気ままに

大船での気ままな生活日誌

城山三郎展 in 横浜

2010-05-12 06:39:33 | Weblog

横浜・山手の県立神奈川近代文学館で、”城山三郎/昭和の旅人展”が開かれている。先日、ふたりで出掛けてきた。

城山三郎というと経済小説という新しい分野を開拓したことで有名だが、ぼくはあまり経済界に関心がなく、彼の本を読んだことがなかった。しかし、退職後、いろいろなことに興味をもち始め(汗)、うちの近くの三越デパートが撤退したあと、オープンしたブックオフで最初に買った本が、城山三郎の本だった。”どうせあちらへは手ぶらで行く”という日記スタイルの本だった。帯には、”これからは鈍々楽(どんどんらく)で生きる/そうかもう君はいないのか最終章”とあり、この帯の誘いにのってしまった。”あちら”が、だんだん近づいている証拠だろう(汗)。


その本の中の終章で、”勲章について”という項目があって、妻から仕事場へ電話。”来た来た来たわよ、あなたどうする”文化庁から紫綬褒章の内示の知らせだった。”そんなものいらない、断れ、物書きの勲章は野垂れ死にだというだろう、国家からもらうような勲章はいらない”ときっぱり断った。

文学館に来たとき、ちょうど学芸員によるギャラリートークが始まるところだった。20分間ほど、彼の履歴などの話を聞き、なるほど、勲章なんかいらないはずと納得した。彼は、戦時中、軍国主義を礼賛するある本に夢中になり、お国のためにと17歳で志願入隊した。ところが実際は、軍隊の”狂気”をまのあたりにすることになった。この経験から、戦後、人の幸福や志が組織の”大義”によってそこなわれてはならないと強く思うようになったということだ。そうゆう人が、国から勲章などもらう気などさらさらないだろう。

ぼくは戦争体験はないけど、クニから勲章などもらいたくない(くれるはずはないけど)。あんぽんたんめん元国会議員やその他大勢のぼけなすの生姜入りあんかけ財界人(全部とは言わないが)より下位の勲章なんか、もらう奴の気がしれない。またまた、ミンシュ、ジミンから、未来のあんぽんたんめん勲章候補が雨後のタケノコご飯のように続々現れてきたが、出す方も出される方も、いったい何を考えているのだろうか、開いた口がふさがらない。

城山三郎はこうゆうヤカラちゃんは、小説の主人公にはしない。”無私の精神をもって、国民を愛し、ひたむきさ”をもつ政治家、”私財を肥やすことなく、銀行制度の確立や株式会社の設立に尽力し、医療、福祉、教育など社会事業に貢献する”財界人(雄気堂々)しか相手にしない。また、”ねずみ”では、大阪朝日新聞に濡れ衣をきせられた、焼き打ち事件の”鈴木商店”の金子直吉を綿密な調査で名誉回復をはかった。そして”辛酸 田中正造と足尾鉱毒事件”では私財をすべて鉱毒反対運動などに使い果たして、死去したときには、ずた袋1つで、中身は、新約聖書、鼻紙と趣味の小石3個だけだったという人物をとりあげた。そのずた袋が展示してある。本当に小さな袋で、”どうせあちらへは手ぶらで行く”の典型だ。
。。。
いくつかの色紙が展示されていた。城山三郎の座右の銘だったのだろう。

この日
この空
この私

一日即一生



静かに行く者は 健やかに行く
健やかに行く者は 遠くまで行く

。。。

奥さんと茅ヶ崎海岸を歩く。    

愛用の鞄と帽子。


。。。

そのうち、彼の”経済小説”も読んでみよう。またシゴトが増える、ああ、いそがしい。
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