Cape Fear、in JAPAN

ひとの襟首つかんで「読め!」という、映画偏愛家のサイト。

『Cape Fear』…恐怖の岬、の意。

にっぽん男優列伝(209)竹内力

2013-10-26 00:57:27 | コラム
64年1月4日生まれ・現在49歳。
大分出身。

公式プロフィール

いつごろからでしょう、和製マイケル・マドセン? としてヤクザっぽいキャラクターを売りにしていたはずの竹内力(たけうち・りき)さんが、なんというか、出てくるだけでギャグと化すセルフパロディ役者としての「軽さ」を獲得したのは。

それをやっちゃダメな俳優さんも居ると思うんです、なかには。
というか、ほとんどがダメ。

けれども力兄ぃの場合は許されるというか、本人がこっちの想像以上に弾けちゃったために「あり」ということになって、まぁ面白いんだけど、ちょっと卑怯かもな・・・なんて思ったりするわけです。

リスクは大きいはず。
これだけふざけちゃうと、どんな作品でもふざけなくちゃいけなくなる。

いまのところ大丈夫そうですが、問題が起こったとき、どう切り抜けるのか―いや心配じゃないのです、なんかちょっと楽しみだなぁ、、、なんて。


※これ、観なきゃソンソン




<経歴>

銀行員を辞し、俳優業を目指し始めたのが80年代のなかごろ。
若いころから濃かった×粘着質の演技だったわけではなく、86年の映画俳優デビュー作『彼のオートバイ、彼女の島』『キャバレー』では、両方で爽やかな演技を披露しています。

『彼のオートバイ、彼女の島』は主役、『キャバレー』はゲスト扱い―そう、ここが面白いところで、デビュー作が2本存在するのです。

なぜか。
この2本は封切り日が同じ・・・どころか同時上映だったために、「どっちが先」ということはいえません。
大型新人として売り出したかったというのもあったのだと思います、どうせなら『キャバレー』にも出してやれ! ということなのではないでしょうか。

その後も映画を中心としたキャリア―『野ゆき山ゆき海べゆき』(86)、『極道の妻たち』(86)、『湘南爆走族』(87)、『「さよなら」の女たち』(87…これは名作)―を築くも、それほど注目されることがなく、ときは過ぎていきます。

力兄ぃの躍進は、日本映画の地殻変動期と比例します。
いわゆるVシネマの隆盛が、力兄ぃの価値を高めることになったのでした。

その時代における代表作が、『難波金融伝・ミナミの帝王』シリーズです。

92年に第一弾が制作され、映画版をはさみつつ、2007年までに60本ちかくのビデオ映画がリリースされました。
「超」量産型ですが、短期撮影が常識のVシネだからこそ可能だったのだと思います。

力兄ぃが演じるのは、高利貸しの萬田銀次郎。
ミナミの鬼と恐れられているものの、曲がったことが大嫌いで情に厚く、意外といいヤツ―そんな男が債務者と様々なドラマを繰り広げる展開が受け、一時期はレンタルビデオのトップテン上位を独占するほど支持を集めました。

力兄ぃは、Vシネで培われた勢い×濃さのまま映画界に帰還します。三池崇史という、じつにフレッシュな才能を引き連れて。

99年―三池による『DEAD OR ALIVE 犯罪者』(99)で哀川翔とダブル主演を張り、映画ファンのドギモを抜く。
なにが衝撃かってクライマックスのアレなんですが、これはもう観てもらうしかありません。
(第2作『DEAD OR ALIVE 2 逃亡者』(2000)、第3作『DEAD OR ALIVE FINAL』(2002)にも出演)

21世紀に入って以降は、
「ガッツリ主演」でも「ちょっぴり脇役」でもビッグインパクトを残す安定感? で一部監督と一部映画ファンを喜ばせ続けています。

『岸和田少年愚連隊 カオルちゃん最強伝説』(2001)、内容はともかく力兄ぃは凄かった『バトル・ロワイアルII 鎮魂歌』(2003)、『新・日本の首領』(2004)
『真夜中の弥次さん喜多さん』(2005)、『スケバン刑事 コードネーム=麻宮サキ』(2006)、松本人志のキャスティング・センスを褒めたい『大日本人』(2007)
『ICHI』(2008)、『次郎長三国志』(2008)、出てくるだけで劇場大爆笑! だった『テルマエ・ロマエ』(2012)
そして最新作が、公開されたばかりの『バトル・オブ・ヒロミくん!』(2013)。


じつは日本映画史の変遷と密接な関わりを持っていた力兄ぃ、Vシネ中心だったころは、はっきりいって「ほぼ」ノーマークでした。

ごめんなさい!!

