(注)本シリーズは「マイ・ライブラリー」に一括掲載されています。
3.株価暴落と飛び交う噂
BPの株価は事故発生と同時に急落、その後事故の復旧に時間がかかること、また原油漏出による海洋汚染が極めて深刻であることが判明すると、株価は底なしの状態となった。好調な石油価格のおかげで、それまでのBPの株価はExxonMobil、Shellなど他の国際石油企業と肩を並べ、事故直前のニューヨーク株式市場におけるBP株価は60ドルを超える水準であった。しかし事故直後から株価は一気に下落し、6月にはついに30ドルを割った(最低値は26.75ドル)。その結果BPの株式時価総額は約600億ドルと事故前より1,000億ドル近く下落したのである。
時価総額600億ドルという数値を目にした市場では合併、乗っ取りなどの噂が飛び交った。まず最初にShellがBPを救済合併するという噂が広まった。BPとShellはかつてセブン・メジャーの一角を占め、今もExxonMobilと共に三大スーパーメジャーと言われる巨大石油会社である。両社のルーツが共に英国であることが噂を呼んだのであるが、Shellは直ちに否定した。
いかにルーツが同じとは言え両社は生い立ちが全く異なる。BPはかつてアングロ・イラニアン石油と称し、大英帝国をバックにイランやカスピ海で石油操業を行う英国の国営石油会社であった。これに対しShellはインドネシア、ビルマ(ミャンマー)、マレーシアなど主に東南アジアで石油を生産、極東の日本などで販売を行ってきた純民間会社である。両社は性格がことなりBP社内もShellとの合併には強い抵抗感があったと思われる。
次に名前が挙がったのは中国及びリビアの国営石油会社である。中国のPetroChinaはBPに熱烈なラブコールを送り 、一方リビア国営石油の会長は政府系ファンドのLIA(Libyan Investment Authority)がBPを買収すべきであると語った 。中国は米国に次ぐ世界第二の石油消費国であり、国内の生産量と消費量の差、いわゆる自給率も2007年に50%を割り、2009年は44%となり、石油の輸入量は年々急増している。このため中国は海外の油田権益の獲得に加え既存の石油会社の買収も目論んでいる。しかし2005年のCNOOC(中国海洋石油)の米国ユノカル社買収問題に見られるように、外国石油企業の買収はその国の政府・議会及び世論から反発を受けて頓挫するケースが多い(結局ユノカルは同じ米国のシェブロンテキサコと合併)。中国とリビアのBP買収話も立ち消えになった。
乗っ取りの危険に晒されたBPは安定株主工作を画策した。乗っ取りの意図は無く、また現経営陣にも口出しをしないいわゆる「ホワイト・ナイト(白馬の騎士)」探しである 。ヘイワードCEOが目指した先は湾岸産油国であった。彼はアブダビに飛び同国の政府系ファンドADIA(アブダビ投資庁)に出資を要請した。アブダビを訪れたヘイワードCEOはムハンマド皇太子ら要人と会談、皇太子からは出資に前向きな発言もあったが 、全般的なムードは消極的でありBPへの出資は見送られた 。
クウェイトについてはKIA(クウェイト投資庁)がBP持ち株比率を引き上げる見込みとの報道が流れた。英国とクウェイトは歴史的に強いつながりがあり、KIAは以前からBP株1.75%を所有している。しかしクウェイトKIAの追加出資についてもその後BPとクウェイト双方が報道を否定し話は立ち消えた 。
アブダビ及びクウェイトがBPへの出資或いは追加出資を躊躇したのは、2005年の中国CNOOCによるユノカル買収失敗例があったからと見られる。戦略産業である石油企業の買収は相手国の世論を刺激する。まして英国にはアラブ・イスラムに対する強いアレルギーがある。アブダビ及びクウェイトの為政者たちは、英国の象徴的企業とも言えるBPの大株主として自らが表舞台に出ることのリスクを測りかねたのであろう。
一時は30ドルを割ったBPの株価も現在では40ドル台に戻っている。それでも事故前に比べると3分の2の水準であるが、とにもかくにもBP買収の噂は下火になった。
(続く)
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