、紙面の変化などがよくわかり、
新聞が地域の文化や人々のオピニオンリーダーとして影響をあたえていったことが明らかになっています。
現在と違い多くのメディアがなかった時代には余計その役割が大きかったのではないかとおもいました。
さて、午後は横浜美術館で原三溪市民研究会です。
4月から新しい人も何人か入られ、最近は会場が狭く感じられるほど出席もよく
会はたいへん盛況です。
今回は輪読会が行われ『原三溪翁伝』を読み進めました。
会が終わってから有志の方たちが私の快気祝いと新しく会員になられたSさんの歓迎会を
横浜ドックのなかのお店でしてくださいました。
やっと杖もつかずに歩けるようになり、電車を乗り継いでいくことができて、
しかも皆とワイワイ飲んだり、しゃべったり。
骨折で痛かったことやつらかったことも
みんな忘れてしまうほど楽しかったです。