これからはちゃんと、注目し続けますので!!

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オアシス

2013-10-25 02:31:59 | コラム
うちは公社が管理している団地なので、耐震工事はもちろん、頼まなくても消火器の設置やら「傷の目立つ」玄関ドアの塗装やらをやってくれる。

先日は排水溝の掃除とチェックがおこなわれ、業者さんふたりが部屋にやってきた。

同世代であろうアンちゃんと、オッサン。

「―お風呂と台所、それから洗濯機の排水溝をチェックします。5分程度で終わりますので、立会いをお願いします」

若いほうが・・・
「(ベランダから景色を眺め)いい眺めですねぇ!」
「…あぁ、慣れてしまってなんとも思わないですけれど、ひとからいわれて、そうだったんだよな、、、なんて思うんですよ」
「僕なんか地下0.5階のアパート暮らしなんですよ」
「0.5階?」
「半分だけ、埋まっている感じなんです」
「へぇ」

若くないほうが、風呂場のほうから・・・
「おーい、お喋りが過ぎるぞ」

「(自分に)すいません」
「いえいえ、構わないですよ」
「お兄さん、独り暮らしなんでしょ」
「えぇ」
「部屋見て分かります、でも団地では珍しいですよね」
「まぁ、そうですね」
「1階から上がってくる感じでやってきたんですけど・・・これ文句じゃなくてですね、なんか自分の母親と同じくらいの年齢の主婦ばっかりだったから」
「息苦しかったですか」
「まぁ、正直いえば、そうですね」
「なんとなく分かりますよ」
「商売だからそんなこといっちゃアレですけど、なんかこちら伺ったら気持ちよくて、ついお喋りになっちゃいました」
「(苦笑)まぁ、ゆっくりしていってください」

「(部屋を見回し)アイドルがいっぱいだ」
「少しキモいでしょ?」
「いえいえ、癒されます。オアシスみたいだ」
「(苦笑)半分は趣味、半分は仕事です」
「へぇ! カメラマンかなにかですか」
「書くほうです」
「格好いい!」
「イメージはそうかもしれないですけど、割と地味ですよ」
「付き合ったり出来ないものなんですか」
「まさか! 付き合えるんだったら、ライター目指すひと増えるはずですもん」
「そうかー、付き合えないのかぁ」

ここまで馴れ馴れしい―でも、イヤな感じはしなかった―ひとも珍しいが、友人・親類以外のひと・・・って、まぁ業者さんかデリヘル嬢しか居ないが、彼ら彼女らが自分の部屋に入った場合、十中八九、部屋を見回して「わぁ」という。

トップ画像は前アパートのものだが、現在は「これほど」ではないものの、大して変わらないカオスっぷりであったりする。

これで落ち着くんだから、しょーがないじゃないか。

しかし。
「わぁ」といったひとたちの6割くらいが、拒否反応を示すかな。
ただ今回の業者さんのように、ひじょうに稀ではあるが、こんなキチガイ部屋を「オアシス」と評してくれるケースもある。

こういうひとたちのため? にも、自分はこれからも部屋をカオスな感じにしていこうと思う。


じつは「まったく」恥ずかしくないかといえば、そんなこともない。
これから友人に「なっていく」ひとであればいい、
しかし2度と会わないであろうひとを1度だけ部屋に招き? 入れる際だけは、多少の羞恥心が生まれるのだ、こんな自分だってね。

