石油と中東

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見果てぬ平和 ― 中東の戦後75年(88)

2023-12-08 | 中東諸国の動向

(英語版)

(アラビア語版)

 

(目次)

 

第4章:中東の戦争と平和(2)

 

088 束の間の平和:イスラエルとエジプトの和平 (2/3)

 戦争回避の機運は現実主義者のサダトにとっても望むところであった。一部アラブ諸国の首脳はなお「イスラエルを地中海に叩き落せ!」という勇ましい掛け声を叫び続けていたが、それが荒唐無稽な絵空事であることをアラブの大衆は肌身で感じていたし、サダトも同じであった。優秀な軍人ほど現実を冷徹に見据えるものである。ただ熱くなるだけのリーダーはいつか必ず敗北を味わう。そのとき退場するのが本人一人で済めば良いが、「一将功成って万骨枯る」では部下が浮かばれない。この点、サダトは智将であった。

 

 サダトは第4次中東戦争終結後から米国寄りの姿勢に転じた。前任のナセル大統領がソ連寄りだったのと対照的である。米国ではキッシンジャー特別補佐官(後に国務長官)がニクソンとそれに続くフォードの両大統領時代にデタント(緊張緩和)外交政策を展開、これにより米中和解、ベトナム戦争終結などが実現、全世界に平和の機運が生まれた。この機に乗じサダトもイスラエルとの関係改善を図り、1977年にはイスラエル訪問にこぎつけた。翌1978年に民主党の理想主義者カーターが大統領に就任した。イスラエルびいきの共和党からリベラルな民主党に政権交代したことでエジプトとイスラエルの和平が現実味を帯びてきた。1977年、両国が歴史的な平和条約を締結すると、カーター大統領は両首脳をワシントンのキャンプ・デービッドに招いた。和平合意により第三次中東戦争以来イスラエルが占領していたシナイ半島はエジプトに返還された。

 

 これら一連の動きの集大成として1978年、エジプト大統領サダトとイスラエル首相ベギンはノーベル平和賞を受ける栄誉に浴した。1901年に第1回ノーベル平和賞が授与されて以来、アラブ人が受賞するのはサダトが初めてである。

 

(続く)

 

 

荒葉 一也

E-mail: Arehakazuya1@gmail.com

 

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