だから冒頭の会話「半分は趣味、半分は仕事です」というのは事実だが、イイワケの要素も入っているわけでね、引かれてもいっこうに構わないと思っていながら、そういう保険を用意しているのだった。

ゆえに、「オアシスだ」なんていわれたら救われるのだ自分は。

向こうはオアシスを見て救われ、こっちもオアシスと評され救われる。

こんなキチガイ部屋で、ふたつの救いが存在したっていう、阿呆らしい話である。


※きょうのコラムには、なんとなくこの曲があっているような気がするので・・・
高橋優×園子温×染谷将太

このドラマの夏帆、すごくよかった




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ロビンマスクにはなれません

2013-10-24 00:13:39 | コラム
10年前も20年前もそうだった―といわれれば確かにそうだったのかもしれないが、
ここ最近、『機動戦士ガンダム』や『キン肉マン』関係の商品が売り出されることが「ひじょうに」多い気がする。

豆腐で有名な群馬県の「相模屋」が、ガンダムのキャラクターにちなんだ豆腐―ザク豆腐、ズゴック豆腐など―を発表して大ヒットを記録した。

ガンダムの敵キャラにして人気者シャアをイメージしたプリンターや自動車(!)まで発売され、それが「そこそこの」売り上げを記録している。

で、先日発表されたのが、クリスマス用「シャアザクケーキのセット」。
受注生産であり、もうかなりの予約が入っているらしい。(自分も予約予定なのだが)

ファミリーマートでは来月より、キン肉マンに登場する超人キャラ「ウォーズマン」をイメージした中華まん「ウォーズまん」が発売される。

つまり豆腐や中華まんはともかく、それなりに金を持っているであろう30~40代をターゲットにしたものが多いと。

上司も部下も「そんなもの、売れるわけがない」と思っている。
けれども売り手の中心に居るものたちは、この世代のオタク魂を知っている、信じている。
なぜなら彼らもまた、30~40代だからだ。

いま経済を回しているのがこの世代なのだ―ということなのだろう。

AKBのCDを売るパワーも凄いかもしれんが、ガンダムやキン肉マンなめんなよ! というわけ。


さて。
これは世代に関係なく、アニメーションのファンであれば、友人たちと「俺は○○のキャラ、お前は●●だね」とかいって、どのキャラクターになりたいか/どのキャラクターに似ているか、なんていうことを話して盛り上がるだろう。

キャラが多ければ多いほど選択肢が広がって楽しめる―という意味では、『ガンダム』より『キン肉マン』のほうが適している。
なにしろ作者のゆでたまご氏でさえ「全員の名をいい切れない」ほど超人が登場しているのだから。

当たり前のことだが、「なりたい」キャラと「似ている」キャラは必ずしも一致しない。
しないほうが多いはずで、だからこそ盛り上がるのだと思う。

自分がなりたいと思う『キン肉マン』のキャラクターは、ロビンマスク。(文末動画参照)

でも、どう考えてもなれそうもない。

彼は長身だし、スタイルいいし、男気あるし。
自分のイメージとはかけ離れ過ぎている。

自分はどんなヤツなのか、あらためて書き出してみる。

映画小僧
格闘技マニア
脚キチガイ
AVオタク
チャリ好き
坊主
ヒゲ野郎
潔癖性
ヘラヘラ顔
快便派

・・・・・おぉ!

超のつく快便派

どうかしているほどの快便派

1日2食で、1日「最低」5度は大便を出す男―やはり自分に似合っているのは、ベンキマンなのだろう。(トップ画像は、そのキン肉マン消しゴム)

それでいい、それがいい。


唐突だが、世の中は変わる。

連載当時、ベンキマンは笑いの対象に過ぎず、この超人を好きという子どもなんかひとりも居なかった。
しかし、ときは流れ「キモい」ものまで「カワイイ」なんて評価されるようになり、
最近実施された「超人総選挙」では、ベンキマンは「割と」上位にランクインされたのである。

だから、卑怯な気? がちょっとだけするけれど、
少年時代は恥ずかしくていえなかった「自分はベンキマン似だ!」ということを、ベランダから「ひかえめに」叫んでみようと思う。

世紀を越えてベンキマンの名誉回復がなされるという劇的な展開、
興味ないひとはアホらしいと思うかもしれないが、自分、いま、ちょっとだけ感動している。

この世は、捨てたもんじゃないぜ!!





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シネマしりとり「薀蓄篇」(56)

2013-10-23 01:02:08 | コラム
みふねとしろ「う」→「う」ぉーげーむ

現実では起こりそうもない展開を「現実でも起こり得る」ように描く物語を「トンデモ系」という。
だから、広義の―繰り返すが広義の意味では、SFというジャンルは「すべてトンデモ系」であると。


ただテクノロジーの進歩は著しく、かつては「そんなこと、ムリムリ!」と誰もが思っていたことが現実的になったりして、
つまり時代によって「トンデモ系」は変わると。

いちばん驚いたのが、『フェイス/オフ』(97)の皮膚移植が最新医学の世界では「出来そうな段階」に到達していること。


中国の中年男性が事故で鼻を失う

自分の額に鼻を作る

それを自分の「鼻があった場所」に移植する


すげーな、と思う。

いつかは『バック・トゥ・ザ・フューチャー2』(89)のホバーボート(飛ぶスケボー)も現実のものとなるだろう。
理屈でいえば、DNA技術を駆使して恐竜を作りだすことだって可能。

しかし。
いくらテクノロジーが進歩しても、時間軸をいじくるのは不可能。
スーパーマンが何十周と地球を周ろうが時間は元には戻らないし、
ブラウン博士が次元転移装置を発明しようが、タイムスリップは無理。

ほかにも無理なことはいくつかあって・・・

というか、無理だからこそ面白い映画が出来る―それを分かっている映画監督たちによって、トンデモ系が創られる、そういうわけ。

80年代はトンデモ系の宝庫で、NASAの見学にやってきた少年少女を乗せたスペースシャトルがほんとうに宇宙に向けて飛んで行っちゃう『スペースキャンプ』(86)なんて、その最たる例かと。

それに比べれば『ウォー・ゲーム』(83)は、だいぶマシというか、この話が「あり得る」のかと問われれば「もちろん、あり得ない」のだが、初めて観たのが小学生のころで、そのときは「あり得るかも、、、」と思ったからねぇ。

それにコンピューター中心の社会になると、誤作動でなにかが起こるという可能性はゼロではないし、
現に2000年問題ではメディアはこぞって煽ったわけだし。

『ウォー・ゲーム』の主人公デビッド(マシュー・ブロデリック)は、パソコンオタク。というか、パソコンの天才。
偶然見つけた米国とソ連(当時)の核戦争をシミュレーションするゲームを彼女(アリー・シーディ)と遊んでいると、どういうわけか現実世界でも核戦争へのカウントダウンが始まってしまうのだった・・・。

そのゲームの管理をするのが人工知能だったために引き起こされたとか、ちゃんとした理屈がいくつも用意されているのだけれども、そういうのは分からなくてもいい。
監督は職人のジョン・バダム(最近、どうしてる? と思ったら、もう74歳なのか!)なので、からくりが分からなくても充分楽しめる。


博士が発狂して核ボタン押しちゃう「より」現実的な映画もあれば、
少々SF入っている「やや」非現実的な映画もある。

逆になったほうが恐ろしいよね、SF入っているほうが「より」現実的になっちゃったら。


そうそう、この映画にはもうひとつ楽しみかたがあって。

映画史に残るNGとして、アリー・シーディの髪の毛が長くなったり短くなったりする、、、というのがある。

これから観るひとは、そのへんも楽しんでね。


※日本語吹き替え版のオープニングを発見…そうだ、マイケル・マドセンも出ていたんだっけ





次回のしりとりは・・・
うぉーげー「む」→「む」らきと、なみ。

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シネマしりとり「薀蓄篇」(55)

2013-10-22 00:30:00 | コラム
あいとしゅくめいのいず「み」→「み」ふねとしろう

ジョン・フォードにはジョン・ウェイン、
スコセッシにはデ・ニーロ、
そして黒澤には、三船。

デ・ニーロの出ていないスコセッシ映画も多いし、そのなかでも『ヒューゴ』(2011)のような傑作は生まれるけれども、
格好いいタイトルバックにデ・ニーロの文字が出てくると、もうそれだけで胸躍るし、その時点でなんとなく傑作だよなと確信出来る―それと同様のことが、黒澤映画にもいえる。
『虎の尾を踏む男達』(45)も『素晴らしき日曜日』(47)も好き、けれど『用心棒』(61)や『天国と地獄』(63)のほうが「もっと」好き。大好き。

信奉する日本の、鬼籍に入った表現者の墓に行くことが好きで、漱石や黒澤の墓前には2度3度と立っている。
三船の墓前(トップ画像)にも、いちどだけだが立ったことがある。

というわけで、三船の話。

三船敏郎(みふね・としろう)、20年4月1日に生まれ、97年12月24日に亡くなった日本の俳優。
享年77歳―このあと「にっぽん男優列伝」に登場するので、詳しいキャリアはそのときに記すことにしよう。

さて。
裕次郎ほどではないものの、三船もまた、(一部から)スター性やオーラで「演技力を誤魔化している」といわれたひと。

実際はどうか。

森雅之や三橋達也のような芸達者と共演すると「さすがに」分が悪いものの、
たとえば『幕末太陽伝』(57)における裕次郎の浮いた演技―しかし川島雄三は、それさえ作品のアクセントへと昇華させている―を見たファンが、ちょっと恥ずかしい気持ちになる、、、みたいなことはない。

黒澤映画のとくに前期では「喚く」「叫ぶ」「怒鳴る」が多いので評価し難いのだが、でも『赤ひげ』(65)の堂々とした演技は、かなりいいと思う。

つまり個人的には、下手とは思わないよ、、、と。

そんな三船のフィルモグラフィから、ベスト7(中途半端だけど)を選出してみよう。
もちろん「非」黒澤映画も含むが、黒澤印が多くなってしまうのは「勘弁ね」というほかない。


(1)『天国と地獄』(63)

黒澤映画のなかでも、いちばん好き。

頂点を目指す男は冷酷無比でなければいけないはずなのに、「身代金を出さない」という選択肢を取ることが出来ない。
権藤さんは、すべてを背負う覚悟を決める―三船の大きな背中は、そんなキャラクターにリアリティを与えている。

(2)『西鶴一代女』(52)

主役はあくまでも田中絹代だが、溝口健二の映画に三船―それが新鮮で、とても面白く感じた。

(3)『醉いどれ天使』(48)

黒澤との初タッグ作品。
眼光ギラギラ、志村喬との対比演出も抜群で、互いが互いを際立たせ、結果的にふたりとも「得」をしている。

(4)『黒部の太陽』(68)

裕次郎とのタッグ作。
社会派の小品ばかりを撮ってきた熊井啓が演出を担当する「大作」というところも含めて、様々な意味で野心的な映画だったと思う。

(5)『独立愚連隊』(59)

岡本喜八ともよく組んだ三船だが、この映画ではゲスト出演の扱い。
でも格好いいので、それもよし。

(6)『野良犬』(49)

拳銃をパクられた若い刑事の焦燥、それを上手に表現している。

(7)『悪い奴ほどよく眠る』(60)

復讐に燃える主人公をクールに演じる。
しかし。
復讐のための結婚だったにも関わらず、脚の悪い妻をほんとうに愛してしまい・・・と、『天国と地獄』同様、ここでもやっぱり「弱み」を見せる。
そこが、じつにいい。


日本映画をあまり観ないという若いひとにはぜひ観てもらいたい7本だが、まぁとりあえずは黒澤映画を観てくれよと。
まず外さないし、黒澤の演出と三船の演技、両方すごいから一粒で二度美味しいよ―そういうわけなのである。

「非」黒澤映画ばかりを挙げたほうが、かえって映画小僧っぽく見えるかもしれないけれど・・・
それはほら、自分は結局、黒澤信者だから、、、ね。






あすのしりとりは・・・
みふねとしろ「う」→「う」ぉーげーむ。

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